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BL小説・風のゆくえには~グレーテ29

2018年07月27日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 フロアマネージャーのミツルさんから追加の買い物のリストを受け取って、真木さんと一緒に買い物に出かけた。
 ミツルさんと真木さんは何だか険悪な雰囲気だったけれど、それよりも気になる事がある。

『明日、ご予約承っております。両家の顔合わせをなさるということで』

 ミツルさんが真木さんに言った言葉……。これは、やっぱり、本当に本当に真木さんと環様が結婚するってことで……

 そんなことを悶々と思いながら、黙って真木さんの横を歩いていたら、

「チヒロ君」

 突然、真木さんが立ち止まった。

「こないだ電話で、会った時に話すって言った話、するね?」

 人通りの少ない道だけれども、シャッターの閉まったお店の前に寄せられた。

 しばらくの沈黙の後、

「俺、古谷環さんと結婚するから」

 真木さんが、ポツリと言った。

「環さんとは利害が一致してね。お互い、家のためというか……世間体のために結婚するんだよ」

 淡々としてるけど、何だか辛そうな真木さん……

「でも、お互いのプライベートには口出ししない約束になってるから、チヒロ君と恋人を続けることはできる」

 真木さんの瞳がまっすぐこちらに向いた。

「チヒロ君、それでいい?」
「え………」

 えと……えと……

「僕は真木さんの恋人でいられるなら……」
「良かった」

 ニッコリとしてくれた真木さん。でも……

「真木さん」
「なに?」

 引き続き微笑んでいる真木さん。でも……

「真木さんは、それでいいんですか?」
「…………え?」

 大きく見開かれた真木さんの目に問いかける。

「真木さん、何だか辛そうだけど、大丈夫、ですか?」
「…………」
「…………」
「…………」

 真木さんは時間が止まったみたいに、動かなくなって……、それから、大きくため息をついた。

「辛そうに見える?」
「はい。とても」

 正直に答えると、ぽん、と頭に手をのせられた。その温かさが嬉しい。でも、真木さんは真面目な顔をしたまま、言葉を継いだ。

「俺はね……これが最善の道だと思ってる。家も裏切らない。君にも会える。だから……」
「家……、お菓子の家?」

 ふと、以前話したことを思い出して言葉に出すと、真木さんはちょっとビックリしたような表情をしてから、くしゃくしゃと僕の頭を撫でた。

「そうそう。お菓子の家。でも、俺は魔女を倒したりしないよ。うちの魔女はとてもいい人達だからね」

 いい人達……。それならどうして、真木さんはこんなに辛そうなんだろう?

「ああ、ごめん、髪の毛せっかくセットしてたのに、崩しちゃったね。直すよ」
「あ……はい」

「仕事仕様の君もなかなかそそられるね。結婚の件が落ちついたら、仕事仕様の君とデートしたいな」
「…………」

 真木さん……笑ってるけど、笑ってない。

「君は何がしたい?」
「僕は……」

 ああ、こんな時、僕は何をしてあげられるんだろう……

「僕は……真木さんのことマッサージしたいです」
「…………そう。それは嬉しいな」

 真木さんの手が、そっと僕の頬を撫でてくれた。

 僕は真木さんのために、何ができるのだろう……



***



 次の日。

 夜に、真木さんと環様の『両家顔合わせ』が行われるらしいけれど、僕は仕事がお休みなので見ることはできない。でも、見れなくて良かった、と思う。真木さんと環様はお似合いなので、見ているとどうしてもモヤモヤしてしまうのだ。


 夕方になって、ママがうちに来た。
 一応、10年待ち続けた人なのに、正直、有り難みがなくなっている。それはアユミちゃんも同じなのか、最近では「何しに来たの?」とちょっと迷惑そうに言ったりする。

 でも、それもそのはず。ママが来るとろくなことがない。何か食べさせてとか、洋服貸してとか、カバン貸してとか、アユミちゃんは散々被害を受けている。

 でも、今日のターゲットは僕だった。不機嫌そうに眉間にしわを寄せたママに詰めよられた。

「チーちゃん、明田様のこと断ったんですって?」

 肯くと同時に、盛大にため息をつかれた。

「どうしてそういうことするの? こんなチャンス二度とないかもしれないのに」
「でも……」
「何よ?」

 苛ついたママの口調に反射的に身がすくんでしまうと、ママは更にイライラしたように、

「あーあ、あんな条件のいい人なかなかいないのに。もったいない」
「でも……」
「でも、何?」

 強く言われて、何も言えなくなってしまう。すると、ママはまたため息をついた。

「いい加減、その口下手なところ、どうにかならないの? 中学生じゃないんだから」
「……………」
「これじゃ、たとえデートしたとしても呆れられちゃうわね」
「……………」

 でも、真木さんは、僕が無口なところ、気に入ってくれてる。

「あいかわらずチヒロはダメな子ね。まあ、また紹介してあげるから、今度はちゃんと頑張りなさいよ? ………ねえ、聞いてる?」

 黙っている僕にますます苛ついたように、ママが僕を小突いてくる。

「お店の仕事もしっかりね? あんたなんかどこも雇ってくれないわよ? ああもう……モデルの事務所辞めさせられた後、ママがいなかったらどうするつもりだったの?」
「……………」

 真木さんは、事務所をやめることになった時、真剣に言ってくれた。

『一緒に考えよう。君がこれから何をしたらいいのか』
『そうだな……好きなこととか得意なことを活かした仕事につけたら一番いいんだけど……』

 それなのに僕は、結局ママの言うなりに今のお店で働くことにした。
 別に、今の仕事が嫌なわけじゃないし、仕事なんてなんでもいいんだけど、でも……

(真木さん……)

 今さら、本当に今さら、気がついた。
 真木さんは、僕のこと、全部包み込んでくれていた。僕の将来のことまで、一緒に考えようとしてくれた。

(真木さん……僕は……僕は……)

「チヒロ!聞いてるの?」
「!」

 目の前にママの瞳。小さい頃からずっとこの瞳の言うことを聞いてきた。

 でも……でも。真木さん。僕には真木さんがいる。真木さんはママと違う。自分の考えを押し付けたりしない。僕自身の生きる道を考えてくれてる。

 だから……だから。

「僕には恋人がいるので紹介されてもデートはできません」

 ハッキリと、キッパリと宣言してやる。
 ママが「は?」と言って固まっているけれど、気にせず続ける。

「僕は恋人以外とそういうことしたくないし、それに、お店のお給料だけで充分足りてるし、花岡さんも無理してやることないって言ってくれたし、それに………」
「チヒロ!」
「!」

 バシャッと手元のお茶を顔にかけられた。生ぬるいお茶だから熱くはなかったけれど、アユミちゃんがビックリしたように悲鳴をあげた。

「チーちゃん!大丈夫?! ちょっとママ!」

 アユミちゃんがママをキッと睨んでから、僕にティッシュを取ってくれた。

「チーちゃん、髪も濡れてる。お風呂入ってきな。もうママっひどいよっ」
「…………アユミちゃん」

 初めてだ。子供の頃、アユミちゃんは僕がママにつねられたりするのを、嬉しそうに眺めていたのに、こんな風に怒ってくれるなんて……

 アユミちゃんは変わった。容姿だけじゃなくて、心の中も。それはやっぱり、真木さんのおかげなんじゃないかなって思う。真木さんのおかげで、ナンバー3になれて、アユミちゃんは変わった。アユミちゃんも、真木さんと出会えて良かった。

(全部、真木さんのおかげだ……)

 アユミちゃんとママの喧嘩を背中に、僕はお風呂に向かった。

 
***


 シャワーの隣についている鏡に映る自分の姿をジッと見つめてみる。少しだけ太った気もするけれど、まだ骨が浮いている。
 真木さんが最後までしてくれないのは、まだまだ痩せてるからかな……

「……真木さん」
 真木さんが教えてくれたように、自分のものを手に取ってみる。

『可愛いね』
 耳元で何度も言ってくれた言葉が頭の中で再生されて、へにょんとしていたものが力を持っていく。

『チヒロ君、鏡見て? 気持ちよくなっていくところ、覚えて?』
 真木さんが教えてくれたこと、真木さんの手を思い出しながら、動かしていく。緩やかに快楽が迫って来る……

 今までは一人でできなかったこと、真木さんが教えてくれたからできる。

 僕は今まで何も一人でできなかった。お仕事もママに言われたからやっていて、学校の勉強もいつもあゆみちゃんに助けてもらっていた。周りにいわれるまま、自分では何も考えないでずっと生きてきた。『チーちゃんはママのいう通りにしてればいいのよ』と、小さい頃から言われ続けてきたから。

 でも……違う。もう、そうじゃない。
 僕はもう、自分の意思で自分の道を選べるんだ。

「………………んっ」

 白濁が勢いよく鏡に向かって吐き出された。ドロッと落ちていく……

(……………出来た)

 それが床に落ちるのを確認してから、ふううっと大きく息を吐いた。 

「真木さん……」

 僕、一人で出来たよ。真木さん。
 真木さんのおかげで、出来たよ。
 真木さんのおかげで、色々なことを知ったよ。

「だから真木さん」

 今度は僕が、真木さんのために出来ることをしたい。辛そうな真木さんを救いだしたい。




 お風呂から出たら、ママはもういなくて、アユミちゃんだけが、野菜ジュースを飲んでいた。アユミちゃんは週の半分は夜ご飯をこのジュースで済ませてしまう。

「アユミちゃん」
「何?」

 振り向いたアユミちゃんはいつもより優しい目をしていた。

 その瞳に決意表明をする。

「アユミちゃん………僕、行ってくる」
「………。略奪?」
「うん」

 アユミちゃんが前に言ってくれた。

『真木さんのこと、奪う覚悟があるなら、早めに奪いなよ? 結婚してからじゃ、不幸な人が増えるだけだよ』

 だから、今晩がラストチャンスだ。
 真木さんの辛そうな瞳、僕が救う。でもそうすることでお店に迷惑がかかるかもしれない……

「…………。アユミちゃん、もしかしたら僕、お店辞めることになるかもしれない。そうしたらママがすごく怒るかもしれないけど……」
「そしたらチーちゃん、この家出ていっちゃえばいいよ」

 あっさりと言ったアユミちゃん。

「さっきね、ママ、なんて言ったと思う? 『やっぱり男の子は手元から離れていくからつまらない。アユミを生んでおいて良かった』だってさ!」

 あはははは、とアユミちゃんは、わざとらしく笑った。

「小さい頃、さんざん蔑ろにしておいてよくいうよね。ホント勝手」
「アユミちゃん………」
「だからさ」

 アユミちゃんがグーで胸のあたりを突いてくれた。

「チーちゃん、ママのことなんか気にしないで大丈夫。この家に帰ってくる必要もない」
「……………」
「奪っちゃいな」
「…………。うん」

 二ッとしたアユミちゃんに、コックリとうなずく。

 僕は行く。真木さんをお菓子の家から救いだす。

 僕が、真木さんのグレーテルになる。




---


お読みくださりありがとうございました!
ようやく表題「グレーテ」にたどり着きました。
次回最終回(たぶん💦)
火曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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画面に向かって声に出してお礼をいっている毎日です。本当にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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