夏休みが明け……高瀬諒が激変した、という噂は学校中を駆け巡った。
正確には、変わりはじめたのは夏休み入ってすぐのことなので、私やバスケ部のメンバーは、変化が定着していく様を間近で見ていたけれど、そうでない人達にしてみれば、突然の激変、だったわけで。夏休み前、やさぐれてクールさに拍車がかかっていたから、余計に今の可愛らしさとのギャップが激しく、皆あちらこちらで噂をしていた。
「なんなのあの可愛さはっ」
「私は前のクールな感じの方が良かったなあ」
「今も黙ってればクールじゃないー?」
「でも話し出すとメチャメチャ可愛いー」
「………何があったんだろうね?」
行きつくところは、皆そこだ。
私に対する呼び名が「相澤」から「侑奈」に変わった(私にしてみれば「戻った」だ)ので、私とヨリを戻したんじゃないか、と何人もの人に聞かれたけれど、諒も私もその都度ハッキリと否定した。その上、諒は、
「オレは泉優真一筋だよ!」
と、本当のことを言っていた。でも、散々女を食い散らかしていたおかげ(おかげ?)か、信じる人はいないようだった。
一方の泉も、「お前そのうち女喰いの高瀬に食われるんじゃないか?」なんてからかってくるクラスメートに対して、
「オレが喰うほうだ。バーカ」
と、こちらも本当のことを言っていた。でも、
「童貞のくせに何言ってんだよ」
と、バカにされ、
「もう童貞じゃねえよ!」
「妄想は悲しいだけだからやめろ?」
「妄想じゃねえっ」
「えー相手誰だよ?」
「それは内緒ー」
「あーやっぱ妄想な」
「だから妄想じゃねえって!」
こんな感じで喧嘩になる、というのがいつものパターン。結局のところ、信じてる人はいない。
それをいいことに、諒と優真は人前でもベタベタくっついていて、みんなも初めは「わざとふざけて……」と呆れた感じだったけれど、一か月も過ぎるとそれが普通になってしまった。小5の頃の私の前での二人に戻った感じがする。
そして、人の噂も七十五日とはよく言ったもので、11月を過ぎたころには諒の変化については誰も話題にしなくなった。
このまま、女喰いの高瀬諒なんて初めから存在していなかった錯覚に陥りそうになっていたのだけれども………
「相澤さん、ちょっといいかな」
「あ、はい……」
おっと、久しぶりの呼びだし!と笑いそうになってしまった。
以前は時々こうして諒の元カノやらファンやらから呼び出しをされていたのだ。最近はすっかり止んでいたからちょっと懐かしい。
今日の呼び出しは、吹奏楽部の一年上の藤野先輩。パートが違うからあまり話したことがない人だ。諒と付き合っていたという記憶はないけれど、一回だけしてしまった口だろうか?
促されるまま、三年生の教室までついていくと、中であと2人、3年生の女子が座っていた。3年生は授業が少なかったのか、放課後の教室には他にはもう誰もいない。
(あ……この人)
一人は夏休み前、やさぐれた諒にちょっかい出そうとしていた髪の長い人だ。あと一人は、演劇部の部長だった人。
「えーと? なんでしょう? 藤野先輩」
「ごめんね。この二人が話があるっていうからさ」
「……………」
二人とも一時期諒と付き合っていたことがある。友達だったのか……
「話って……」
「あのっ」
こちらが何か言う前に、二人は同時に立ち上がり、
「ごめんなさい」
「ホント、ごめんなさい」
深々と頭を下げてきた。
「はい?」
頭の中がハテナでいっぱいになる。
「あの……何が……」
「今さら、なんだけどさ」
長髪の先輩が言いにくそうに頬をかいた。
「文化祭の時の貼り紙、私達がやったの」
「…………?」
貼り紙? ってなんだっけ……と一瞬考えてから、「ああ!あれ!」と思い出す。
私が桜井先生の車に乗り込もうとしている写真に『密会スクープ』と書かれた貼り紙のことだ。予想通り、諒の元カノの仕業だった、というわけだ。
***
「やっぱりさあ、諒君みたいな人はどこにもいないよねえ」
「だよねえ」
元カノ2人は、ポリポリとポッキーをかじりながら、あーあ、とため息をついて私を見ると、
「相澤さんはいいよねえ……半年も付き合って、別れた今も友達で……」
「うらやましい……」
さっきから同じようなことを何度も言っている2人に、藤野先輩も呆れ気味だ。
「ごめんねー。この2人、こればっかりで」
「あ、いえ……」
そう言われても何と答えてよいか困ってしまう。
でも、勧められるままお菓子を食べながら、色々と興味深い話を聞けた。
諒は女の子と「付き合う」時は、はじめから「1ヶ月だけ」と言っていたそうだ。
どんなに気があっても、体の相性がよくても、1ヶ月たったらアッサリ別れる。束縛の強すぎる女の子は、それ以前に別れを切り出されてしまうらしい。
だから、半年も付き合っていた私は相当のレアケースというわけだ。
「高瀬君って、何がいいって、顔も良いけど、優しいところが良いよね」
「ね~。ホント優しかった。特にあれの時……」
「うんうん。あんなに尽くしてくれる人いないよね」
「いえてる!今の彼氏も普段は優しいんだけどさ~、やっぱり……ねえ?」
「分かる分かる! それでいてさ……」
「そうそう!体力あるよね~」
なんだかとんでもない話で盛り上がっている2人……
2人によると、諒はエッチの時、決して彼女に何かさせようと要求してきたりせず、自分の性欲を満たすことよりも、彼女を気持ちよくさせることだけを優先してくれ(それは普通の男ではありえないこと、らしい)、それでいて、いざ本番となると別人のように激しくて……
「相澤さんも新しい彼氏ができたら分かるよ! どんなに諒君が上手いのか!」
なんて力説され、もう苦笑するしかない。
(確かに、比較対象がいないからどれだけすごいのか分からないけどさ……)
しかも、たぶん私の時は、隣の部屋で泉が聞いているという興奮材料も加わって、更に激しかったと思う。けど、そんなことは言えない……。
こうして、なんだかんだと笑いながら話していた2人だけれども……
「でも、私のことなんか名前も覚えてないんだろうなあ……」
「え……」
ふと、寂しげに言った演劇部元部長の言葉に、長髪の先輩もコクリとうなずいた。
「付き合ってた時だって、覚えてたかどうかあやしいんだよね……」
「ね……」
「あんなに優しいから勘違いしたくなっちゃうけどさ……結局、高瀬君にとって、私ってその場かぎりの、通りすがりの人と同じだったんだろうなって……」
「うん。それ分かる……」
はあ……とため息をつく二人。
「いいなあ……相澤さんは……」
「うらやましい……」
二人とも新しい彼氏がいるみたいなのに、まだまだ諒に未練があるということなんだろうか……
「それであんな嫌がらせしちゃって……」
「ほんとごめんなさい……」
「あ、いえ………」
で、ここに行きつくわけだ。
貼り紙のことなんてこちらはすっかり忘れていたけれど、本人達は気にしていたらしく、受験前にスッキリさせたかったそうだ。
ポリポリポリ……とポッキーをかじる音が教室に響く中、ふと、思い付いた。
(そういえば、あの写真ってどうやって撮ったんだろう……)
携帯にしては望遠がききすぎてた。ちゃんとしたカメラで撮ったんだろうか……でもそれって偶然カメラ持ってたってこと……?
「あの……」
その事を聞こうと、顔をあげた、その時だった。
「あー、侑奈いたー」
「!」
話題の本人がヒョイとドアから顔を出したので、ビックリして立ち上がってしまった。
「りょ、諒……?」
「優真も小野寺さんも探してるよ? 今日4人でケーキの食べ放題行くって……」
諒は言いながら入ってきて、他のメンバーを見て「あれ?」と首をかしげた。
「えーと………、こんにちは?」
「………………」
「………………」
「………………」
顔を見合わせ、ぷっと吹き出した元カノ2人と藤野先輩。
「……ホントだ。こんな間近で見たの初めてだけど、綺麗な顔してんのね」
感心したように藤野先輩が言うと、諒は更にハテナ?という顔をして私を振り返った。
「えーと……何してるの?」
「んー……元カノ会? みんなで諒の悪口言ってたとこ」
「え!」
手で口元を押さえた諒は、やっぱりクールな諒じゃなくて、可愛い諒だ。
「わ、ごめんなさい。悪口ってことは、オレに悪いところがあったってことだよね?」
「悪いって認識してないんだ……」
その認識力、ビックリするわ……あんだけとっかえひっかえしておいて……
「ね、高瀬君」
演劇部元部長が笑いながら諒に問う。
「高瀬君、私のこと覚えてる?」
「え、もちろん……」
「名前は?」
「え」
笑顔を張り付かせた諒。
「えーと……それは……」
「ほら、やっぱり覚えてない!」
「うわ、ホントなんだー」
わー最低、と藤野先輩が言うと、諒は慌てたように、
「ごめんなさい、オレ、人の名前覚えるの苦手で……っ」
「名前だけじゃないでしょ。私のこと自体、覚えてないでしょ?」
「そんなこと、あるわけないです」
ふっと真面目な顔になり、元部長を見返した諒。
「中学の時から演劇部で、演劇が大好きで、演劇の話するときはいつも嬉しそうだったの、よく覚えてます」
「…………え」
「映画のビデオ一緒にみたり、CD一緒に聴いたりしたし……」
「…………」
「あ、それに、体柔らかかった。毎日柔軟してるって言ってた」
「…………」
元部長さん、息を飲んで……顔を背けた。泣いてる……?
「…………私は? 覚えてる?」
髪の長い先輩が、緊張した面持ちで聞くと、諒は目をパチパチさせて「もちろん」とうなずいてから、言葉を続けた。
「ココア、元気ですか?」
「あ……、諒君、ココア好きだったよね」
ふっと笑った先輩。
ココアと言うのは猫のことだそうだ。人の名前は覚えてないのに猫の名前は覚えてるんだ……
「諒君、うちにくるとずっとココアと遊んでたもんね」
「ココア、可愛かったから……」
「じゃ、私は? ココアじゃなくて、私自身のことって、覚えてる?」
切ないような笑顔で聞いてきた先輩に、諒はまたコックリとうなずいた。
「肩に3つ並んだホクロがある」
「!」
バッと赤くなった先輩。
淡々と諒は続ける。
「将来はデザイン関係の仕事をしたいって」
「…………」
「雑誌たくさん読んでて、おしゃれで、オレに似合う服とか教えてくれて……」
「…………」
「何度か洋服一緒に買いにいきましたよね」
「…………」
先輩は苦しいかのように胸のあたりを押さえて、何度もうなずいて……
耳が痛くなるほど、シンと静まりかえった教室の中……
「なーんだ」
緊迫感に包まれた空気を、藤野先輩の能天気な声が打ち破った。
「高瀬君、二人のことちゃんと見ててくれてたんじゃない」
通りすがりの人じゃなくて、ちゃんと一人の女の子として……
「…………ね」
「うん……」
そして顔を上げた二人は、つらそうで、でも、嬉しそうで……、そして何だかスッキリした表情をしていた。
***
「諒君、今、彼女は?」
「いません」
昇降口に向かう階段をおりながら、諒がニコニコと答える。
「彼氏ならいるんですけど!」
「あ~それね」
「聞いた聞いた~」
あはははは、と笑う先輩方。
「それ、いいと思う!」
「ありだね~」
「ありあり!」
「そうですか!? ありがとうございます♪」
諒、語尾に♪がついてる……
嬉しそうだけど、誰も信じてないからね……?
「彼氏とのツーショット写真撮らせてよー」
「え、何に使うんですか?」
「ネタ的に面白いじゃない? 男に男取られました!ってさー」
「それいい!私も撮らせてー」
きゃっきゃっとはしゃぐ声を聞きながら、先ほど疑問に思ったことを思い出した。そうだ、写真……
「あの……、すみません」
こそっと、藤野先輩に聞いてみる。
「あの貼り紙に使われた写真ってお二人のどちらかの携帯で撮ったんですかねえ? すごい望遠きいてて……」
「ああ、違うらしいよ」
「違う?」
聞き直すより先に、藤野先輩が演劇部元部長に声をかけていた。
「ねー、あの写真、演劇部の後輩が送ってくれたんだよねー?」
「やだ藤野!それ内緒の話!」
慌てた様子の元部長。
「あれ?ごめん、内緒だったっけ?」
「内緒だよ!」
演劇部の後輩? 内緒……?
「あ!優真!」
昇降口前の廊下に、クラスメートの小野寺聡美(通称寺ちゃん)と一緒に立っている泉を見つけて、諒が弾けるようにかけだした。
「優真とオレのツーショット写真が欲しいって言われてるんだけど!」
「はあ?なんで?」
「男に男取られたって見せるんだってー」
「なんだよそれ?」
はははと笑う泉、まんざらでもなさそうだ……。
アホなカップルの横にいる寺ちゃんに私も駆けよる。
「ごめん、寺ちゃん。お待たせ」
「え、あ」
「?」
なぜか焦ったような顔をした寺ちゃん。
どうしたんだろう?
「寺ちゃん?」
「こん……にちは」
私の問いかけには答えず、寺ちゃんは後から来た先輩方に頭を下げると、さっと自分の下駄箱に行ってしまった。
「………………?」
何……?
先輩方を振り返ると、演劇部元部長さんが何だかすごく気まずそうな顔をしていて………
それで、ああ、と今更なことを思い出した。
寺ちゃんは、演劇部だ。
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お読みくださりありがとうございました!
お休み中、更新していないのにクリックしてくださった方!!見にきてくださった方!本当に本当にありがとうございました!めっちゃ励みになりました!ありがとうございます!!
1日フライングですが、上げさせていただきます~。あいかわらず地味な話(>_<)
また終わる終わる詐欺(思えば「あいじょうのかたち」も「たずさえても」もそうだった)になってしまい(>_<)あと2回くらいで最終回、と以前書きましたが、終われませんでした~~。たぶん次回が侑奈視点最終回で、そして、諒視点、浩介視点、で終わりかな、と。
寺ちゃんに関して。
プロット初期段階では彼女はもっと話に絡んでくることになっていました。が、話が無駄に長くなるので、見直した時点で控えてもらった、というイキサツがありまして……(だから今まで3回しか登場しておらず、セリフも少なめー)
前にも書いたかもなのですが、「嘘の嘘の、嘘」という副題には「登場人物の誰もが何かしら嘘をついている」という意味があります。寺ちゃんもその一人でした。
と、いうことで。続きは明後日……どうぞよろしくお願いいたします!
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