【真木視点】
2003年4月28日。
慶の20代最後の誕生日の夜、当直勤務中の慶に会いに行った。
思えば半年ほど前、慶に触れられない苛立ちを癒すために、チヒロを求めたのだった。でも今日は、チヒロに会えない淋しさを慶で紛らそうとしている。
たったの半年で、こうまで変わるなんて、人生何が起こるか分からないものだ。
あいかわらずの美青年の慶は、俺の姿を見つけると、サッと走りよってきて、いつものキラキラした瞳を向けてきた。
「真木さん!お久しぶりです!」
「………………」
う、と詰まりそうになる。そのキラキラは本当に凶器だって……。
「慶君、誕生日なのに当直なんだね。彼女かわいそうに」
くらくらするのを誤魔化すために茶化していうと、慶はほんの一瞬だけ、唇をかんでから、ちょっと笑った。
「どうせ会えないからいいんです」
「え?」
会えない?
「なんで? 何かあった?」
「………あー、あのー……」
慶は頬をかくと、他のスタッフに背を向けて、俺だけに聞こえるように、小さく言った。
「あいつ今、アフリカにいるんです。だから現在、遠距離恋愛中、です」
***
渋谷慶の親友兼恋人、桜井浩介は、4月のはじめからケニアに行っているそうだ。
「慶君、よく許したね」
「まあ……あいつの気持ちも分からないでもないというか……」
誰もいない休憩室の隅で缶コーヒーを飲みながら、慶はポツリと言った。
「おれもあいつも一人前になりたいんです。だから、一人で頑張ることにしたんです」
慶の瞳の奥に熱い光が灯っている。何だろう。この輝き。俺には仕事にそんな情熱、一生持てない気がする……
「だから、あいつが帰ってくるまでに、おれも一人前の医者にならないと、と思ってて」
「えー……」
何だかなあ……と思わず呟くと、慶が「何ですか?」と首をかしげたので、
「俺はそんな風に恋人と離れるなんて無理。と思って」
正直に言う。と、慶がキョトンとした。
「あれ?真木さんって恋人いるんでしたっけ?」
「………………いるよ?」
今は会えないけど。会えなくて辛くて、気を紛らすためにここに来たのに、やっぱり思い出して淋しさが増してる。
そんな内心を隠して「最近出来たんだよ」と付け加えると、
「おお~。どんな人ですか?」
「どんな人………。うーん……そうだな………」
どんな人、と言われたら、どんな人、と答えればいいのだろうか? チヒロはどんな子だ? チヒロは………
「俺のこと癒してくれる子、だよ」
最高の癒しをくれる子。いつでも一緒にいたい。抱きしめてこの手から離したくない。そんな風に思った初めての子。
「………真木さん、幸せそうですね」
「え」
慶がふわりとした笑顔でこちらを見ている。
「いいなあ。おれも浩介に会いてえなあ……ってまだ1ヶ月もたってないのに、何言ってんだって話ですね」
あはは、と笑った慶。感心してしまう。
「君達は強いね。それが11年半の絆なのかな?」
「ですね。あ、親友歴は13年ですけどね!」
自慢気に言う慶は、やっぱり天使のようにかわいらしい。なんだか少し元気をもらえた気がする。
「じゃあ、頑張ってね」
「はい! 真木さんもお幸せに」
慶は最高の笑顔で、俺を見送ってくれた。
「お幸せに……か」
慶と浩介の選んだ道は茨の道だ。でも、その先に幸せがある、と慶は信じている。その強さが眩しい。
俺も『環との結婚』という道が最良だと思って、この1ヶ月ほど動いてきた。
「………幸せ?」
しかし、それで俺とチヒロは本当に幸せになれるのだろうか……?
***
環との結婚話は、計画通り順調に進んでいる。
まずはじめに、母と仲の良い次兄に電話で相談し、取り急ぎお見合いの話をストップしてもらった。まだ先方にきちんと話をする前だったそうで、「ギリギリセーフ」と次兄には言われた。迷惑をかける前に話ができて良かった。
その後、長兄とあの店で食事をした。
長兄と環は数年前に、ある先生の還暦祝いのパーティーで一緒になったことがあるそうだ。その席で環に絡んできた男を兄がうまく追い払った、というのが、環が言うところの「借りがある」の話らしい。
普段厳しめの長兄も、環の前では穏やかだった。
「あの時、『弟さんが一人の女性に落ち着かないのは、運命の相手に出会えていないからじゃないですか?』なんて言ってた古谷先生が、英明の運命の相手だったとはね」
「お兄さんより歳上でごめんなさい」
環が言うと、兄は「たったの一歳でしょう」と苦笑した。
「両親も会いたがってるから、大阪の家に是非遊びにきてください」
「はい。是非」
涼やかに微笑む環は、やはり相当の美人だ。その上、聡明で話も上手い。きっと両親も次兄も気に入るだろう。
あとは、俺が環の父親の眼鏡にかなうかどうかだったが、それもその数日後に無事クリアした。
環は父親と会っている間、ずっと顔を強ばらせていて、
「苦手なのよ」
父親が帰った後、吐き捨てるようにそう言った。環の父親は、愛想が良くにこやかなのに、目の奥が笑っていないような人だった。ちょっと何を考えているのか分からない感じだ。娘の結婚相手を値踏みしているせいかと思ったけれど、環に言わせると「いつでもそう」らしい。
「………で、約束通り、話してもらえますか?」
環に切り出してやったのは、環の性的対象の件だ。ずっとはぐらかされていて、先日ようやく「父親に会ってから」という約束を取り付けていたのだ。
「話すけど…………」
環は眉間の皺をますます深くして言葉を継いだ。
「聞いて、やっぱりこの話なかったことに、とか言わないでよ? もう後戻りできないからね?」
「わかってますよ」
「引くと思うけど、本当に……」
「だからわかってますって。覚悟はできてますよ」
こっちだって、後戻りなんかできない。環がどんな嗜好を持っていようが受け入れてやる。
ジッと見つめてやると、環は大きく息をはいてから……ポツリ、と言った。
「エフェボフィリア、というと若干語弊があるんだけど……」
「……………」
エフェボフィリア。
「ああ……なるほど」
17才以下のティーンエイジャーにしか興味がない、ということだ。それで、俺は性的対象から完全に外れているって言ったんだな。
(別に引きはしないが……)
その欲望を忠実に実現しようとすると、犯罪になる。……と、
『私のは……絶対に幸せになれないやつ。だからギリギリのところで、あの店利用してるってわけ』
ふっと思い出した環の言葉。あれはどういう意味だ?
疑問を口に出してみると、環は苦笑いを浮かべながら、言った。
「この店ね、裏ではデートクラブもやってるのよ」
「え」
デートクラブ?
「そこで一応18歳以上で、そうは見えない男の子を指名してるってわけ」
「ああ……なるほど」
それで、ギリギリのところでってことか。
俺が咎めることがないことに安心したのか、環がホッとしたように言った。
「真木君も興味あったら、リスト持ってきてもらおうか? ここはどんな嗜好も法律内でなら叶えてくれるよ?」
「いや、俺は……」
首を振ろうとして……ふと嫌な考えに囚われ、止めた。
(まさか……チヒロもリストに入ってたりしないよな?)
まさか……まさかな。
「……やっぱり、見せてもらっても?」
「りょーかい。……ミツー?」
慣れた調子で環がフロアマネージャーを呼んでいる。
(………不安だ)
せっかく良い職場だと思ったのに、やっぱり裏があったな、と思う。やはり、あのチヒロの母親は信用できない。
---
お読みくださりありがとうございました!
次回、火曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
おかげでもうすぐ最終回、までやってこれました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
にほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!
「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「グレーテ」目次 → こちら