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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼 1(浩介視点)

2017年05月23日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼

 ぼくの背中には醜い黒いアザがある。
 母に叩かれ続けてできたアザ。
 誰にも、誰にも見られたくない。
 こんなものを見られたら嫌われてしまう。


 子供の頃からずっとそう思っていた。
 その思いから解放されたのは、高校二年の修学旅行の時だった。


『慶は、おれのこの痣みても……おれのこと、嫌いにならない……よね?』

 大浴場の脱衣所で、そういったおれに、慶は背中をさすってくれながら、自信たっぷりに言ってくれたのだ。

『当たり前だろ。片想い歴一年以上のおれをなめんなって言っただろ?』

 ニッと笑った慶。

『何があっても、大丈夫だ』

 慶はいつでもおれを守ってくれる。包んでくれる。慶が一緒にいてくれたら、何も怖いものはない。


 その日の夜。
 10人部屋での布団の場所はくじ引きで決めたので、おれと慶は一番出入口側と一番奥に離れてしまった。でも、就寝時間直前、各自自分の布団の上で、荷物の整理をしたり、お喋りしたりしている最中……

(慶……かわいいなあ……)

 慶はトイレ~と言って部屋から出ていって、戻ってきた……と思ったら、奥の自分の布団には戻らず、おれの横にちょこんと座りこんできたのだ。さりげなさすぎて、誰も不思議に思ってない。そして、おれの手元をのぞきこむような形で、さりげなーく、くっついてきた。猫みたい。かわいすぎる。

「明日の班行動の資料か?」
「うん。雨だからちょっと予定変わっちゃうね」
「ふーん」
「ふーんって慶も一緒に行くのにー」
「任せた~ついてくついてく~」

 へへへ、と笑う慶。かわいい。上下揃いのトレーナーというラフな格好もかわいい。

(大人になって、一緒に暮らせるようになったら、こんな感じなのかな)

 二人でパジャマでお喋りしたりできるかな。一緒のお布団で眠れるかな……。
 幸せな気持ちが溢れだしそうで我慢できなくて、みんなからは見えないところで手に触れようとした……のだけれども。

「これでどうだ!」
「?」

 大きな声に驚いて、部屋の奥を見る。と……

(…………え?)

 なぜか、溝部はシャツを、皆川はズボンの裾を捲りあげている……

「何やってんだ?あいつら」
「さあ?」

 慶と二人で、首をかしげていたら、山崎が部屋から出ていくついでに教えてくれた。

「傷自慢大会、だってさ」
「傷自慢?」
「今、溝部の盲腸の手術の跡と、皆川の自転車で転んで縫った傷跡のどっちがカッコいいか審議中」

 ホント溝部ってアホなこと思い付くよね、と言いながら山崎は出ていってしまい……

「…………」
「…………」

 慶と二人で顔を見合わせる。
 傷自慢? 傷って自慢するものなのか……?

「渋谷と桜井も参加しろよー」
「アホか。誰がやるか」

 誘ってきた溝部に、慶はアッサリと手を振った。けれども、

「何がアホだ!傷は男の勲章だぞ!」

 溝部が偉そうに言い放った。

「オレはなー、この盲腸の時は本当に大変でなー」
「痛かった?」
「スッゲー痛かった! なのに母ちゃんも姉ちゃんも信じてくれなくてさ。『どうせ塾サボりたくて痛いとか言ってんでしょー』とか言ってさ。ホントひでーんだよ」
「…………」

 それは……

「それは溝部の普段の言葉が常に嘘っぽいせいだな」

 委員長の指摘にみんなでウンウン肯く。溝部は「なんだよそれ!」とムッとしたけれど、委員長に先を促され、言葉を続けた。

「で、結局、父ちゃんが病院に連れて行ってくれたんだけど、速攻で手術ってなってさー。あとから母ちゃんに『もっと真剣に痛いって言いなさい!』とか怒られるし、もう散々だった」
「………それが勲章?」

 思わず聞くと、溝部は大きく肯き、

「こんな痛さに耐えたオレ偉い!ってことで!」
「あーそれを言ったら、委員長の傷は本物の勲章って感じかもしれない」

 斉藤がポンと手を打った。

「ほら、腕のこれー。な?委員長?」
「別に勲章では……」
「またまたご謙遜をー。これ、こないだのバレーボールの授業でスライディングして……」
「あ、それ、あの時の傷だったんだ?」
「それ言ったらオレだって、これー!」
「だったらオレもー」

 ワーワーと傷の見せあい大会は大盛況だ……

「………気が付かなかった」

 思わずつぶやいてしまう。今日一緒にお風呂に入ったのに、溝部の盲腸の傷も、委員長の腕の傷も、全然気が付かなかった……

『大丈夫だよ。野郎の裸なんて誰も注目して見やしねえよ』

 脱衣所で言ってくれた慶の言葉を思い出す。
 ホントだ……。おれもみんなの傷なんて一つも見てなかった。おれの背中のアザだって、誰も気が付いてないに違いない。
 それに……気がついたところで、それをどうこう言ったりしないんだ……

 小学生の時、中学生の時は、とにかく弱みを見せてはいけない、と思っていた。一つでも突っ込まれるところがあったら、そこから攻め込まれてしまうから。
 でも、もう、そんなこと思わなくていいんだ……

「………慶」
 こっそりと、みんなからは見えないように荷物で隠しながら、慶の手を握りしめる。温かい手……

「ん」
 慶はキュッと握り返して、優しく微笑んでくれた。慶がいるからおれは大丈夫……



 二日目の夜のお風呂の時間……

 意を決して、脱衣所の鏡に自分の後ろ姿を写してみて……愕然とした。

(………薄くなってる)

 昨年の夏に見た時には、もっと黒かったのに……。でも、もう、ほとんど気にならないくらい、薄い。

(どうして……?)

 最後に母から折檻をうけたのは、中学3年の夏のことだから、薄くなっていてもおかしくはない。でも、こないだの夏に見たときは、もっと黒かったのだ。この半年の間に急に薄くなったのか……?

「浩介?」

 心配そうに、昨日と同じようにおれの背中を庇おうとしてくれる慶に、軽く首を振ってみせる。

「ありがと……もう、大丈夫」
「そうか?」

 いいながらも、背中を撫でてくれる慶。温かい手……。体の中全部、愛しい気持ちで満ちてくる。

 慶に押されながら風呂に入ると、中では溝部達がシャワーの順番を巡ってぎゃーぎゃー騒いでいた。でも……

「あ、あそこ一個空いた!」
「一緒に使おーぜ」

 タイミングよく端っこのシャワーが空いたので、溝部達に気付かれる前に急いで移動する。

「慶の体洗いたーい」
「アホかっ冗談言ってないでさっさとしろっ」
「………冗談じゃないのに」

 ブツブツ言ったけれど、希望は叶えてもらえなかった。今後やりたいことリストに加えておこう……


 体も頭も洗い終わって、湯船に移動する前に、もう一度、シャワーの横の鏡に背中を写してみる。と………

(やっぱり、薄い……)

 半年前、海で泳いで日に焼けたからだろうか? それくらいしか理由は思いつかない。海に行く直前に見たきりだから、いつから薄くなっていたのかも分からないけれども……

「浩介?」
「あ、うん」

 促され、急いで湯船に浸かる。慶の上気した顔が色っぽい。色が白いから余計に赤が引き立つ。

「あー……やっぱりデカイ風呂はいいよなー」
「うん」

 おれの背中のアザはきっとこのまま消えてくれるだろう。母との記憶も消えてくれたらいいのに。

「来年、ホントに絶対旅行行こうな?」
「うん」

 ニコニコの慶に力強く肯く。おれは来年も再来年もずっと慶と一緒にいるんだ……


 この日を境に、背中のアザのことを思い出す時間は減っていった。時折ふと思い出して鏡を確認するのだけれども、いつも何もなくて……。このまま、そんなもの存在した事実さえないかのように、時は過ぎていくと思っていたのに……


***


 慶と付き合いはじめてからもうすぐ丸11年になる。
 高校を卒業してから体を重ねることをはじめ……もう何度慶と一つになったかは、さすがのおれも数えきれない(はじめのころは数えていた、ということは内緒だ)。


「………慶」

 ごめんね。
 小さく謝りながら、そっとその柔らかい髪を梳く。
 気を失うように眠ってしまった慶は、ピクリともせずに寝息をたてている。

 最近、本当に自制がきかない。

『汚したい』

 そんな歪んだ欲望の末、慶のその白皙に穢れた己の白濁をぶちまけてしまったのは約2週間前のこと。

 さすがにもう、そんな失態は演じていないけれども……

(似たようなものか)

 今日は無理矢理に快楽の頂点に連れていき、休息もとらせず、制止の言葉も無視して、疲れている慶をひたすらに攻め立てて……

(でも、慶が悪いんだよ……)

 今日……慶が真木さんと一緒にいるところを遠くからだけど見かけてしまったのだ。
 真木さんというのは、慶の勤める病院の系列病院の医師だ。10日ほど前、ゲイである彼は、慶を襲おうとして慶に伸されてしまったのだけれども、その後は仲直り?したらしく……

(考えてみたら、慶って昔からそうだったよな……)
 ふいに、高校一年生の時に、おれのクラスメートと喧嘩をしたのに、直後にすぐ仲良くなっていたことを思い出した。だから友達も多いのだろう。


(ああ……嫌になる……)

 何もかもが、嫌だ。最近、嫌なことばかりだ。

 昨日は、顧問をしているバスケ部の生徒の親が学校に怒鳴りこんできた。部活のせいで勉強がおろそかになっている、と。そんなことを言われても、うちは私立高校で、部活動は勉強の妨げにならないよう、かなり時間制限されているので、これ以上練習時間を減らすことなんてできない。

(ああ、嫌だ。嫌だ……)

 その親を見て、うちの母親みたいだ、と思ってゾッとしたのだ。


 母親からは毎日、矢のように電話やメールがくる。

『浩介! いい加減にしなさい! ちゃんと電話に出て!』

 留守番電話にふきこまれた母親の声。昔から変わらない。ヒステリックで高圧的で。吐き気がする……。


「…………」
 せっかく慶と一緒にいるのに、母親のことを思い出している場合じゃない。

(蒸しタオル作ろうかな……)
 慶を起こさないよう、そっと布団から抜け出る。慶は行為のあとそのまま眠ってしまっているのだ。体を拭いてあげないと……。

 勝手知ったる慶の部屋。洗面台の棚にあるタオルを勝手に取る。その扉を閉めようとして……

「!!!」

 息を飲んだ。鏡に写った背中に……

「なんだ……これ」

 見たことがある。一瞬「懐かしい」という感覚さえ沸き起こった、見覚えのありすぎるアザ。
 

『ぼくの背中には醜い黒いアザがある』

 自分の声が頭の中でわんわんと鳴り響く。背中に広がった、青黒い大きな……

『母に叩かれ続けてできたアザ』

 ずっと消えていたのに。最後に叩かれたのは、中3の夏なのに……

『誰にも、誰にも見られたくない』
『こんなものを見られたら嫌われてしまう……』

 そんなことはない。
 慶は、慶は、何があっても大丈夫って……

「………慶」

 深い闇の中に堕ちていく………
 


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お読みくださりありがとうございました!
はじまりました「閉じた翼」。安定の暗さの浩介でございます。
の前に、懐かしい修学旅行話。脱衣所の話は「将来5-1」でした。

また次回金曜日、よろしくければどうぞお願いいたします!
クリックしてくださった方、見にきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともよろしければどうぞお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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コメント (4)
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