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このところ立て続けに映画の盤を買っている。大学生時代にエアチェックしてVHSに録画し何度も観かえしていた「惑星ソラリス」(1972)。ポーランドのSF作家「ソラリスの陽のもとに」が原作のソ連映画。映画を観て誰しもが驚くカットがある。それは未来都市のハイウェイを疾走する車の描写。この撮影に選ばれたロケ地がなんと高度経済成長只中の日本の首都高速。日本人には見慣れた風景ではあるが無機質で清潔で人工的な風景は作品のなかでも際立つ。
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実はこの映画は2002年にも「ソラリス」としてリメイクされている。確かロンドン出張の機内で鑑賞したがあまり感動はなかった。CGや特撮レベルは高く原作にも忠実であったが人間味あるリアリティーでは一歩及ばず。翻ってこの50年前の作品は確実に未来を描き切っていた。映画のプロローグとエピローグにある自然に囲まれた主人公の実家一軒家は宇宙ステーションや首都高のキリキリしたドライな未来風景とのコントラスト。しかし、映画の最後の最後でこの安堵が大きく崩れる。この鳥肌ものの展開は安部公房の小説「R62号の発明」にも似た皮肉を感じる。そして作品の底流に流れるもの悲しさはどこか「チェブラーシカ」に通ずるものがある。
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