【チヒロ視点】
真木さんが結婚する、らしい。
それはきっと、家の事情で決まったことで、真木さんの望みではないと思う。思うけど……
(幸せそう……)
お相手の環様は長身の美人で、真木さんととてもお似合いで、二人はどこからどうみても幸せなカップルで。
でも。でも……
『こうして声を聞いたりしたら、会いたくて我慢できなくなるから、電話もしないよ』
真木さんは切ない声で言ってくれた。
『また、連絡する』
そう約束してくれた。
だから僕は真木さんからの連絡を待っている。
***
「チーちゃん♥」
語尾に♥をつけてママが言ってきた。こういうとき良い話だったことはない。
「花岡さんに聞いたわよ? デートクラブの方も誘われたんだって?」
花岡さん、ママには内緒って言ったのに、自分が話してる……
「ママは反対。自分の子供にそんな危険なことさせられない」
そう言いながらも、ママ、笑ってる。何がいいたいんだろう?と思ったら、ママがずいっと顔を寄せてきた。
「でもね、チーちゃんにピッタリの相手に出会わせてくれるっていうなら話は別よね? お見合いみたいなものだものね?」
「……………?」
サッと前に出されたのは一冊の雑誌。写っているのは、時々お店で見かける明田様。スポーツジムを経営している、ガタイの良い40代の男性。こうして時々、雑誌に載ったりテレビに出たりする人だ。
「この明田さん、チーちゃんとすぐにでもデートしたいって言ってるらしくて」
「…………」
「チーちゃん、とりあえず一度、デートしてみたら?」
ママはピッと人差し指を立てた。
「お食事したり、お酒飲んだり、色々、ね?」
「…………」
色々。さっきママは「危険」って言った。先日花岡さんに、女性経験・男性経験の有無を聞かれた。ということは、その色々っていうのは、体の関係を持つってことだ。
「あのね、明田様には新店の出資をお願いしようと思ってるの。だからチーちゃんからもお願いしてほしいなって思ってて」
「……………」
お願い、は今までアユミちゃんのために、色々な男の人にしてきた。最後にお願いしたのは、真木さんだ。でも真木さんは僕に体の関係なんて求めないで、マッサージを依頼してくれて……
(……真木さん)
僕にマッサージされながら、気持ちよさそうに眠ってくれた真木さんの姿を思い出して、胸がキュッとなる。
真木さんの大きな体。吸い付くみたいな肌。抱き締めてくれる力強い腕……
ああ、真木さんに会いたい。
僕は、真木さんと一緒にいることが一番の望み。真木さんと一緒にいることが幸せ。真木さんと溶け合って、ずっとずっと一緒にいたい。
『そういう幸せ知っちゃったら、もう、お小遣い稼ぎに他の人と……とか出来ないんじゃない?』
ふっと思い出した友達のコータの言葉。あの時はよく分からなかったけれど……
『チヒロ、そういう気持ち、何ていうか知ってる? 嫉妬。独占欲。情熱。……恋、だよ』
そうだね、コータ。
僕はもう、知っている。コータの言うとおりだ。
僕は真木さんに『恋』をしている。
そして、今は真木さんの『恋人』だ。
だから、仕事であっても、他の人と関係を持ったりしたくない。
たとえ、それがママの希望であっても。
***
花岡さんに、デートクラブの件をちゃんとお断りした。怒られるかと思ったけれど、「りょーかい」と軽く肯かれて驚いた。
「大丈夫だよ」
戸惑っている僕に気が付いた花岡さんがニッコリと言ってくれた。
「うちは秘密厳守のデートクラブだからね。嫌々働いたりしたら、必ず綻びがでるから。皆が納得した上で働いてもらうようにしてるんだよ」
気が変わったらいつでも言ってね、とアッサリと言われて拍子抜けしてしまった。
「もし、迫られて困ったりしたら、ミツルに助けてもらって?」
ミツル……フロアマネージャーのことだ。
「あいつそういうの慣れてるから」
「???」
どういうことだろう?
という疑問は、ちょうどこの日、明田様のテーブルについてから解消された。明田様にあからさまなボディタッチをされて困っていたところ、フロアマネージャーがうまく断ってくれたのだ。
「ああいうのも上手くかわせるようにならないといけないよ?」
控え室で二人きりになったところ、そう注意された。フロアマネージャーはいつも淡々としていて涼し気でカッコいい。この落ち着きで、まだ28歳だと言うからビックリする。
「デートクラブ、断ったんだって?」
「………………はい」
スタッフにも内緒、と言われていたけれど、フロアマネージャーは知っている話らしい。素直にうなずくと、
「だったら余計に。さっきみたいに、お客様に変な気を持たせたりしないように」
変な気……。そんなつもりはなかったのに……。
うーん……と、思って俯いていたら、フロアマネージャーが淡々と言葉をついだ。
「オレ、6年くらい前までやってたんだよ。デートクラブのバイト」
「………………。え?」
サラリとビックリすることを言われた。
「そう……なんですか?」
「ああ。嫌になって辞めたんだけどね」
軽く肩をすくめたフロアマネージャー。
「でも辞めた後も、客だった人達に何度も誘われたりしてさ」
「………」
それで、「慣れてる」だったのか。
「断る時は毅然と。でも失礼のないように穏やかに、アッサリと。今日のチヒロみたいにフワフワフニャフニャしてるのが一番ダメだよ」
「………………はい」
お客様だからキッパリ拒絶するのは失礼だと思って、ああなってしまってたんだけど……難しい。
うーん……と再び俯いていたところ、「そういえば」と、ついで、のようにフロアマネージャーが言った。
「環様と真木様が結婚するっていうのは知ってる?」
「あ………………、はい」
う、と胸が痛くなる。本当に本当に結婚しちゃうんだ。真木さん………
真木さんが連絡をくれるまでは会うこともできないから、直接話を聞く事はできない。でも、みんなそう言うってことは、本当に本当なんだ……と、落ち込んでいたところ、
「真木さんって、君から見てどんな人?」
「え」
まっすぐにこちらに目を向けられた。なんだろう? 少し、怖い感じ……。でも、本当のことを答えた。
「とても素敵な方です」
「…………そう」
ふーん……と言ったフロアマネージャー。いつもの淡々とした大人っぽさが消えてる。別人みたい。これが、「フロアマネージャー」ではなくて「ミツル」さんの顔なのかもしれない。
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お読みくださりありがとうございました!
ようやく少しずつ成長しているチヒロ君。最終回までにあともう少し成長……できるはず。
そして、今まで地味に数回出ていたフロアマネージャー・ミツル。ようやく喋らせることができました。
次回、金曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
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おかげで書き続けることができました。本当にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
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