【浩介視点】
2006年12月23日
温かい幸せな感触を感じながら目が覚めた。
おれの腕の中で慶が眠っている。この愛しさ。この温もり。この幸せ………
「…………」
起こさないようにそっと額にキスをする。今日は慶は休みなので、まだ寝かせてあげたい。
ルームシェア、という形になっているため、それぞれ自分の部屋も自分のベッドもある。でも、ほとんどどちらかのベッドで一緒に寝ている。
昨晩も深夜まで仕事だった慶は、先に寝ていたおれのベッドにもぐりこんでくれたらしい。
『お手伝いさん雇ったらいいのに』
と、よく言われるけれど、この二人きりの生活を邪魔されたくないので、なんとか二人で頑張っている。本当は家事なんて全部やってあげたい。でも、おれも時間がなくてそれは無理なため、不本意ながら当番制にしている。
(今日は付き合って15回目の記念日だから、何か美味しいもの作りたいけど………)
何時に帰ってこられるかな、おれ……。
実は最近、慶と家ではほとんど話せていない。でも、寝顔を見られることもあるし、何より慶の気配のする家に帰ってこられるので、日本にいたときとはまったく違う。一緒に住むってこういうことだよなあ……って嬉しくなる。
(ああ、綺麗だなあ………)
もう行く準備をしなくてはならない、と思いつつも、ついつい慶の完璧に整った寝顔を見つめていたら、
「あ………」
ゆっくりと長いまつげが動き、湖みたいな瞳がこちらを見返してきた。しまった。せっかく寝てたのに………
「ごめんね、起こしちゃったね」
「いや……伝言が………」
「伝言?」
「うん……イザベラから……」
慶は眠そうに目をこすってから、言葉を続けた。
「あかねさんが来る日、年明けに変更って連絡があったって」
「あ、そうなんだ?」
「なんか、部活が忙しいって」
手がのびてきて、頬が包まれる。温かい………
「お前なんか聞いてた?」
「あ、うん。あかねの学校、今年もまたすごいらしいから、もしかしたら、とは聞いてたけど」
「そっか」
「………」
穏やかな瞳にホッとする。
あかねの話題、しても大丈夫そうだ……。
実は、こちらで暮らし始めて数日後、慶からあかねがこちらに滞在した時のことを聞かれ、おれが話をそらそうとしたら、ムッとしながら言われたのだ。
「おれに遠慮するのやめてくれ」
「え?」
遠慮? 何のことだか分からず、本気で首を傾げると、慶はますます不機嫌に、
「お前、なんか知らないけど、昔っから、あかねさんと仲良いこと、おれに隠そうとするよな」
「…………」
それは………
「本当は「あかね」「浩介」って呼びあってるくせに、おれの前では、サンとかセンセーとかつけたりさ」
「え」
げ。知ってたんだっっ。
固まってしまったら、ゲンコツで額をグリグリ押された。
「そういうの、余計ムカつくんだけど」
「ご……ごめん」
「だから、おれに遠慮しないで、普通に仲良くしろ」
「う……うん」
そういえば……、と、ふと思い出した。電話であかねが言っていたのだ。
「私の男性嫌いに関して、ちょっと大袈裟に話したから、慶君の私を見る目が少し変わってくれたかも」
そのことが、この発言に繋がっているのかもしれないな……
(それにしても………)
普通にと言われても、どこまでどうしたら……
「あの、慶……、名前のこと、いつから知ってたの?」
「ああ……」
慶はちょっと気まずそうに鼻をかくと、
「大学の時から知ってた」
「えええ?!」
言われた言葉に仰け反ってしまう。
だ、大学の時って、何年経ってるんだ!!
「慶、ムカついてたの、ずっと我慢してたってこと?!」
「あ~~、まあな」
「まあなって………」
そんな………
「そういうことは、ちゃんと言ってよ……」
思わず文句を言ってしまうと……
「………お前もな」
「え?」
ふっと、慶の瞳が怯えの光を帯びたので驚いた。……何?
「慶……?」
慶の温かい手が伸びてきて、両頬を包まれる。
「お前も、ちゃんと言ってくれ」
「え……」
真剣な表情……
「突然いなくなったりしないで、ちゃんと話してくれ」
「………」
「おれも話すから、だからお前も……」
「………」
ああ、やっぱり……
当たり前だけど、慶はまだまだ不安なんだ……
慶の中に植え付けてしまった不安……取り除くためにおれは何をすればいいのだろう。
「うん。話す。慶も話してね?」
「……ん」
「慶……」
「………」
ぎゅっと抱きついてきた慶をしっかりと包み込む。おれができることはそれだけなのかもしれない。
***
今日は15回目の記念日。
仕事も早々に終わらせて、大急ぎで帰ってきたのに……
『はーい、浩介~~』
『思ったより早かったね~~』
ドアを開けた途端、聞こえてきた英語の数々……
イザベラを含めた3人の現地スタッフが、ダイニングテーブルに食事を並べている。慶も苦笑い、といった表情でグラスを運んでいて……
『なんでみんな……』
「おっかえりー!」
「わ!」
ドアの横からいきなり日本語と共に飛びついてきたのは、
「ライト!」
「元気だった?! 浩介先生!」
山田ライト。日本にいた時の日本語ボランティア教室での生徒。ケニア人の父と日本人の母を持つハーフで、現在アメリカで大学生をしているはず……
「………何してんの?」
「何してるって、先生たちに会いにきたんでしょー! ビックリした?ビックリした?」
うひゃひゃひゃひゃ、とあいかわらずの変な笑い声のライト……。また一段と大人っぽくなった気がする。
「ほら、ライト、お前も手伝え」
「えーオレお客さんなのにー。ねーイザベラー」
慶に背中を小突かれ、ライトが今度はイザベラにまとわりつきはじめた。
その隙に、コソコソっと慶にたずねる。
「なんでライトが……」
「冬休みだから旅行してるとかいって、突然、病院に来たらしくてさ。で、イザベラがみんなを誘ってうちに……」
「えー……何でよりによって今日……」
思いっきり鼻に皺をよせると、慶は、クククと笑って、
「ライト、明日には日本に行くから、今日しかないんだってよ」
「えー………」
「まあ、いいじゃねえか。こんな賑やかな記念日、過ごしたことないし」
「えー………」
タイミング悪すぎー………
ムーッとしたおれの頭をポンポンと慶がしてくれたところで、
「あいかわらず仲良しだね~」
「!」
真後ろから声をかけられ、二人で振り返ると、ライトがニコニコで立っていた。
「安心したよー。2人が仲悪くなったら嫌だなーって思ってたから」
「なんだそりゃ」
慶が苦笑している。ライトはおれ達の関係を知らないのに、そんな風に言われるとこそばゆい。
「浩介先生、ケニアにいたときより、元気だね」
「え、そう?」
「うん」
ライトはこくりとうなずくと、
「慶君も、日本にいたときより元気」
ライトの黒曜石のような瞳が観察するようにジーっとこちらを見つめてきて………
「なんか………二人とも柔らかい」
そう、結論つけた。
「柔らかい?」
「うん。あと、自由な感じ」
ライトは、何て言えばいいかなあ………と悩むように天井を見上げてから、「わかった」と、ポンと手を打った。
「翼を広げてる感じ、だよ」
「え………」
それは………
ライトのニコニコに、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
(翼を、広げてる………)
うん。そうだよ。おれはようやく翼を広げたんだ。
慶の元で、慶と一緒に。
自由に、翼を広げてる。
(慶……………)
泣きそうな気持ちになりながら、慶を見返すと………
「それさ………」
慶はなぜか苦笑しながら、ライトの腕をバンッと叩いた。
「お前それ、もしかして、羽を伸ばしてる、って言いたい?」
「え」
「ん? あ、そうか!」
うひゃひゃひゃひゃ、とライトが笑いながら、イザベラの方に行ってしまい………
……………。
……………。
……………。
いや、別にいいんだけどさ……………
「浩介? どうした?」
「………………」
愛しい声に我にかえる。
すぐそばに、それが普通のこと、みたいにいてくれる。それがどんなに幸せなことか……
「なんでもなーい。おれも手伝うよ」
「ん」
みんなに見えない角度で、そっと慶の背中に触れる。愛しい温もりがここにある。
『イザベラー、あと何すればいい?』
『お皿が一枚足りないんだけど、他にない?』
『分かった。新しいの出すよ』
本当に賑やかな記念日になりそうだ。
「慶」
「ん?」
大好きなその人を見つめる。振り返ったときに、いてくれる、その幸せをかみしめる。
愛しいあなたと、一緒に翼を広げている、幸せをかみしめる。
「………記念日のお祝いは、みんなが帰ってからね?」
「………おお」
慶が少し照れたようにうなずいてくれた。
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お読みくださりありがとうございました!
おかげさまで、「あいじょうのかたち」で話していたあかねさんの話や、名前は出さずに話題に出たアメリカ人精神科医イザベラのことを書くことができて安心しました。
次回金曜日最終回です。迷いましたが、私が高校生の時に書いたエピローグを尊重しようと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます。おかげさまでここまで辿りつきました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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