この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

『イニシェリン島の精霊』について解釈してみる。

2023-02-02 21:53:33 | 新作映画
 先日の記事でマーティン・マクドナー監督の最新作『イニシェリン島の精霊』について考察してみました。
 今日は一歩進んで『イニシェリン島の精霊』を自分なりに解釈してみたいと思います。

 先日の記事では、コルムはバードリックに対して絶縁宣言をしたが、実際には彼のことを嫌ってなどいない、と書きました。
 このことは作品を見ればわかることだと思います。
 もしコルムがバードリックのことを嫌っていたのであれば、警官に殴られて怪我をした彼の代わりに馬車を御したり、彼が飼っていたロバが死んだことを嘲笑した警官を彼に代わって殴ったりはしないでしょう。
 ではなぜコルムは嫌っていないバードリックに対して絶縁宣言をしたのか?
 これは作品を見ていてもわかることではありません。
 理由は最後まで明かされることはないのです。

 自分はコルムがバードリックに対し絶縁宣言をしたのはバードリックを守るためだったのではないかと考えました。
 もしコルムが本当に残りの人生を有意義に過ごすためにバードリックと絶縁したのであれば、彼が自分の指を切り落としたことは解せません。
 コルムが絶縁宣言をしたのは音楽のためでもなく、残りの人生を有意義に過ごすためでもない、では何のためなのか?
 コルムにとって音楽以上のもの、そして残りの人生を有意義に過ごすこと以上のこと、それは長年の友人だったバードリックの存在しか思いつきません。
 想像ですが、コルムはマコーミック夫人から、バードリックを遠ざけなければ彼が死ぬ、と(受け取れる内容の)予言をされた。
 だからコルムはバードリックに絶縁宣言をし、それでも何かとつけて絡んでくる彼を牽制するために指を切り落としたのです。 
 この推測が正しいのかどうかはわかりませんが、辻褄は合っていると思います。

 ただ、この作品においてなぜコルムが絶縁宣言をしたのかは重要ではないと思うんですよね。
 言い換えればなぜ絶縁宣言をしたのか、わからないことが重要なのです。
 なぜなら現実の世界の戦争は、なぜその戦争が起こったのか、よくわからないことがほとんどだからです。

 現在、ロシア軍がウクライナに侵攻中ですが、ロシア軍は、というか、プーチンはなぜウクライナに侵攻したのでしょうか。
 もちろん【ロシア軍 ウクライナ 侵攻 理由】などで検索すれば、それっぽい理由が書かれたサイトがヒットします。
 でもそこに書かれてあることを読んでもいまいちなぜプーチンがウクライナに軍を侵攻させたのか、よくわかりません。

 これは戦争ではありませんが、1994年に起きたルワンダの大虐殺もなぜそれが起きたのか、自分にはよくわかりません。
 100万人もの人間が無残に殺されたのですから、何かしら理由がありそうなものですが、調べても納得するような理由は見つからないのです。

 そして『イニシェリン島の精霊』でも主人公たちの住むイニシェリン島の沖にあるアイルランド島では内乱が起きています。
 爆音を聞いたバードリックはこんなことを言います。
 好きにやってくれ、なぜ争っているかは知らないが。
 自分はアイルランドの内戦のことをまったくと言っていいほど知りません。
 ただ、登場人物にこんなセリフを口にさせるからには、監督のマクドナー自身も内戦がなぜ起きたのか、よくわからないのでしょう。
 恐ろしいですよね。
 何万人もの人が亡くなる戦争自体恐ろしいものではありますが、何万人もの人が亡くなる戦争がなぜ起きたのかがわからないこともまた恐ろしいと思うのです。

 マクドナー監督が『イニシェリン島の精霊』で描きたかったもの、それは争うことの愚かさであり、恐ろしさだと思うのです。
 そしてマクドナー監督はそのことに充分以上に成功している、と思いますね。
コメント
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