黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

日光裏街道総集編30(天明2年の百足鳥居)

2023-11-15 20:40:29 | 日光裏街道総集編

ひめちゃんは、お散歩の時、グイグイ引っ張って元気にお散歩します。

ちょっとグイグイしすぎたのかな

首の下が皮膚炎になってしまいました。

便利な8の字ハーネスはちょっとお休みして、首に優しいハーネスでお散歩です。

人間は付けるのに戸惑ったり、加減に苦慮していますけど、本人は全く抵抗なく馴染んでます

 

 

 

 

アップできる画像の容量の限度が迫ってます

でも、どうしてもこのシリーズに入れておきたい事を発見した、天明2年の百足鳥居です。

百足鳥居の記事は、「ひめⅢ」にはなかったのです。

新着記事になります

 

先日、風の強い日に、山上の西・相ヶ窪の山上多重塔にちょっと寄り道しました

「山上の多重塔」は、御堂の中にしっかりしまわれています。

かつては、付近の畑の中に埋もれていたとか。

最近、説明板が新しくなりました

塔身には45文字の名が刻まれています。

大意は、

朝廷や衆生などのため、小師の道輪が法華経を安置する塔を建てた。これで無間の苦難より救われ、安楽を得て彼岸(悟りの境地)へ行ける

小師・道輪の人々への思いがこもった塔婆です

 

 

東に架かる雲に誘われて、相ヶ窪の東の道を北上してみました

余計なことですけど、相ヶ窪(そうがくぼ)は僧ヶ窪(そうがくぼ)でしょう

 

さて何処へ行くのでしょう?

舗装道路はなくなり、砂利道になります

豚舎と豚舎(もしかしたら鶏舎と鶏舎)の間を通ります

行き止まりかな

でも行けそう

心細く進みます。

 

ナビに、県道が出て来ました。

県道333号線、日光裏街道です

 

思い切って突っ切ります。

まもなく、細いながらも舗装された道になりました

 

鳥居が出現です

あれは、百足鳥居だ

なんと山上の西端、山上多重塔の東の道は、百足鳥居の正面に出たのです

昔の道はまっすぐではなかったから、たぶん山上の中を通って、百足鳥居をくぐって赤城山に登っていたのです。

山上の町組地区は、昔は宿(しゅく)と言って道の中央に水路が流れ、商店が軒を連ね、紺屋や造り酒屋もあったとか。

関係あるかも

 

鳥居の後ろの道に、ちょっとだけ路上駐車して確認です。

確かに百足が刻まれています。

今は、この先には、踏み跡すらありません

でも、かつては多くの人々がこの鳥居をくぐって、赤城山に登っていたのです

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