はいOK!
監督の一声で、やっと現場の空気が弛んだ。
それまで「もう一回!」の声しかかからず、今ので7テイクだったのだ。
「……けっこう暑かったのねぇ~」
メガちゃんが、セーラー服の胸元をパカパカさせて呟き、それでスイッチが入ったみたく、わたしも瑠美奈のオデコにも汗が滲みだした。
あたしたちは、テレビドラマのエキストラのバイトに来ている。
場所は京都のあちこちで、今は南禅寺裏手の森の中に居る。
このあたりは東山の山裾にあたり、京都のど真ん中に比べると2度ほど涼しい。水路閣というローマの水道橋みたいなのもあって、まるでヨーロッパ。言われなきゃお寺の裏手とは思えない雰囲気で、余計に涼しさを感じさせてくれる。
でも、それは程度問題で、真夏に晩秋の設定、冬服のセーラー服は身に着けるサウナ風呂に等しい。
「メイク直しますねぇ~」
のどかな声でメイクさんがやってくる。メイクさんは二人で、一人は扇風機を回しながら汗を押えてくれる。
――女生徒A、もちょっと年齢感上げて、つぎ、ちょいアップだから――
助監督がメガホンで注文を出す。
「分かりました!」
一声叫んで、メイクさんは、わたしたち三人の顔を見くらべる。
「やっぱ、加倉井さん幼顔だもんね」
「あ、はい、まだ一年生ですし」
あやうく吹きそうになった。
加倉井さんの正体はメガちゃん、つまり我らの担任妻鹿先生だ。
大阪城公園でジョギングしようとしているところで、迎えの車を待っているわたしたちに出くわした。高校時代の体操服を着ていたので、期せずしてドタキャンになった加倉井さんに成りすましてエキストラのバイトに加わった。おかげでバイトを紹介してくれた先輩の顔を潰さずに済んでいる。
「先生、ほんとに可愛く見えますねえ……」
「こら、今は加倉井さんでしょ」
一睨みしてスポーツドリンクをコクコクと飲むメガちゃん。エクステだけど、お下げにした横顔は、わたしでも胸キュンになってしまう。
――女生徒三人、こっちに! 七瀬と合わせまーす!――
助監督の声で、水路閣のアーチの下に行く。
アーチの下にはスタッフに囲まれたディレクターチェアに座った主役、七瀬役の望月美姫が同じセーラー服を着て座っている。
「ちょっち暑いけど、がんばりましょうね」
美姫さんが笑顔で声を掛けてくれる。メガちゃん同様に可愛らしく見えるけど、もう25歳くらいにはなっている。女優さんと言うのはすごいもんだ。単に可愛いだけじゃなくて、存在感というかオーラがハンパない。
「う~ん…………閃いた!」
四人並んでメイクの手直しを見ていた監督が、ポンと手を叩いた。
「女生徒ABC、次は水路閣の上から飛び降りよう!」
「「「え……!?」」」
「あそこから」
監督が指差したそこは、はるか10メートル上の水路閣のアーチの上だった!
「あ、一瞬ハデに燃え上がってからね。心頭滅却すれば火もまた涼しって言うじゃない、アハハハ……」
南禅寺の森に監督の笑い声がこだました……。