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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・後日談2

2017年11月03日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて


【慶視点】


 日本を離れてちょうど3年後。浩介が日本に帰ってきた。
 そういえば、浩介って「記念日」をやたら大事にしてたよな……と、ちょっと可笑しくなってしまった。


 その日のうちに、おれも浩介と一緒に東南アジアに行くことを決めて、事務局に挨拶にいった。そして、帰宅後、久しぶりに浩介の膝枕で少しだけ寝て、それから夕飯を食べて、一緒に風呂に入って、一緒のベッドに入って……

「でも慶、ご両親に反対されない?」
「まあ……大丈夫だろ」

 心配げにいった浩介の手をギュッと握る。

「南に先に話して援護射撃してもらおうかな」
「あはは。それは心強いね」

 クスクス笑い合う。すごく久しぶりなのに久しぶりじゃない感じ。心がフワフワする。

「おやすみ、慶」
「おやすみ」

 軽く唇を合わせて、おでこをコツンとぶつけて……

 以前は普通にあった日常の挨拶。それができることが苦しくなるほど嬉しい。


 夕方、浩介の膝枕で眠る前は、眠るのが怖かった。これは夢で、目が覚めたら浩介がいなくなってしまうのではないか、と思って………

 でも、一時間ほど眠って目が覚めた時……

(浩介………)

 浩介はおれの腰のあたりに手を置いたまま、ソファの背にもたれて眠りこけていた。のんきな感じに、口を少し開けて、寝息をたてていて……

(ああ……)

 不覚にも泣きそうになった。
 ちゃんと、いる。浩介がここにいる……

 そっと起き上がって、額にキスをする。

(浩介………)

 その頬を撫でる。唇を指で辿る。……と、浩介がぼんやりと目を開けた。そして、

「……慶」

 幸せそうに笑って、ぎゅっと抱き寄せてくれた。

 離れたくない。もう、離れたくない。

 この温もりを離さないために、おれは明日から各方面に頭を下げて回ることになる。でもこの幸せを手に入れるためなら、いくらでも頭なんか下げてやる。



***


 翌日の昼休み……

「はああああああ?!」

 峰先生に部屋中に響き渡る声で叫ばれてしまい、近くにいた看護師数人が何?何?何?とこちらに近づいてきてしまった……
 でも、峰先生は気が付かないように、眉間にシワを寄せたまま、

「それ、決定?」
「……はい」
「いつから?」
「半年後には……と思っているんですけど」
「あー……まあ、そうだな」

 まあ、半年後ならどうにかなるか……、と峰先生は腕組みをしたまま、椅子をクルリと回転させると、

「お前、あれだろ。島袋先生の影響だろ?」
「え?」

 突然、おれが医者になるキッカケとなった島袋先生の名前を出されてキョトンとなる。島袋先生の影響???

 キョトンとしているおれの横で、看護師の早坂さん達が問いかけてきた。

「何のお話なさってるんですか?」
「いや……」
「島袋先生って、新生児科にいた島袋先生ですか?」
「そうそう。こいつの憧れの先生。な?」

 峰先生がニッと笑って早坂さん達に答えている。

「元々、渋谷は島袋先生に憧れて医者になるって決めて、それで、島袋先生のいるこの病院に就職したんだもんな?」
「あ……はい」

 でも、おれの希望は小児科だったので、結局、新生児科の島袋先生の下につくことは一度もなかったんだけど……

「え、そうなんですか?! 知らなかった!」
「島袋先生って、確かご実家の小児科病院を継ぐとかで……」
「そう。オレも遊びにいったけど、海に囲まれた自然がいーっぱいの長閑ないいところでさあ……」

 峰先生が思い出すように視線を上にやると、看護師さん達が、わあっと声をあげた。

「そんなところでお医者さんするなんて、ドラマみたいですね~」
「島袋先生、似合う~~」
「まあ、あのドラマよりはもうちょい人いたけど……似たような感じかな」

 峰先生はうーんと首を傾げてから、おれに再び視線を戻した。

「ああいうの、目指したくなったんだろ?」
「えと………」
「医師不足の地域での医療活動、みたいな」
「…………」

 …………。

 なるほど。言われてみれば少し似ているかもしれない……。

『ここの子供達を守ることが、今のオレの仕事だから』

 そう言っていた島袋先生の笑顔を思い出す。

 おれは知らず知らず島袋先生と同じ道を辿ろうとしていたのか……。

「そう……ですね」

 こっくりとうなずくと、峰先生は「やっぱりなあ」とため息をついた。

「でもだからって、いきなり東南アジアってのはぶっ飛び過ぎてる気がするけどなあ」
「東南アジア?!」

 峰先生の言葉に、看護師さんたちが、一斉にえええ?!と悲鳴をあげた。

「渋谷先生、東南アジアに行っちゃうんですか?!」
「東南アジアのどこですか?!」

 わあわあ叫ぶ看護師さんたちを「すみませんっすみませんっ」となだめる。

「これから部長に時間いただいて話してくるので、くれぐれもまだ内密に……」
「ホントに行っちゃうんですか?!」
「え」

 いきなり、早坂さんがグイッと迫ってきたので、一歩下がってしまう。でも構わず早坂さんが叫ぶように言った。

「彼女のこと諦めちゃうんですか? 待ってるんじゃなかったんですか?!」
「あ………」

 彼女の問いかけに、部屋の中がシンとなる……

 早坂さん……

 告白してくれた時と同じ、真剣な瞳をしている。ずっと気にかけてくれていたんだ……

「………。大丈夫」

 だから、おれも真剣に答えよう。

「一緒に行くから」
「え………」

 目を瞠った早坂さんに、Vサインをしてみせる。

「あいつ、ちゃんと帰ってきたよ。それで、一緒に行くことにしたんだ」

「…………」
「…………」
「…………」

 しばしの沈黙のあと………

「えーーーー!!!」
「きゃああああ!!」
「すごーい!!」
「え、ちょ、ちょっと……」

 看護師さんたちがますます大騒ぎをはじめたので、慌ててしまう。峰先生は「あーうるせー」と耳をふさいでるし、「静かにしなさい!」と、看護師長には怒られるし……、でも、

「良かったですね。渋谷先生。頑張ってください」

 コソッと早坂さんが言ってくれた。ニコニコの笑顔で。

「………ありがとう」

 3年前、この笑顔のおかげで浩介を見送る決意ができた。

 今また、背中を押してくれる早坂さんの笑顔。でも、今度は見送るのではなく、浩介と共に生きるために、おれは旅立つ。



***


 その日の夜……

「はあ…………」

 実家に帰って「浩介と一緒に東南アジアに行く」と宣言したところ、母に大きな大きなため息をつかれてしまった。

「そのうち言い出すんじゃないかとは思ってたけど……」
「東南アジアのどこなんだ?」
「あ、うん」

 母の言葉を遮っての父の穏やかな物言いに、ホッとしながら言葉を継ぐ。

「とりあえずはじめはミャンマー。でも状況によって、あちこち行くことになるらしい」
「そうか」

 父は反対ではないようだ。この人は昔からそうだ。おれが浩介と付き合っていると告白した時も、あっさりと認めてくれた。信頼されているというプレッシャーで逆に変なことができない、という感じ、昔と変わらない。

 でも、母は眉間にシワを寄せたまま、ソファーの横に座って詰め寄ってきた。

「ねえそれ、慶は本当に行きたいの? ただ単に浩介君と一緒にいたいだけなんじゃないの?」
「…………」

 それを言われると……

「そんな覚悟で海外になんか行って大丈夫なの?」
「…………」

 痛いところをついてくる母………

「浩介君が日本に住むっていう選択肢はないの?」
「……………。それは………ない」

 浩介は活躍の場を海外に求めている。それに何より、日本では一緒に住むことは難しい。もう3年前と同じことは繰り返したくないんだ。

「どうして? そんなの……」
「ごめん、お母さん」

 誠意をこめて頭を下げる。

「浩介は海外で働きたいって言ってる。だからおれも行く。浩介と一緒にいることは、誰が何と言おうと譲れない」
「…………」
「そのこと、この3年で嫌と言うほど思い知った」
「慶………」

 浩介のいない日々……
 あんな辛い毎日、もう二度と過ごしたくない。

「浩介と一緒にいることがおれの幸せだから」
「…………」
「だから、ごめん」

 膝に額をつける勢いで頭を下げる。

「お母さんとお父さんに心配かけることは分かってるけど、でも」
「…………」
「これだけは譲れない」

 他には何もいらない。おれは浩介と一緒にいたい。


 長い……長い、沈黙の中、

「今、浩介君は?」
「え」

 飄々とした父の声に、緊張感が破られる。

「ケニアの話とか聞きたいなあ。一度連れてきて……」
「あ、ごめん、それはちょっと無理かも」

 浩介は今晩、事務局の人達と会っているらしい。

「あいつ、あと4日で出国するから、色々忙しくて……」
「そうか。残念だなあ」
「あと4日?」

 母がまた眉を寄せた。

「慶が行くのは半年後って言ったわよね?」
「あ………うん」
「じゃ、また離れ離れなの?」

 なぜか呆れたように言う母。

「そうだけど………」
「はー……なんだかねえ……」

 母は頬に手をあてたまま、またため息をつくと、

「じゃ、さっさと帰ったら?」

 そういって立ち上がった。

「え」
「うちになんか、またくればいいでしょ。それより浩介君と半年会えなくなるんだったら、今のうちにたくさん一緒にいなさいよ」
「お母さん、それじゃ」

 おれ、行っていいの?

 見上げていうと、母は肩をすくめた。

「いいもなにも、もういい大人なんだから、親に許可取る必要ないでしょ」
「いや、そうなんだけど………」

 父を見ると、父も肩をすくめてうなずいている。

「………ごめんっ」
 そんな二人を見ていたら、申し訳なさでいっぱいになって、衝動的に立ち上がった。

「ごめんっ、おれ、迷惑かけてばっかりで、何も………痛っ」

 思いきり額を押し上げられ、悲鳴をあげそうになってしまう。

「なに………」
「バカねえ」

 母の再びの呆れたような声。

「迷惑なんて思ってないわよ。親っていうのは、子供が幸せでいてくれることが幸せなんだからね?」
「お母さん………」
「そうだよ」

 父の飄々とした笑顔。

「それで慶が幸せなら、何も言うことはない」
「………………お父さん」

 おれは、愛されてるんだな、とあらためて思う。何があっても見守ってくれている、という安心感に包まれる。

「………ありがとう」

 おれ、行くよ。幸せになるために。



----

お読みくださりありがとうございました!

『あいじょうのかたち10』の中で慶母が浩介にしていた「浩介君と一緒にいることが慶の幸せなんですって」という話、『ここが居場所』で言っていた「親っていうのは、子供が幸せでいてくれることが幸せなのよ?」の話は上記のことでした。2年以上前に書いた話のネタの回収。すみません自己満足。

次回、火曜日の後日談その3……

こんな真面目な話、クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!!
今後とも何卒よろしくお願いいたします。


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コメント (2)
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