***
翌日、誕生日当日。
溝部はお父さんコーチとして野球の練習に参加している。先週に引き続き、ノックを打っているのだけれども……
「次ー! サードかショート!」
「えー!どっちー!?」
「わー!ごめん!セカンドだったー!」
「翔平、ナイスキャーッチ!」
溝部の声と子供達の笑い声が響き渡っている。まだ、宣言した守備位置にボールが飛ばないことが多いので、みんなそれを面白がっているのだ。
「溝部、だいぶマシになってきたじゃん」
下級生チームの練習試合から帰ってきた中林監督が、感心したように言ってきた。中林さんは、偶然にも、私達と同じ高校の2年上の先輩だった。
「鈴木さんさあ……、あ、もう溝部さん?」
「あ、いえ、まだです……」
入籍は、陽太の春休み中で溝部と私の仕事の都合がつく日にしよう、と話してはいる。
今日もこれから引っ越し先の候補マンションの見学に行くことになっていて、決まり次第、溝部は先に引っ越しする予定だ。
中林さんは「ま、どっちでもいっか」とちょっと笑ってから、ぴっと人指し指を立てた
「次回から陽太にピッチャーの練習させるから」
「え…………」
驚き過ぎて言葉を失ってしまう。
元々、陽太はピッチャー志望だった。それが離婚のせいで前のチームを離れることになり、入ったばかりのこのチームではそれを言うこともできず、結局諦めたのだ。
「陽太本人が言ったんだよ。本当はピッチャーやりたかったのに、ずっと言えなかったって」
陽太が自分で言った……?
「今ピッチャーの哲史もさ、陽太とだったら一緒にやってもいいっていってて。だから、次回からボチボチな」
「そう………ですか」
驚いた。今までは、揉めたりするの面倒くさい、とか言って、自分の希望を言わない子だったのに……
「陽太、ここ最近ですごく子供らしくなったよな」
中林さんが、ふっと笑った。
「溝部、良い父親になると思うよ」
「…………」
良い父親………
良い父親の定義は人それぞれだけれども……
「…………はい」
こくりとうなずく。
私にとっての良い父親像は、子供に寄り添ってくれる人。すべてを受け入れて、認めてくれる人。見守ってくれる人。一番に愛してくれる人。
溝部はそれらすべてを当然のことのように持っていて……そして何より、陽太を子供に戻してくれた。この人を「良い父親」と言わなかったら誰も良い父親になんかなれない。
「次ー! レフトー! たぶん!」
「たぶん!」
手を叩いてウケている子供達。
でも、ちゃんとボールはレフトの子の少し前方に飛び、その子が上手にキャッチしたので、おお~と二重の意味で歓声があがっている。
「次ー! センター希望!」
「希望?」
保護者席からも笑いが起こる。
センターを守っているのは陽太だ。
心地よい音と共に、打球が高く上がった。落下地点はたぶん陽太の立っている位置より少し後ろ。陽太が慎重に落下地点に入る。
「陽太ー! 父ちゃんのボール、ちゃんと取ってやれー!」
中林監督が叫んだ。
と、同時に、すとん、と陽太のグローブの中にボールが入り………
「ナイスキャーッチ!」
わっと歓声があがる。
陽太が取ったボールをかかげてから、一番仲良しのセカンドの翔平君に投げ返す。
(陽太……)
陽太の得意そうな顔が嬉しい。胸の奥のほうが温かくなる。
そして………
「ナイスー」
「……………」
にっと笑った溝部。他の子の時よりも嬉しそうに。なるべく隠そうとしているけれど、隠しきれない喜びの色。
陽太は溝部の特別な子。特別に愛されてる子。
(…………好き)
ふわっと……温かい気持ちに包まれる。
昨日感じた、無理矢理なトキメキとか、そういうのではなくて、ただただ温かい……
(好き)
この人が、好き。
陽太を、私を、包んでくれる、この人が好き。
ふいに、先日、菜美子ちゃんに言われた言葉を思い出す。
『恋人らしく過ごしていたら恋人らしくなる……ということはあると思います』
『でも』
『それがお二人の望む形なのかは、また別の話です。カップルにはそれぞれの幸せの形がありますから』
溝部と私の幸せの形………
それは………
「次ー! どこかー!」
「えーー!!」
笑い声がグランドに響き渡る。
「たぶん外野ー!」
「わー! センター!センター!」
「陽太ー!」
走っていった陽太が、球に追いついた。
「うおー!よく取ったー!」
「すげー陽太ー!」
得意気に球をかかげた陽太が、ニコニコで溝部にむかって手を振り上げている。溝部も嬉しそうに拳を振り上げていて……
「あいつら、似てるよな」
中林さんに笑いながら言われ、素直にうなずく。
「ほんと………似てますよね」
陽太と、溝部と、私と。3人でいることが幸せ。
溝部と、陽太の父親と母親になることが、幸せ。
私の、幸せの形。
***
「最後の方、だいぶマシになってきてたよなー?」
練習の帰り道、溝部が「さすがオレ~♪」とご機嫌で言っているので、「はいはい良かったね」と軽くあしらってやる。
陽太は翔平君一家と一緒にはしゃぎながら少し前を歩いている。いつもは方向が違うからバラバラなのだけれども、今日はマンションの見学に行くので途中まで一緒に帰れるのだ。
溝部はテンション高めにケロリと言った。
「またまたそんなこと言って~。今日は妙にオレのことジーっと見つめてたくせに~」
「……………」
気がついてたのか………
「溝部君カッコいい~~とか思ってたんだろ~~?」
「思ってません」
「いーや、絶対思ってたね」
「思ってないよ」
「またまたそんな~」
あはは、と笑う溝部。
ふわっと先ほどの感覚がよみがえってきて、ドキンとなる………
「…………。カッコいいとは思ってないけど……」
立ち止まり、振り返る。
ん?という顔をした溝部の瞳を、じっと見つめ返す。
そして…………
「幸せって思った」
素直に、告げた。
「……………え?」
キョトン、とした顔の溝部に、言葉を重ねる。
「溝部が陽太のお父さんになってくれて良かったって思った」
「………そうか」
ふっと笑った溝部。
「まあ、オレほど良い父親はなかなかいないからな」
「…………うん」
こくりとうなずく。心から思う。良い父親だ、と。
「それに、オレほど良い旦那もなかなかいないと思うぞ?」
「……………」
旦那………
「それは……」
「ああ、ごめんごめん」
溝部は手を振り、慌てたように言った。
「その件については、昨日も言ったけど、ゆっくりでいいんで」
「…………」
「オレはとにかく、お前らと家族になれることが嬉しい」
「…………」
「お前とどうこうなるのはその先でいい」
「溝部……」
昨日、「結婚したら一生一緒にいる」と当然のことのように言っていた溝部。まだまだ時間はたっぷりあると言ってくれた。
幸せ……幸せの形。
あなたの求める幸せの形が、私と同じ形だと、思いたい。
マンションは、小学校のすぐ近くで、駅まで徒歩5分のところにある3LDKのマンションに決めた。今度の土曜日に引っ越しの準備をしてはどうか、と話をしたら、
「今度の土曜は忙しいから無理だなー」
「仕事?」
「いやー。なあ陽太?」
「あ、18日か。そりゃ無理だよな」
「なー?無理だよなー」
溝部と陽太は二人して「無理」を連呼している。なんなんだ。
「え? なんなの?」
「ゲームの発売日」
「…………………。は?」
眉を寄せた私にお構いなしに、二人は盛り上がっている。
「データ、ほぼほぼ引き継げるんだよな?」
「らしい。で、さあ、新しいスタイル……」
「あ!そうそう、オレ新しいの試したい~~」
………………。
そのまま意味の分からない話は続いている………
(………溝部)
子供か。
お前は子供かっっ!!
「あ~~………」
「え、なに?」
「どうかした?」
思わず、の大きなため息に、二人がこちらを振り返る。妙に似てる二人……。
「いや……何でもない」
「そうか?」
「あ、そうだそうだ!」
陽太がはしゃいだように溝部の腕を叩いている。
「父ちゃん、父ちゃん、新しい映像見た?」
「前見たやつじゃなくて?」
「違くて、また新しいの出たって翔平が……」
…………。
父ちゃん、だって。
気持ちがふわふわする。
溝部が私の息子のお父さん。
そんな不思議なことが起きるなんて、高校生の時は思いもしなかった。
でも、それが現実になる。
私の幸せは、溝部と共にある。
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お読みくださりありがとうございました!
前回ここまで書くつもりだったのでした。失礼しましたっ。
溝部君と同じ3月12日生まれの有名人:ダイアモンド☆ユカイ・勝俣州和・ユースケ・サンタマリア……。そんな感じです。
次回最終回は5月9日火曜日朝7時21分頃の予定となっております。どうぞよろしくお願いいたします!
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