【慶視点】
2006年10月
半年ぶりに浩介と再会した。
空港でおれの姿を見つけるなり、ぱあっと嬉しそうに笑った浩介。
(浩介………浩介)
即座に駆け寄りたくなったけれど、周りに大勢人がいるし、事務局の方や同僚となる先生方もいたため、手を振るにとどめておいた。誰もいなかったら確実に抱きついているところだ。早くお前を抱きしめたい。
………と、思ったけれど、結局、二人きりになれたのは、それから3日も経ってからだった。
空港につくなり、同僚達とも一緒にアパートに行って荷物を置き、そのまますぐに勤務先の病院に連れていかれ、気がついたら夜通し働いていて、その後仮眠室で仮眠を取ってから、次は診療所に連れていかれ、その後、急患が入って………
「………お疲れ様。大変だったね」
「おお」
3日後の夜、ようやくアパートに帰ってきたおれを迎えてくれた浩介も、苦笑い、だった。
おれの勤務先の病院と、浩介の学校はわりと近くにあるので、この3日間、何度か顔を合わせることはできていた。だからか、浩介も落ち着いているようだった。
「ご飯は?」
穏やかに聞いてきた浩介に、そっと近寄り、腰に手を回す。
「まだだけど………」
飯よりお前が先だな。
そう言うと、浩介はふんわりと笑って、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
**
アメリカ人精神科医のイザベラ先生の仕事には、働いているスタッフの心のケアをすることも含まれているらしい。
初日に二人きりで話す時間を取られた際、ズバリと言われた。
『浩介の恋人だってことは、ここでは内緒にすることをおすすめするわ』
「え!?」
ぎょっとして見返すと、イザベラはニッコリと笑って、
『やっぱりそうよね?』
と、言った。………カマかけられた。
おれ達よりも少し年上で、アメリカ映画に出てきそうな金髪にグレーの瞳の美人。いかにも優秀!って雰囲気を裏切らず、本当に優秀らしい。
『周りのスタッフには、浩介には持病があるから医師である慶と暮らすって噂を流してあるから』
『………………』
『でも本当に実際、発作を起こしてるし……、一度みんなの前で嘔吐もしてしまって、ちょっとした騒ぎになったのよ。変な病気なんじゃないかって』
「え!?」
嘔吐!? そんなことは聞いていない!
思わず立ち上がると、グレーの瞳がじっとこちらを見上げてきた。
『浩介ね、落ち着くまでずっと、呪文みたいに、ケイ、ケイ、って小さく呟いてたの』
「…………」
浩介………
『発作も嘔吐も、理由は本人分かっているし、呪文の相手も来てくれたし、今後は減るとは思うけど……』
「…………」
『とにかく、たくさんの愛情で包んであげて』
真っ直ぐなグレーの瞳に真剣にいわれ、
『もちろんです』
力強く肯いた。
カウンセリングルームを出てから、イザベラに言われたことを反芻しながら歩いていたら、
『嘔吐……』
ふ、と思い出した。2か月前に浩介の友人のあかねさんと話した話……
「私、男の人に触れられると吐いちゃう体質なのよ」
食事中にごめんなさいね、こんな話。と、あかねさんは断りを入れてから、淡々と話しだした。
「幼稚園の時に、父が交通事故にあって……、その時に血まみれの父を抱きあげたの。頭が割れて、中身が出てきちゃってて、血もどんどん流れてて……」
「………」
あかねさんは何でもないことのように淡々と話し続けた。
「それ以来、男の人に触られると、その映像が蘇ってきて、気持ち悪くなっちゃって」
大人になってだいぶマシになったとはいえ、やっぱり触れられるのは苦手。と、あかねさん。
「だから、私が浩介センセーに手を出すことは、絶対にありえないので、そこは信用してください」
「………いや、別に…………」
それを疑ったことはないけれど……、いや、正直に言えば、万が一を思ったことはある、か………
「あ、でも、男がダメだから女ってことではないからね! 元々、幼稚園に入る前から、すでに女の子が好きだったし……って、私の性的志向の話はどうでもいいわね」
あかねさんは、自分でいって自分でツッコミを入れると、「本題です」と、表情をあらためた。
「私ね、元々母と折り合い悪かったんだけど、その事故で父が亡くなってから、余計に仲が悪くなって……
慶君には信じられないかもしれないけど、殺すか殺されるかっていうくらい、切羽詰まった関係だったの。
長野と東京って離れて暮らすようになっても、その感情はずっと燻っていて、時々火が付きそうになる。
そんな時、浩介センセーに出会ったの。
浩介センセーは、こんな私の殺意を受け入れてくれた。
今までも、この話を他の人にしたことはあるけれど、みんな根底には「親に対してそんなこと思うなんてありえない」っていうのがあるのが分かって、話せば話すほど、なんで?私が悪いの?って叫びだしたくなって……」
あかねさんは自嘲するような笑みを浮かべてから、軽く首をふった。
「でも、浩介センセーは違った。だから話すとすごく楽になる。浩介センセーに話して吐き出すことは、私の精神安定に繋がってる」
「………………」
浩介もご両親とは折り合いが悪い。さすがに殺意を持つということはないだろうけれど、他の人よりは理解度が高いのかもしれない。
「それにね、浩介センセーは慶君一筋っていうのが溢れてて、私の美貌にびくともしないから、そういう面でも会ってて楽」
「え」
いたずらそうに笑ったあかねさん。やっぱりすごく魅力的だと思う。
「いやホント、貴重なのよ。私をそういう目でみない人って。ほら、私、美人過ぎるから、どんな男も女も魅了しちゃってねえ。女の子は大歓迎だけど、男は困っちゃう」
「……………」
いや、否定はしない。事実だ。
「そういうわけで、申し訳ないのですが、目をつむってもらえると助かります」
ペコリ、と頭を下げたあかねさん。
ふ、と気がついて聞いてみる。
「もしかして浩介も、あかねさんに親のこと愚痴ったりとかしてますか?」
「あ~~、うん、まあ、少しはね………」
あかねさんのいい淀みに「少し」ではなく「たくさん」なのだな、と感じる。
浩介の発作の原因は、親にある。話を聞いてやりたいけれど、浩介はおれには話したがらない。どこかで吐き出せればいいのに、と心配にはなっていたのだけれども………
(そうか………あかねさんに吐き出していたのか………)
それなら………しょうがないよなあ………
しょうがない、というか………
「それじゃあ………今後とも浩介のことよろしくお願いします」
今度はおれが頭を下げた。
「いいの?」
目を見開いたあかねさんにコックリとうなずく。
おれには、浩介の「親に対する思い」を吐き出させることはできない。
おれに出来ることは浩介を包み込むことだけだから。だから………
「お話はよくわかりました。お待ちしています」
そう、うなずいてみせた。
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お読みくださりありがとうございました!
あかねさん、浩介の親に対する思いに関しては自分の口からいうべきではない、と判断して、そこは伏せて、自分のことだけ、お話ししてます。
次回火曜日。どうぞよろしくお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
こんな真面目な話に………もう、本当に有り難いです。ありがとうございます!!
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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