Goo・ちょき・パーで、なに作ろう!

定年退職してしまいましたが、再任用でまだまだ老後の蓄えをしなくてはなりません。それでも悔いのない人生にしたいと思います。

ナイフのグリップをつけてあげました!

2018年03月17日 17時45分22秒 | Weblog

2018年3月上旬

2月下旬、職員のMさんが、突然新聞紙に巻いたナイフを広げて見せた。
彼女とは球磨の職場時代が一緒で、人吉市の鍛冶屋『岡秀』の『包丁会』の同じメンバーだった。
彼女が先に異動して8年間、当時の2010年3月の新聞紙に巻いたまま仕舞い込んでいたという。
道具も無いことから、どうしようもないところで、再び同じ職場になった僕に、ヘルプを求めてきた訳です。



これは、8年前一緒に作っていた僕のナイフで、完成イメージはこんな感じです。



ヒルト(ツバ)を付け、柄の板(ブビンガ材)を乗せると、こんな感じになります。



先ずは、グラインダーでヒルトを削り出します。
柔らかい真鍮のヒルトは、あっという間に削れます。



8年前は、これをベルトサンダーでやってもらい、100番くらいのサンドペーパーから、500番、1000番と仕上げていったので、ヒルトだけで手は金属粉で真っ黒になり時間もかかっていました。



グラインダーで削れない部分は、小さなヤスリを使いました。



2枚のブビンガ板は、接着剤と、真鍮のピンでとめますがその穴空けです。
『岡秀』では、卓上ボール盤のドリルで一気に穿孔していまいしたが、こんな感じでインパクトドライバーにドリルをつけてするしかありません。
2枚の板の穴がずれないようにするのがなかなか気を遣います。



接着剤を塗り、貼り合わせます。



まだ接着剤が固まらないうちに穿孔した穴に真鍮棒を通し、金切り鋸で切り取ります。



真鍮棒が2カ所で貫通したと言うことは、ズレはないということです。
バイス(万力)やクランプを使って圧着し、一晩放置しました。



次の日、2枚のブビンガ板は、茎(なかご=取っ手部分)にしっかり接着されていました。



グリップに合わせて、角張ったブビンガ板を大まかに削っていきます。

省力化のため、グランダーで丸みをつけます。
このブビンガ削りも、8年前はバルトサンダーで大まかにやってもらい、100番くらいのサンドペーパーから始め、500番、1000番と仕上げていったので、木粉だらけになり時間もかかっていました。



これから、先はMさんが自分で仕上げることが出来ますので、仕掛品ですがこれで渡すことにしました。



サンドペーパーで、500番、1000番と数段階に磨き、塗装をすると綺麗に仕上るはずです。
刃は2000番で鏡面仕上げにします。

上の写真:8年間使い込むと愛着が出てきます。
彼女も一生モノに仕上げてもらいたいと思います。



最初に作ったナイフ(2009.10)

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熊本県立農業大学校に、宿泊研修施設建設始まる!

2018年03月01日 22時30分09秒 | Weblog

2018年1~3月

 熊本県立農業大学校には研修部があり、県内農業者を対象とした社会人の農業新規参入希望者を受け入れる長期の研修や、農業機械安全講座(トラクター・牽引免許取得)を開催しています。
 研修施設としては『自啓館(ジケイカン)・農業機械農舎』を中心に、各種の社会人研修の学びの場としています。

 しかし、県内といえども、県南部の球磨芦北地方、天草地方、小国郷等の遠隔地の人にとって、日帰りで各種の研修を受講する通学は、多大の苦労や負担となっており、受講を諦める人も居ます。
 そこで、研修部は通常業務もこなしながら、懸案の『宿泊研修施設(農業研修セミナーハウス)建設』計画に、数年に渡り取り組んでいました。
 ついに平成28年末には予算が付き、29年にはついに着工となったのですが、僕はすでに異動してしまいました。

 つまり以前の職場の事になったのですが、それだけ愛着はあり進捗状況は気になるもので、農大に行く度に写真に収めていました。
 この旧学生寮で2年間暮らした農大卒の皆さんや、新規就農研修生(H17~)にとっても、思い出深い風景だと思いますので、その変貌をご覧ください。

 平成29年末、震災の影響もありやっと業者が決まり、取り壊しの開始です。




自啓館と旧男子寮の間の通路は、新規就農研修生が圃場までの移動に使う自転車置き場でした。
草ボウボウに芝を貼ったり、通路が狭いので、コンパネを使ったコンパネ通路を作ったのが懐かしいです。

 自転車通路拡幅           自啓館芝はり



今はそれも取り払われ、鉄の壁で仕切られています。

 

自転車は、ここに移動、退避させてありました。



旧女子寮側は、クヌギ等の大木があり、幽霊が出そうに薄暗いところでした。
今は、伐採され明るくなり工事事務所が並んでいます



右は、旧女子寮。左は自啓館の加工室。奥が男子寮。



取り壊し前に、なぜ足場?
建設当時は、アスベストの壁吹きつけが一般的であり、この寮もそうだったみたいです。
阪神淡路大震災、熊本大震災と震災の度に解体も厳しくなり、丁寧に外壁を 建築物の解体等に係る石綿飛散防止対策マニュアル に従い撤去し、その後の取り壊しという事で、余計にコストがかかりました。
カントリーパーク側の3号棟。



校舎側の1号棟。



3月初めに行ったら複数の重機により、ガリガリ、グシャグシャ音をたて、取り壊しが始まっていました。



直下型の地震を受けたみたいに、瓦礫の山となっていました。



ユンボの機械力は凄い!



コンクリートの固まりを挟んで崩し、中から鉄筋を引き抜き分別していました。



瓦礫が運び出されたら、更地になり、基礎工事が始まるでしょう。



さて、どんなセミナーハウス(仮称)を皆で設計するために、県外の農大の施設の視察にも行き、情報を集めました。
建築には素人ですが、イメージ図面を作り何度も仕様を検討しました。
最終的に決まったのは、2階建てのこんな感じです。1部屋2ベッドの27㎡を12部屋。研修部はここに入る計画です。
外国人や福祉関係との連携も想定して、交流サロン室、会議研修室288㎡、お風呂は維持費節約のため浴槽なしのシャワーのみ、簡単自炊の調理スペース等を仕組みました。
宿泊施設なので、舎監室も設けました。



外観、内装とも出来るだけ県産材による集成材をふんだんに使った、緑地に馴染む配慮です。



さて、もう一つの工事は、農地造成です。
研修生には一人当たりの農地が少ないのが悩みで、露地野菜や穀物の土地利用型的な栽培が出来ていませんでした。
向こうの盛り上がった部分は元は竹山で、ここも畑に変えました。



こんもりは残渣の山ですが、撤去すれば良い畑になるはずです。



防風林の向こうは、ゴルフ場。
手前の畑は、被災した東海大学農学部の実習圃場としてh28年に緊急に拓いた畑です。
元は、手前のように茅の生い茂る放棄地でした。




この手前は実は建物跡で、砂利の混じった使いようのない土地でした。
スコップも入らない堅い表土をはいで、段のある盛り上がった部分を均し客土をし、耕作の出来る畑を造成しました。



h26年当時の写真を見つけました。
ゴルフ場の境まで、こんな感じで茅に覆われていました。
左の竹山が、先ほどの畑になりました。


竣工検査前の、レベルを取る杭でしょうか?
草ボーボーで、木まで生えていた所が、立派な畑になりました。



工事工程表どうり、広い1枚ものの畑が出来上がっていました。
実習の舞台は準備したぞ!
大型機械を使った、実践的な研修が出来る事を期待します。



セミナーハウスの完成は、来年度、再来年h31年の3月末の予定です。
定年していますが、完成祝い?があれば行きたいなあ!

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