慶はおれの初めての友達。初めての親友。初めての恋人。
慶はおれにたくさんの初めてをくれた。
初めての自転車の二人乗り。初めての「友達のうち」。初めて思いきり泣いて、初めて抱きしめられて、初めて抱きしめて。初めてキスをして、初めて一つになって……
初めての生徒も慶だった。
「お前教えるの上手だな。本物の先生みたいだ」
初めて勉強を教えた時、慶はニコニコで言ってくれた。自分が教えることで「分かった!」ってパアッと表情を明るくしてくれることが何より嬉しかった。
教師を目指した原点は慶の笑顔だ。教える喜びを初めて教えてくれたのは慶だ。
その喜びは大きく広がって……生徒に寄り添って、支えて、見守ってあげられるような先生になりたいと思うようになった。
でも……現実はうまくいかないことばかりだ。
慶は夢を叶えて、患者さんに慕われる小児科医になったというのに……。おれはやっぱりいつまでたっても出来損ないのダメな人間だ。
***
どうしても慶に会いたくて、夜10時を過ぎてから慶のマンションに行った。ちょうどお風呂から上がったばかりだという慶は、髪の毛をガシガシと拭きながらニコニコで出迎えてくれたのだけれども………
「おれさ、明日から一泊で出張なんだよ」
「どこに?」
「大阪」
慶の言葉にぞわっとする。大阪って……確か真木さんは大阪の人で……
「もしかして、真木さんも一緒……?」
「そうそう。旨いお好み焼きの店連れていってくれるって。吉村も一緒」
「ふーん……」
吉村というのは、慶の同期で、慶のことを狙っているのがミエミエな女性だ。
(こうなると、吉村さんが一緒というのは好都合かもしれない)
慶は「真木さんとは和解した。もう変なことを言ってくることはない」と言っているけれども……先月の真木さんの様子を見る限り、慶を諦めたようには思えないのだ。
おそらく吉村さんは慶にピッタリくっついてくるだろう。そうなったら真木さんは手を出せない。是非とも二人で牽制しあってくれ。
「準備手伝うよ」
「おおっサンキュー。着替えとか出してもらっていいか? 明日の資料、全然読めてなくてさ」
「うん」
勝手知ったる慶の部屋。資料を読みはじめた慶をよそに、一日分の下着とワイシャツを用意する。それから、お腹が空いたとき用のオヤツ……
ソファの横を通り過ぎようとしたところ、慶が思い付いたように言った。
「なー、浩介。おれ、明日の朝、すげー早いんだよ。お前さあ……」
「もう帰った方がいい?」
わざと聞くと、慶はムーッと口を尖らせた。
「んなわけあるか。じゃなくて……」
「泊まった方がいい?」
「できれば。朝、用意間に合うか心配で……」
「分かった。任せて」
ソファに座っている慶の頭のてっぺんにキスをすると、慶は、へへっと笑っておれの頬を撫でてくれた。
「さすが頼りになる~」
「……………」
………………。
泣きたくなる。
『ホント桜井、使えねえ……』
よみがえる。今日聞いてしまった言葉……
『高瀬先輩が、桜井ならなんとかしてくれるかも、なんて言ってたけど、全然頼りになんねーじゃん』
『まあまあ。退部じゃなくて、休部にできたんだからまだ良かったんじゃね?』
『でも、いつ復帰できるか……』
部室から聞こえてきた生徒達の声。文句を言っているのは関口君だ。先日、成績の低下を理由に、母親が退部を申し出てきたバスケ部の1年生。
おれの母に似ている関口君の母親と対峙するのは相当なストレスだった。
(期末試験まで休部。その間に成績を立て直す。そこまで譲歩してもらえただけ、有り難いと思ってほしい……)
頭が、痛い………
職員室に戻ると、同じバスケ部顧問の早苗先生にコソコソと耳打ちされた。
「桜井先生、さっきお母さんから電話がありました」
「…………え」
お母さんって、それは………、おれの?
(ああ……嫌になる……)
あの人は、職場に電話をするなと何度いったら分かってくれるんだ………
「吉田先生が代わってくれて、学校には電話をかけてこないでくださいって、おっしゃってくださってたけど」
「………」
吉田先生……おれの父に少し似ている学年主任の先生。とても厳しい人だけれども、筋の通った頼りになる先生だ。先生にそんなこと言わせてしまうなんて……
「でも、お母さんずいぶん粘ってたみたい」
「そう……ですか……」
すみません………。
謝ると、早苗先生はブンブン手を振り、
「私達は別にいいのよ。ただ、吉田先生には……」
「………はい」
頭を下げ、コピー機の前にいる吉田先生の方に向かう。今、早苗先生……
(『私達』って言ったな……)
母は何かにつけて学校に電話をかけてくるので、他の先生方でも電話を受けたことがある人はたくさんいるのだ。『私達』って言葉が出るってことは、おそらく他の先生方の間で話題にされているってことで……
(ああ……嫌になる……)
どうして、どうして、いつもいつもこうなってしまうんだ……
「吉田先生……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
コピーがちょうど終わった吉田先生に頭をさげると、
「別に迷惑ではないが」
「………」
眼鏡の奥の瞳が観察するようにこちらをみてくるので、ドキドキしてしまう。吉田先生は淡々と続けた。
「親はいつまでたっても子供が心配なものだよ」
「…………」
「携帯が通じない、とおっしゃってたので、校内にいるときは電話には出られない、とは答えておいた。電話に出たくないなら、せめてメールだけでも返しなさい。それだけでも安心されるだろうから」
「…………はい」
深々と頭を下げる……。社会人にもなって、こんなこと……恥ずかしすぎる……。
「ああ、それから」
ふと思いだしたように、行きかけた吉田先生が振り返った。
「バスケ部の関口。今日の小テストの結果も悪かった」
「え」
「休部してもあれでは意味がない。休部させた理由を分からせてやったほうがいいな」
「………はい」
そうなるんじゃないか、とは思っていた。
休部させたところで、本人に勉強のやる気がなければまったく意味がない。本当は、部活を続けた上で、勉強も頑張れるような環境を作ってやるべきだったんだ。でも、それでは、関口君の母親が納得してくれなくて……
『ホント桜井、使えねえ……』
よみがえる悪意の言葉……。
おれは本当に、出来損ないのダメな人間だ……
「浩介?」
「!」
お風呂から上がり、もう寝るだけの状態でベッドに座ったまま思いに沈んでいたところを、凛とした声に引き上げられた。見上げると湖みたいな綺麗な瞳がこちらをジッと見返している。
「先寝てていいぞ?おれまだかかるから」
「あ……うん」
「明るくて眠れないか?」
「…………」
首を振る。明るくても暗くても眠れない。
だって、慶………、慶。
「慶………」
「ああ、そっか」
慶の瞳がイタズラそうに笑った。
「おれがいないと眠れないか」
「…………うん」
素直にうなずくと、慶は満足そうに「そうかそうか」と言って、資料を持ってベッドにきてくれた。
「膝枕してやるー」
「………………」
嬉しそうにトントンと自分の腿をたたく慶。お言葉に甘えて腿に片頬をつける。鍛え上げられた硬い慶の足……
(…………慶)
時々、思い出したように頭を撫でてくれる温かい手………
「………あれ?これ違くね?」
時々、漏れる一人言。バサッバサッと紙をめくる音。
(このまま、時が止まればいい)
慶と二人だけ。こうして二人だけでいられたら………
そんな泣きたい気持ちになっていたところに………無情な電話の着信音が鳴り響いた。
「ちょいごめんな」
そっとおれの頭をベッドに落として立ち上がった慶。嫌な予感がする……
電話を取った慶から発せられた言葉は、
「あ、真木さん?」
予感通り、真木さんで……
「おれも今、電話しようと思ってたんです。血管線維腫の画像が……」
いいながら、パソコンの画面を開いて何か作業をはじめた慶……。聞いたこともない言葉が、慶の綺麗な唇から紡ぎ出される。真剣な表情……こんな慶、見たことない。
(違う人みたい………)
遠い………遠いよ。慶……
すぐそこにいるのに、ものすごく遠い……
(行かないで……)
そんなこと、言えるわけがない。言えるわけないけど、思わずにはいられない。
行かないで。行かないで、慶……
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お読みくださりありがとうございました!
…………暗っ!
でもすみませんっ全編暗いままですっ。
そんなに長くならずに終わる予定なので、もしよろしければ最後までお付き合いいただけると幸いですm(__)m
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