あかねさんと出会ったのは、大学一年生の時。当時アルバイトをしていた喫茶店に、あかねさんがお客としてやってきたときだった。
彼女にだけスポットライトが当たっているかのような凄まじいオーラに、ポカーンとみとれてしまって……、それを目撃した浩介に、後からさんざん文句を言われた。
「あれだけのオーラであれだけの美人なら、お前だって見とれるだろ!?」
と、言い返したのだけれども、浩介はキッと目を吊り上げて、
「おれは慶で免役ついてるから大丈夫だもん!」
「は?」
免疫????
「そもそも、慶の方がオーラあるし、慶の方が綺麗だし!」
「え?」
「だから、おれは、全、然、何、も、思わない!」
「……………」
浩介はぷんぷん怒ったまま、おれに詰め寄ってきた。
「慶、誘われても絶対行っちゃダメだからね!」
「………お、おお」
何か意味がわからないことも言っているけれど、「全然何も思わない」のは結構なことだ。
そんな会話をしてしばらくしてから、あかねさんは浩介の所属するボランティア団体に入会してきた。
そのイベントに遊びに行った際、彼女の絵本の読み聞かせを見せてもらったのだけれども、そのプロレベルの素晴らしい読み聞かせにものすごく感動してしまった。その場にいた子供も大人もみんな魅せられていた。
「いやー、あかねさん、すごかったな」
「………まあ、実力は認めるけどさ」
その日の帰り道に立ち寄ったラブホテルで素直な感想をもらすと、浩介はムッとしてしまった。おれがあかねさんを褒めたのが気に入らないらしい。見ている時は、自分だって目をキラキラさせてたくせに……
「あのさあ、浩介……」
浩介とあかねさんは何となくギクシャクしている感じだった。このまま変な嫉妬でサークルの仲間と上手くやれなくなるのは困るだろう。何とかしないと、と思って、浩介の頬を両手で囲んでグリグリする。
「あかねさん、あれからも客として店に来てるけど、あれ以来、おれのこと誘ってきたこと一度もないぞ?」
「…………」
「だいたい、誘われてもおれは絶対に行かないし……」
「…………」
「なんだよ? おれのこと信用できねえのかよ?」
「………だって」
両手を上から握られる。
「慶が誰かに見とれるなんて、初めてだったもん」
「だからそれは芸能人に初めて会った的な……」
「芸能人じゃないもん」
「……浩介」
コツン、とオデコを合わせる。
「もう見慣れたから大丈夫。もう見とれたりしない」
「…………」
でも、ジーッとおれのことを恨めし気にみてくる浩介……なんなんだ。
「……お前、しつこいぞ」
「だって……」
浩介が、頬を膨らませたまま言った。
「慶は、おれに見とれたことなんてないでしょ?」
「は?」
「おれはいっつも慶に見とれてるよ。カッコいいなあとか、キレイだなあとか、カワイイなあとか」
「…………」
「それなのに、慶はあかねさんに……」
「待て待て待て」
それは聞き捨てならない。思わず浩介の額を手で押し返す。
「お前、時々忘れるみたいだけど、おれ、お前に一年以上片思いしてたからな?」
「それは……」
「その片想い期間、どれだけ密かにお前に見とれてたか……」
「えー」
浩介は「信じられない」とますます頬を膨らませた。
「おれなんかのどこに見とれてたっていうわけ?」
「どこって………」
ふっと高1の秋から高2の冬までのことを思い出す。思い出すのは……
「本読んでる時の横顔とか……」
「………」
「バスケやってる時の必死な顔とか……」
「必死って」
ちょっと笑った浩介。
「ああ、あと……英語の教科書、先生にさされて読んでるときとか、ドキドキした」
「ドキドキ?」
「うん。お前、英語喋ってるのかっこいいし」
浩介は英語を話す時、声がいつもより少し低くなるのだ。
浩介は「えーそうなのー?」と首をかしげながらも、ちょっと嬉しそうに、
「じゃあ、これから慶を口説くときは英語にしようかな……」
「口説くってなんだ。ってか、英語で言われても、簡単なのしかわかんねーぞ?」
「ん。じゃあ……」
ちゅっと頬にキスをされ、ギュッと抱きしめられる。と、耳元で浩介が低くささやきはじめた。流暢過ぎて何言ってるんだか全然分からない。でも、なんか……ゾクゾクする。
「浩介……」
たまらなくなって、背中に回した手にぐっと力を入れると、浩介はおれの頬にツーッと指を滑らせて、優しく優しく微笑んだ。
「大好き、慶」
「…………。それ、日本語」
「あ、ほんとだ」
笑って、唇を合わせる。
ああ、こいつのことが好きで好きでたまらない、と、あらためて思う。だからこそ、おれのせいでお前がサークル内の人間と仲悪くなるのは見過ごせない。
「なあ……浩介」
「ん?」
「おれは、ずっとお前のことしか見てないから」
「………」
目を見開いた浩介のおでこに、コンッとまたおでこを合わせる。
「だから変な嫉妬で、せっかくのサークルの仲間と仲悪くなるとか、やめろよ?」
「…………」
浩介は、ふうっと大きく息を吐くと、何か英語で言ってから……
「善処します」
「………それ、超日本語」
吹き出すと、浩介も笑ってまた抱きしめてくれた。
その後、夏休みに行った運転免許の合宿で、あかねさんにおれ達の関係がバレて……、そのあとくらいからだろうか。浩介とあかねさんは妙に仲良くなりはじめて、今度はおれがヤキモキするようになったわけだけれども……
「あの免許合宿から何年? あれハタチの時だから……」
「12年………ですね」
「わ~~お互い歳を取った……って言いたいけど、慶君はあまり変わらないわね」
「…………」
ニコニコとあかねさんが言う。あかねさんはあの頃より大人っぽくなったと思う。けど、女性に余計なことは言わない。
ここは、ボランティア事務局の最寄り駅近くの居酒屋。こんな美人が来るには少々似つかわしくない、古くて小さな家庭的な感じの店。でも、行きつけなのか、店員さんに「いつもの席空いてますよ」と言われて、一番奥の二人掛けの席に通された。
「もしかして、浩介とよく来てましたか?」
聞いたのは、メニュー表の写真の『厚揚げみぞれネギ生姜』の盛り付け方が、浩介が家で出してくれていたのとまったく一緒だったからだ。
あかねさん一瞬詰まってから、「時々ね」と、言葉を濁らせた。「よく」来てたんだろうな、と思ってやっぱり少し面白くない……。
「さて。何から話そうかな……」
あかねさん、ビールが来て、一通り注文が終わった時点で、あらたまったようにこちらに目を向けた。
(………綺麗な人だな)
あらためて思う。浩介はこんな綺麗な人と一緒にいて本当に何も思わないんだろうか………
「えーと、まずは、東南アジア行きおめでとうございます」
「おめでとう?」
唐突な祝福の言葉に首を傾げる。おめでとう、なのか?
聞くと、あかねさん、またニッコリと笑った。
「これで晴れて、浩介センセーと同棲生活スタート、だもの。おめでとうでしょ?」
「…………」
いや、形上はルームシェアなんだけど……
うーん……と引き続き首を傾げるおれには構わず、あかねさんは表情をあらためた。
「それで、お願いがあります」
「………はい」
ドキッとする。でも、あかねさんは真面目な顔をしたまま、ハッキリと、言った。
「時々、浩介センセーに会いに行かせてください」
「え」
会いに、行かせて………?
「慶君が私のことあまり良く思ってないことは知ってる。私も逆の立場だったら心中複雑だと思うし」
「いや……」
いきなりズバズバ言われて引いてしまう。何をいきなり……
「あの、別におれに許可取らなくても、あかねさんは浩介の友達なんだから……」
「でも、浩介センセーはあなたが嫌だっていったら、私に会わなくなるでしょ?」
「それは……」
まあ、浩介の性格上そうするだろうけど……
「でも、そうなると私が困るの。だから……」
「……?」
それからあかねさんがしてくれた話は、とてもとても深刻な話で……
「………わかりました。お待ちしています」
結局、そう肯くことになった。
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お読みくださりありがとうございました!
本題持ち越しでm(__)m
あかねとの出会いの話は『自由への道』になります。構想は私が高校生の時で、実際に書いたのは3年くらい前。
大学時代、浩介があかねに対して態度を軟化させたのは、慶と浩介の間で↑のようなやりとりがあったからなのでした。『自由への道』ではあかね視点だから書けなかったの。あかねさん「仲間として認めてくれたのかな?」って思ってましたが、真相は「慶に説得された」なのでした。3年もたって今さらネタの回収…。
次回金曜日。どうぞよろしくお願いいたします。
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