【浩介視点】
慶がご両親に東南アジア行きの報告に行ってくれた。
本当はおれも一緒に行くべきだと思ったのだけれども、どうしてもできなかった。
慶の実家とおれの実家は最寄り駅が隣。徒歩30分ほどの距離だ。
もし万が一、どこかで父や母と会ってしまったら……と思ったら、恐怖で身がすくんでしまって……
でも、慶にはそんなこと言いたくないので、
「事務局の人と打ち合わせがある」
と、嘘をついた。あいかわらず、おれは嘘つきだ。
「…………で?」
目の前に座っている超絶美女、一之瀬あかねが苦笑気味に言った。
「その嘘を本当にするために、私を呼び出した、というわけね?」
「………………………はい」
ありがとうございます、と深々と頭を下げる。
一応、あかねも「事務局の人」なので、これで嘘は本当になる。
「じゃ、何を打ち合わせましょうか?」
「あの、お願いが……………」
親対策のため、おれは引き続きケニアにいるということにするので、万が一連絡があったら口裏を合わせて欲しいということ、日本での書類関係の受け取りを引き続きお願いしたいということを、わざと事務的に話すと、あかねも「承知しました」と、事務的にうなずいてくれた。
しばしの沈黙の後………
「嫌よね」
あかねがふっと笑った。
「お互い、いくつになっても親に振り回されっぱなしで」
「……………なんかあった?」
会った時から感じていた、微妙な瞳の曇り……。用心深く聞くと、あかねは大きくため息をついて、ぽつぽつと、話し出した。
「うちのハハオヤ、今度は健康食品の販売始めてさ………」
数ヵ月前、大量のサプリメントが請求書と一緒に突然送られてきた。無視してたけど、あまりにも支払い催促の電話が酷くて、面倒くさくなって支払ったら、味をしめたのか、何度も送ってくるようになって………
「受取拒否にして送り返したら、今度は職場に送ってくるようになってさあ……」
「わ……」
それは………
「だから、会社側に連絡して発注ストップかけようとしたら、もう、その会社潰れて無くなってて」
「え」
「結局、ハハオヤのノルマだった残りの分、全部支払いさせられて………まあ、30万ちょいで済んだから良かったといえば良かったけど」
「………………」
「で、人に払わせておいて、ありがとう、どころか、お前のせいだって怒鳴りちらしてきて………ホント意味分かんないんだけど」
サバサバと言いつつも、瞳は『もう、うんざり』と語っている。
「ほんとにさ……………あんただから言うけど」
「うん」
あかねは一呼吸おくと、あっさりと……あっさりと言った。
「この世から消えてくれればいいのに」
それが彼女の本心。おれと一緒。親なんかいなくなればいいって本心。
「………………うん。そうだね」
こっくりとうなずく。おれも本心でうなずく。
「消えればいいのにね」
「でしょ!?」
ふふふ、とあかねは笑うと、「あー嫌になっちゃうなー」と伸びをした。
「あー、早く自由になりたーい」
「………そうだね」
自由に………自由に。
あかねとおれは、出会ったころからずっとそう言い続けてきた。
でも、おれ達はいつになったら自由になれるんだろう………
***
慶のマンションに帰宅すると、慶はもう戻ってきていた。レトルトのカレーを食べているので、思わず、
「それだけ!?」
と、ツッコミを入れてしまう。
昨日ご飯を作ろうとして気がついたのだけれども、慶はあまり自炊していなかったようで、ほとんどの調味料の賞味期限が切れていた。その代わり、こういうインスタント食品が棚にたくさん入っていて……
「サラダぐらい………」
「面倒くせー」
慶が口を尖らせながらいう。
おれのいなかった3年間もこんなだったのかと思うとクラクラしてきてしまう。
こんな時間にご飯大盛り過ぎ!炭水化物取りすぎ!
まったくもう………と思いながら目の前に座って問いかける。
「実家で食べなかったの? 行ったんだよね?」
「行った。けど、さっさと帰れって言われて食わなかった」
「………………え」
血の気が引く。
さっさと帰れって……それは、認めてもらえなかったってことか……
勝手に「慶のご両親は理解があるから大丈夫」なんて決めつけていた自分の浅はかさに、目の前が暗くなってくる。
「慶………」
なんて言えばいいのか迷いながら、何か言おうとしたのだけれども………
「何かな、また半年会えなくなるなら、この4日間、お前とちょっとでも多く一緒にいろってさ」
「……え?」
慶の言葉にポカン、としてしまう。
半年会えなくなるなら、ちょっとでも多く……?
「え、じゃあ、いいって………?」
「いいも悪いも、もう大人なんだから親に許可取る必要ないって言われた」
「………………」
うわ……………
うわ……………
今度は違った意味で言葉が出てこない。
(なんて素敵なご両親なんだろう……)
うちとは大違いだ………
(………あかね。世の中にはこんな親もいるんだよ。ちゃんと認めてくれて、気遣ってくれて、見守ってくれて……。それを普通にやってくれる親もいるんだよ……)
心の中であかねに伝える。おれもあかねも、こんな親の元に生まれていたらどんなに幸せだっただろう……
「ごちそうさまー」
「え、あ」
考えに沈んでいる間に、いつのまに慶は山盛りのカレーを食べおわっていた。そして、
「これ、南がお前に渡してくれって」
食器を下げて戻ってくると、思い出したように、手提げ袋をこちらに差し出してくれた。茶色の地味な感じの袋……
「南ちゃんいたんだ?」
「いや、帰ったあとだったから、親に渡された。なんかのお土産らしいぞ?」
お土産……?
慶の妹の南ちゃんは、ちょっと変わっている子で、BLと呼ばれるジャンルの物書きをしている。その彼女のお土産が、普通のものであるわけがなく……
「うわ~~~」
「げ」
手提げ袋の中の紙袋から中のものを出してみて……予想通り過ぎて笑ってしまった。慶は鼻に皺をよせている。
それもそのはず。中身は、赤と黒のパッケージのコンドームと、赤い容器の潤滑ジェル。
「なんなんだあいつ……」
「あ、手紙が入ってる」
その走り書きのようなメモによると……
『取材先でもらいました。感想聞かせてね❤』
「………だって」
「アホか」
慶は眉を寄せたけれど……すぐに笑い出してしまった。つられておれも笑ってしまう。
慶が笑ってる。慶と一緒に笑える。それが何よりも嬉しい。
「じゃー、するか」
「わ、する!?」
思わず声を上げると、慶が眉間にシワをよせた。
「なんだそれ?したくねえのかよ?」
「いや~~緊張するというか……」
「なんだそりゃ」
いいながらベッドの方へ引っ張ってくる慶。
実は再会後、まだ一度もちゃんとはしていない。久しぶりすぎて緊張してできなかった、ということもあるけれど、潤滑のものがなかったので、最後までするのは憚られた、ということもある。結局、昨日の昼も夜も、お風呂で抜きあいっこして終わってしまっていた。
今日、買おうかとも思ったのだけれども、慶がしたいと思ってくれてるかも分からないのに、先走って買うのも……と躊躇してしまって……。でも今、「するか」と言ってくれた。それに自信を持つことにする。
「じゃ、せっかくいただいたから、使ってみよう!」
容器についているフィルムを剥がしていると、慶がまた眉間にシワを寄せていってきた。
「お前、南に感想とか言うなよ?」
「え、言うよ? だってそのためにくれたんでしょ?」
「アホかっ。何が面白くて妹にそんな……、あ、」
ブツブツ文句を言う可愛い口をふさぐ。すぐに応えてくれた慶の舌を絡めとる。
「あと4日……これ使い終わるくらいしようね?」
「………ばーか」
しがみついてきた慶の腰に手を回す。
この4日間、ちょっとでも多く一緒に……。そう言ってくれた慶のご両親の心遣いに感謝したい。
また半年離れてしまう。
だから、今はたくさんたくさん、慶の中におれを注ぎこみたい。
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次回金曜日。後日談その4でございます。
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