この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

ホームズ嫌い

2013-08-17 00:09:36 | ショートショート
 私はシャーロック・ホームズが生まれたときから嫌いだった。
 いや、違う。そうではない。
 私は私が嫌いなタイプの男を主人公にして小説を書いたのだ。
 高慢で協調性がない人格破綻者を主人公にしてなぜ小説を書いてみようと思ったのか、深い理由はない。
 たぶん暇だったからだ。その頃の私の診療所はお世辞にも流行っているとは言えなかった。
 完成した小説は自分でも面白いかどうか判断のつきかねるものだった。
 私は小説の原稿をロンドンの二、三の出版社に送った。だがどの出版社からもその後連絡はなかった。
 私としても私の書いた小説は面白かったか?などと感想を尋ねる気もなく、私とシャーロック・ホームズとのつきあいもそれで終わりとなるはずだった。
 アメリカの、聞いたこともない名前の出版社から手紙が送られてきたのはしばらくしてのことだった。その出版社が発刊しているミステリ雑誌に私が書いた小説を掲載してよいかという内容だった。
 彼らがどのような経緯で原稿を入手したのか、私は知らぬ。
 だが高額な契約料に惹かれ、私は掲載を許可し、さらに次回作の執筆まで約束した。
 聞いたこともない出版社の、聞いたこともないミステリ雑誌に掲載された私の小説は驚いたことに爆発的な人気を博した。ロンドンの出版社からはろくに相手にされなかったというのが嘘のようだった。
 私は続けて二作ほどホームズが主人公の小説を書いた。どちらも好評を博した。
 作家として私は成功したかに思われた。
 だが物事は何事も上手くはいかぬ。
 元々嫌いなタイプの男を主人公にして小説を書くことに無理があったのだ。
 私の小説が好評を博せば博すほど私の苦悩は深まっていった。
 執筆が行き詰まると私はロンドンのイーストエンドに出かけた。目的は言うまでもない、女を買いに行ったのだ。
 当初私は金払いの良い紳士的な客であった。それは嘘ではない。
 ある女が、Mr.ドイル、私はあなたの熱烈なファンです、あなたの書いた作品はすべて読んでいます、などと言い出すまでは。
 女というのはこれだから困る。
 もし私が小説の執筆に行き詰まって女を買いに行ってるなどと世間に知れたら物笑いの種だ。
 女には死んでもらうしかなかった。
 必要以上に残酷なやり方で女を殺したのにも深い理由はなかった。切り裂きたかったから切り裂いたのだとしか言えない。手術用のメスはいつも懐に忍ばせている。
 犯行に及んだ後に書いた作品はことさら評判がよかった。なぜだろう、いつにもまして猟奇的な内容だったからだろうか。
 それからも私は執筆に行き詰まるたびにイーストエンドへ、もしくはホワイトチャペルへ出かけた。
 死体が増えるごとに私は作家としての名声を高めていった。
 いつしか私は小説を書くために女を殺しているのか、女を殺すために小説を書いているのかわからなくなっていった。
 一つ確かなのは私を止めるものは現れなかったということだ。
 所詮名探偵は小説の中だけの存在なのだ。
 だから私はシャーロック・ホームズが誰よりも嫌いなのだ。
コメント (5)
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