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BL小説・風のゆくえには~グレーテ25

2018年07月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


 古谷環は俺のことを『鴨ネギ』だといったけれど、俺にしてみれば環の提案は『渡りに船』だった。

 俺たちの利害は完全に一致している。この際、俺は環に賭けてみようと思う。


**


「空封筒の話をしましょうか」

 環が「結婚して」と言ったあの朝、流れで入った駅近くの珈琲店で環はニヤニヤと言ってきた。

 空封筒の話、とは、チヒロの勤める会員制のバーに行った際、先に帰った俺に環がチヒロを使って封筒を届けさせたのだが、その中身が空だった、という話だ。

「あれは、別に何でも良かったの。たまたま封筒があったから封筒にしただけで」
「何でもって……」
「いやー、あまりにもヒロ君が真木君に熱い視線を送ってたから、チャンスをあげようかと思ってね」
「え」

 熱い視線? そうなのか? チヒロは俺のことなんか気にせずテキパキと働いているようにしか見えなかったけれど……。
 あ、いや、そのいつもと違うチヒロを見たくなくて、あまり視界に入れないようにしていたから気が付かなかっただけか。

(そうか……。他人が気が付くほどの視線を俺に送っていたということか。チヒロは本当に俺のことが好きだな。さっきだって……)

 と、マズイマズイ。
 思わず、数時間前に、俺の腕の中で蕩けるようにイッたチヒロを思い出して、頬が緩みそうになり、慌ててポーカーフェイスを取り戻す。と、

「ねえ、本当は二人、知り合いなんじゃないの?」
「…………」

 環が大きな目をキラキラさせながら聞いてきた。

「………なぜそう思うんですか?」

 質問には質問返し。
 すると、環は「いや~~」と言いながら、チヒロとの出会いの話をしはじめた。


 約2週間前、チヒロがあの店の面接を受けた日、環は帰りのエレベーターで偶然チヒロと一緒になったそうだ。話しかけてみたら、面接に合格して明日からシフトに入る、とチヒロが言ったので、

「じゃあ、よろしくね。私、たまき」

 そう、名乗ったところ、チヒロが目をキラッと輝かせて、

「え、まきさんっておっしゃるんですか?」

と、それはそれは嬉しそうに言ったそうだ。

「違う違う。た、が付くの。たまき」
「あ………失礼しました」

 真っ赤になったチヒロがすごく可愛かったので、「もしかして、君の好きな人の名前が『まき』さんだったりするの?」と揶揄ってやると、チヒロはますます赤くなりながら俯いたそうだ。



「私もすっかりそんな話忘れてたんだけど、真木君に対するヒロ君の態度見てたら、急にそれ思い出してね。だから封筒渡してあげたっていうのもあるんだけどね」
「…………」

「で。封筒渡して戻ってきたヒロ君が、いまだかつてないほどの色気まるだしの可愛い顔になってたから、こりゃ、真木君が何かしたんだな、と」
「……………」

「それからヒロ君、仕事終わった途端に、飛ぶように帰っていったからねえ。こりゃ、真木君に喰われにいったのかな、と」
「………」

 すごい観察眼だな。それで、『ヒロ君のこと、美味しくいただいた?』ってメールを送ってきたってわけか……

「ヒロ君の好きな人、『まき』って名前の女の子かと思ったら、『まき』って苗字の男だったとはね」
「…………」

 これは……どう答えたら……


 しばらくの沈黙の後、環がふっと表情をあらためた。

「以前、君のお兄さんから聞いたことがあるの」
「え」

 環は俺の上の兄と知り合いらしい。何を言われたんだ、と、とっさに身構えてしまう。

「お兄さん、言ってたよ。すぐ下の弟は、結婚して子供もいるけれど、歳の離れた弟の方は、ふらふらと女遊びしていて一向に落ちつこうとしないって」
「…………」

 ああ、キャバクラ行きまくりのカモフラージュはきちんと作用しているんだな、とホッとした。が、環は瞬きもせずにこちらをジッとみてきた。

「でも、女遊びしてるってわりには、君からは女の匂いが少しもしてこない。しかも、こんな美人を前にしても、口説いてくる雰囲気もない」
「…………」

 こんな美人って自分のことか。まあ否定はしないが……

「そして、あのメールを見て、あわてて私に会いにきたってことも判断材料に入れて、出した結論。君の恋愛対象は……」
「…………」
「…………」
「…………」

 俺もジッと見返してやる。と、環はニッコリと笑いかけてきた。

「君を『鴨ネギ』って言ったのはね、『鴨』は、私と利害一致できる人ってこと」

 利害、一致?

「『ネギ』は、そのルックスと、医者で家が金持ちってこと」
「………………」
「君だったら、父も必ず認めてくれる」
「………………」

 父親……か。
 なるほど。親の手前、結婚しなくてはならない、ということか……

「利害一致、ということは、あなたも恋愛対象が同性、ということですか?」

 直球で聞いてやると、環は苦笑して首を振った。

「違うよ。私のは……絶対に幸せになれないやつ」
「?」
「だからギリギリのところで、あの店利用してるってわけ」
「……?」

 ギリギリのところで利用……?

「それはどういう……?」
「ああ……、まあそれは朝からする話じゃないから置いておいて」
「………………」

 テーブルに置いた手に、すっと綺麗な赤いマニキュアの塗られた指を一本乗せられた。

「……このくらいは我慢できる?」
「別に大丈夫ですよ」

 上目遣いで聞かれ、ちょっと笑ってしまうと、環もつられたように笑った。なかなか可愛らしい。

「どうかな?この提案。君もどうせ結婚とか勧められてるんでしょ?」
「まあ……そうですね」

 そうですね、どころか、近々お見合いをさせられることになっている。

「問題は私が8才歳上ってところかな? 反対されちゃうかな?」
「ああ……、そこは話の持って行き方で………、って」

 言いかけて、はっとして手を離した。

「俺、まだその話に乗るって言ってませんよ?」
「えー、いいじゃないのよー。私のおかげで昨日良い思いできたでしょー?」
「…………」

 脅すつもりか。

「ねえ、本当はヒロ君と知り合いだったんでしょ? ていうか、もしかして今までにも関係あった?」
「ないですよ」

 ニヤニヤと言ってきた環に肩をすくめてみせる。手の内すべてが分からない限り、こちらも内部事情を教えるのは危険だ。

「彼のお姉さんと同伴を何度かしたことがあるので、その時に会ったかもしれませんけど、覚えてません」
「あ、そうなんだ」

 じゃ、ヒロ君の片思いか、と環は納得したように肯いてから、パンッと手を叩いた。

「じゃあ、ヒロ君、思いが叶ってよかったねー」
「でも俺、基本的に誰とでも一晩限りなので、昨日が最初で最後ですけどね」

 しれっと言ってやる。
 すると、環は大きな目をますます大きくさせて「あらま」と口に手をやった。

「えー、ヒロ君可哀想に。じゃあ、今後君と一緒にあの店に行くときは、ヒロ君が休みの時にしてあげるね」
「…………」

 一緒にあの店に行くって決定事項か。

「だから俺、その話……」
「結婚すれば、周りからうるさく言われなくなるわよ? それに無理してキャバクラに通う必要もなくなる」
「…………」

 それは……

「真木君は私の性的対象から完全に外れてるから、結婚しても絶対に手出したりしないから安心して? 住む場所も、仕事部屋、とか適当に理由をつけて、別々にしましょう」
「…………」
「お互いのプライベート最優先。どこで誰と何をしようと絶対に何も言わない」
「…………」
「良い話だと思わない?」
「…………」

 こんな都合の良い話があるだろうか……何か騙されたりしていないだろうか。
 いや、でも、騙されていたとしたって、乗ってみる価値はある。とりあえず、今、親から言われているお見合いの話を断る口実にはなるのだから、それはそれでいいのかもしれない。

 しかも、この話がうまくいってくれれば……

(これからもチヒロと会える)

 結婚したら自由に会うことができなくなるので、関係を続けるのは無理だと思っていた。そんな不安定な関係は、チヒロの将来のためにあきらめなくてはならないと思っていた。
 でも、この環との結婚だと話は変わってくる。外見上は不倫になってしまうけれど、それでも良いとチヒロが言ってくれるなら……

(いや、良いと言わせるけどな)

 これはチャンスだ。あと数回しか会えないと思っていたチヒロとの毎日が手に入るかもしれない。

「……分かりました」

 覚悟を決めて、肯いてやる。

「まず、攻略しやすい2番目の兄に話してみます」
「やった!」

 パンッと環は再び手をうち、その手をこちらに伸ばしてきた。

「よろしくね。未来の旦那様?」
「…………」

 握手したその手は少し汗ばんでいた。環は終始、余裕の顔をしていたけれど、本当は緊張していたのかもしれない。



---


お読みくださりありがとうございました!
こうして『グレーテ24-1』の、真木さんの電話に繋がるのでした。

次回、火曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
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BL小説・風のゆくえには~グレーテ24-2

2018年07月10日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ


「それはもしかしたら、政略結婚じゃない?」

と、アユミちゃんが「そうに違いない」って肯きながらいった。

「政略結婚?」
「そうそう。真木さん前に言ってたんだよね。自分が金持ちなわけじゃなくて、家が金持ちなんだって」
「そう……なの?」

 真木さんは以前、アユミちゃんの勤めていたキャバクラによく行っていたので、アユミちゃんの方が真木さんとお喋りをした時間は多い。というか、真木さんと僕はあまり話しをしないので、僕は真木さんのことをよく知らない。知っているのは、真木さんのお気に入りの食べ物、お気に入りの匂い、お気に入りの……

『俺は君のその、言葉数の少ないところ、とても気に入ってるんだけどね』

 ふと思い出した、真木さんのセリフ。そうだ。真木さんは僕が喋らないところ、気に入ってくれてる。だからお喋りしないのはいいんだ。だからアユミちゃんより真木さんのことを知らないのはしょうがない。

 アユミちゃんが「だからさー」と言葉を継いだ。

「そういう人って、勝手に結婚相手決められてたりするじゃん」
「……そっか」
「そうだよきっと。あ、チーちゃん、腕も」
「うん」

 今、アユミちゃんのマッサージ中。アユミちゃんの体はふにふにしている。真木さんの大きな滑らかな体とは全然違う。真木さんの肌は吸いつくみたいで、ぎゅっと引き締まっていて、いつまでも撫でていたくなるような感触で……なんてついつい真木さんのことばかり考えてしまう。

「………で、何かあったら私から連絡してっていうのは、結婚がちゃんと決まるまでは、男の子から連絡があるのはマズイってことなんじゃないの? 真木さんゲイだって周りに隠してるんでしょ?」
「あ……そっか」

 アユミちゃんは昔から頭がいい。僕が分からない問題を何でも答えてくれる。
 そっか……。真木さん、会いたくなるから電話しないって言ってたもんね……。

「ねえ、じゃあ僕、いつになったら真木さんに会えるのかな?」
「さあ? そのうち連絡あるんじゃないの?」

 アユミちゃんはちょっと肩をすくめていってから、「でも」と言ってこちらを向いた。

「でも、チーちゃん。真木さんはもうやめた方がいいんじゃない?」
「どうして?」
「だって、結婚するんでしょ? 奥さんに隠れて付き合うってことでしょ? 大変だよ?」
「……………」

 それは……そうだけど……

「真木さんも大変だねえ。本当の自分を隠してずっと生活していくってことだもんね。って、今も隠してるから同じか」
「…………」

 本当の自分……

(あ)
 急にまた思い出して、思わず、「あ」って言いそうになって引っ込めた。思い出したのは、真木さんの言葉。

『俺もお菓子の家の住人でね。ずっとそこに居続ける。グレーテルはいらない』

 以前、言っていた。

『お菓子の家は、居心地の良い素敵な家。食べるものにも困らない。寒くもない。暑くもない。それを提供してくれた魔女を殺すなんて、俺にはできない』

 真木さんは、お菓子の家のために政略結婚するのかな………

 僕は……僕は………


「まー、でもさ!」
 アユミちゃんが突然起き上がった。

「チーちゃんが略奪したいっていうなら応援してもいいよ」
「略奪?」

 それは、奪うってこと?

「そうそう。頑張ってみれば? 理恵子さんみたいに」
「理恵子さん?」

 父の再婚相手で、父の歯科医院で昔から働いている人だ。でも、父と理恵子さんが再婚したのは僕達が高校を卒業してからだ。ママと離婚したのは中学の時なんだから、略奪ではないような………

 そう言うと、アユミちゃんはケラケラと笑いだした。

「バカねえ。チーちゃん。パパと理恵子さん、私らが小学生の時から付き合ってたんだよ!」
「え?」

 そうなの?

「で、中学の時にバレて、ママが出ていっちゃって、結局離婚したんじゃん。執念の略奪だよ」
「………え?」

 バレて出ていった? え? ちょっと待って………

「違うよアユミちゃん」

 口の中が乾いて、うまく言葉にならない。

「ママが出ていったのは、僕がママと似てなくなったからでしょう?」

 ママもそう言って出ていったし、アユミちゃんだって、何度もそう言ってた。

「え? あー、あ。そうそう。そうだったそうだった」
「………」

 あはは、と笑ったアユミちゃん。
 何か、おかしい。なんで。どうして……

「ねえ……アユミちゃん」
「何よ」
「アユミちゃん……」
「だからなに」

 眉を寄せたアユミちゃんはちょっと怖い。でも、聞きたい。

「ママが出て行ったのは理恵子さんのせいなの?」
「………」
「僕のせいじゃ……、痛っ」

 いきなり、いつもの足の付け根のところをグーで叩かれて、グッと息が詰まる。

「アユ……」
「チーちゃんのせいだよっ」
「…っ」
 
 でも、叩かれた僕よりも、叩いたアユミちゃんの方がもっと痛そうな顔をして、叫ぶように言った。

「チーちゃんがかわいいせいだよ! だからママはチーちゃんにお仕事させるために毎日、あたしとパパを置いて出かけてさっ」
「………っ」
「それで、パパは理恵子さんにふらふら~っていっちゃって、あたしはいつも一人ぼっちでっ」
「アユミちゃん……」

 ばんっばんって叩く音とアユミちゃんの大きな声が部屋にこだましている。

「チーちゃんのせいだからね。全部チーちゃんが悪いんだから」
「…………」

 アユミちゃんの目に涙がたまってる。

「チーちゃんが声変わりしないで、背も高くならないで、パパみたいな大人の男にならないで、ずっとずっとママに似たままだったら、ママだって出ていかなかったかもしれないのにっ」
「アユミちゃん……」

 叩くのをやめたアユミちゃんの息遣いだけが耳にこだましている。

 アユミちゃんがつらいのは僕のせい。だから……だから。

(アユミちゃん……)

 長い長い沈黙のあと……

「ま、もういいんだけどね」
「え」

 ふいっと、顔をあげたアユミちゃんは、もう涙目じゃないスッキリしたような表情をしている。「次、足」といって、僕の方に足を投げ出してきたので、慌ててオイルを塗ってマッサージを再開した。これは足が細くなるオイル、だそうだ。

「……ママも時々帰ってくるようになったしね」

 ポツン、と言ったアユミちゃん。ママは一度帰ってきて以来、時々、うちにくるようになった。

「理恵子さんも、一緒に働いてみたら、別に嫌な人じゃないって分かったし。ていうか、むしろ、良い人だし。ヒステリーママより、ずっと良い人だし」
「…………」
「パパも、私が歯医者さんになったこと、あちこちで自慢してるらしいし」
「…………」
「患者さんも、私みたいな若くて美人の先生が増えて喜んでるし」
「…………」
「昨日もさー、美人先生食べてって、患者さんがプリン買ってきてくれちゃってさ。他の女の先生たちが、若いっていいわねーって僻んでたけど、若いだけじゃないっつの。美人だからだっての!」

 アハハハハと笑うアユミちゃん。さっきまで怒っていたのがウソみたい。
 アユミちゃんは、昔から、スイッチ一つで切り替わるみたいに突然怒ったり笑ったり泣いたりする。それはママも同じだ。

「まあ……さ」
 ひとしきり笑ったあと、アユミちゃんが、ふ、と口調を改めた。

「美人なのはチーちゃんのおかげだけどね」
「え」

 顔をあげると、アユミちゃんの真っ直ぐな目がそこにはあった。

「チーちゃんがお金出してくれたおかげだもんね」
「そんなこと全然ないよ」

 慌ててブンブン首をふる。

「それに真木さんもアユミちゃんはスタイルが良いって言ってたけどそれはアユミちゃんが毎日体操とかして頑張ってるからで僕は何も」
「ああ……まあ、そうね」

 うふふ、と笑ったアユミちゃんが嬉しそうに言葉を継いだ。

「私、真木さんにも感謝してるよ? お客さんいっぱい紹介してくれたおかげでキャバでもナンバー3になれたしね」
「うん。すごいね。アユミちゃん」
「ね」

 うふふ、とまた笑うアユミちゃん。アユミちゃんが嬉しそうなのは僕もすごく嬉しい。

「まー、だから、話戻すけどさ」

 アユミちゃんが真面目な顔になって言った。

「真木さんのこと、奪う覚悟があるなら、早めに奪いなよ? 結婚してからじゃ、不幸な人が増えるだけだよ」
「…………」
「それが出来ないなら、きっぱり諦めな」
「………諦める?」

 真木さんを、諦める……?
 あの大きな腕に包まれることがもうなくなるってこと? それは、嫌だ。

 でも……でも。


***


 真木さんに会えたのは、その数日後のことだった。
 会えた、というより、見た、というのが正しい。具合が悪くなったレイちゃんの代わりに急にアルバイトに出ることになって、そこで、真木さんを見ることができたのだ。

(真木さん……)

 その背の高い後ろ姿にきゅんって、胸の中が温かくなった。
 でも、真木さんが視線を僕に向けることは一度もなくて……

 真木さんと一緒にいたのは、当然のように環様だった。そして、環様のお父さんらしき人……

 レイちゃんがいないのだから、環様のテーブルには僕がつくと思ったのに、フロアマネージャーに止められてしまった。環様が女性を希望されている、とのことだった。


(真木さん……)
 仕事中にも関わらず、ついついチラチラと真木さんの方を見てしまう。

(ああ……嫌だ)

 体中に「嫌」って気持ちがグルグル回って叫びだしたくなってしまう。

 真木さんが優しい目で環様を見ているのが嫌。
 環様が楽しそうに真木さんに話しかけているのが嫌。
 二人がお似合いのカップルなのがすごくすごく嫌。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 だったら見なければいいのに、どうしてもそちらに目がいってしまう。

 ああ……嫌。嫌だ……。

(でも………)

 二人とも、幸せそうだ。
 僕の存在は、幸せな二人の邪魔をすることになるんじゃないだろうか。

 本当に、どこからどう見ても、お似合いの二人。

 僕は……

 僕は……


「ヒロ君」
「!」

 いきなり耳元で声がして、飛び上がってしまった。慌てて振り返ると、

「あ、わ、は、花岡さん……」

 オーナーの花岡さんがにこやかに立っていた。ママの共同経営者。いつもニコニコしている、髭が素敵な中年男性。

「仕事に身が入ってないみたいだねえ?」
「あ……」

 ばれてた……

「す……すみません……」
「ちょっと休む? おいで?」

 いいよね?と花岡さんがフロアマネージャーに視線をやると、フロアマネージャーがちょっと苦い顔をして肯いた。僕が集中できていないこと、フロアマネージャーも気が付いてたってことかな。ああ……仕事中なのに。ダメだな僕……


 トボトボと花岡さんの後ろについて、控室に入った途端、花岡さんに「チヒロ君」と名前を呼ばれた。お店での呼び名の「ヒロ」ではなく「チヒロ」と言われて、これはお説教の前触れだ、と余計に身構えていると、花岡さんがぷっと吹き出した。

「別に、お説教とかじゃないよ?」
「………」

 じゃあ、なんだろう、と思っていたら、花岡さんはコーヒーを差し出してくれながら、あっさりと、言った。

「君の狙いは真木様?」
「!」

 目を見開いてしまった。これでは肯定したのも同然だ。すると花岡さんは、納得したように肯いて、

「ああ、やっぱりそうなんだ? でも、彼、結婚するらしいね」
「……………」

 うっと胸が痛くなる。お似合いの二人の姿を思い出して、痛くなる……

「そこで提案なんだけど」
 コンッと花岡さんがカップをテーブルに置いた音が部屋に妙に響いた。

「失恋に効くのは次の恋。しかも楽しい恋。とりあえずの一時の恋」
「?」

 ニコニコしながら言う花岡さん。言ってる意味が分からない……

「あの……」
「チヒロ君、デートクラブの方のアルバイトもしてみない?」
「……………え?」

 デート、クラブ? 何それ?
 きょとんとしてしまったけど、花岡さんは構わず話を続けてきた。

「うちは秘密厳守のデートクラブだからね。信用できる子にしか働いてもらってないんだけど、チヒロ君は大丈夫そうだから」
「え………」
「今までも何人かのお客さんに、ヒロ君はいつリストに入るんだって聞かれてたんだよ。だからチヒロ君がOKなら、すぐにお客さん紹介できるよ」

 お客さん……?

「男性の会員さんも女性の会員さんもいるけど、君は女性はNGなのかな? 女性経験はある?」
「ない……です」
「男性は?ある?」
「…………」

 コクリ、とうなずくと、花岡さんもふむ、と肯いた。

「そう。じゃあ男性限定ね」

 にっこりとした花岡さん。

「真木様クラスの方だって紹介できるよ。良い話だと思うけど?」
「え………」

 真木様クラスの方って……。真木さんは、真木さんだから真木さんで……クラスって……

「まあ、考えておいて」
「あ………」

「ママには内緒でね。君のママ、何かとウルサイから」

 あはは、と笑いながら、花岡さんは控室を出て行ってしまった。

 取り残された僕……とりあえずコーヒーを飲む。

「…………薄い」

 従業員用のコーヒーは薄い。真木さんと一緒に飲むコーヒーはいつも少し濃いめで、でも程よい苦さの美味しい……美味しい……

「真木さん……」

 真木さんに会いたい。今店に行ったら会えるけど、でもそうじゃなくて、その真木さんじゃなくて……


 真木さん。真木さんに会いたい。





---


お読みくださりありがとうございました!
次回、金曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ24-1

2018年07月06日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 真木さんが、恋人延長してくれた。
 真木さんが、僕のものを大きな手で包み込んで、いかせてくれた。

 高校生の時の初体験からはじまり、色々な人と色々なことをしてきたけれど、こんなに気持ち良くて、心の中、体の中、全部が蕩けるほど幸せになる射精をしたのは初めてだった。

 真木さんのことが大好きで、大好きで、後ろから抱きしめてくれてる真木さんと一つに溶け合えればいいのにって思った。けれど、真木さんは僕の中に入ることはしてくれなかった。真木さんのものも大きく固くなっていて、バスローブ越しでもその熱量は充分伝わっていたのに。

 でも、

「続きは今度ね」

 そう言ってくれたから「今度」を待つことにして、この日は真木さんの腕の中で安心して眠りについた。

 ………けれど。



 それから2週間ほど経ってからのこと。 

「環様、結婚するんだって!」

 一緒のアルバイトのレイちゃんがコソコソっと言ってきた。環様は僕が休みの時はレイちゃんを指名しているらしい。

「相手は、真木さんって……ほら、背の高いカッコイイ男の人。分かる?」
「え?」

 今、真木さんって言った? 真木さんって真木さん?

 って言いたかったけれど、言葉が喉のところでつっかえて出てこない。

「昨日ね、その真木さんのお兄さんと三人でいらしたんだよ。それで、結婚したらどこに住むとか、すごい具体的な話してた」
「……………」
「真木さんご実家が大阪なんだって。だから両親顔合わせを東京と大阪どっちでするかって……」
「……………」

 なんだろう……それ。そんな話、全然聞いてない。



 真木さんとは、あの日の朝に電話で話してから今日までの約2週間、一度も連絡を取っていない。

 あの日の朝、起きたら真木さんがいなくなってて、寂しくてお布団の中で丸くなっていたけれど、ホテルの部屋備え付けの電話の音に飛び起きた。

『チヒロ君?』

 電話の向こうからの優しい声にきゅううって胸が温かくなる。でも、真木さんはちょっと焦ったように言った。

『チヒロ君、時間がないから用件だけ言うよ』

 電話の向こう、駅かな?って感じがする。ピシッとした声に「はい」と返事をすると、真木さんは3秒くらいの間のあと、淡々と、言った。

『これからしばらく会えなくなる。俺が連絡するまでは、チヒロ君からは連絡しないでくれる?』
「………………………………、え?」

 なんで? 恋人、なのに?

『どうしても連絡しないといけないことが起きた場合は、お姉さんに頼んでお姉さんから連絡して?』
「………………………」

 アユミちゃんから? アユミちゃんは連絡してもいいの?

『分かった?』
「………………」

 分からない。でも、思ってること、何も言えない。
 どうして? どうして? 真木さん……

「………………どうして?」

 何とか絞り出して聞いたけれど、真木さんはアッサリと、『理由は言えない』と言った。

 そんな……そんなの。

『とにかく………』
 ふうっと息を吐いた音がした。

『今、君に会うことはできない』
「…………」
『だから………』

 また、少しの沈黙のあと、真木さんは『チヒロ』と切ないような声で呼びかけてくれた。

『こうして声を聞いたりしたら、会いたくて我慢できなくなるから、電話もしないよ』
「………っ」

 真木さん!

 叫びそうになってしまった。

 真木さん、僕も会いたい。真木さんに会いたい。会いたくて会いたくて、我慢してて、やっと会えたのに、また会えなくなるの?

 って言いたいけど、言えない。

『チヒロ君』
「………………………はい」
『………………』
「………………」

 電車が入ってきた音………

『また、連絡する』
「………………」

 それは、いつ……?

『これから俺………』
「え?」

 真木さん、何か言ってくれてるのに、駅のアナウンスの音がうるさくて全然聞こえない。

「真木さん、聞こえないですっ」

 後ろの音に負けないように叫ぶと、

『ああ……、じゃあ今度会った時に話すよ』

 真木さんは、そういって『じゃあね』とアッサリと電話を切ってしまった。

「真木さん……」

 だから、今度って、いつ? 明日? 明後日? 
 
 切れた電話を戻して、僕は再びお布団の中で丸くなった。真木さんの残り香を少しでも長く感じていたくて。





---


お読みくださりありがとうございました!
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BL小説・風のゆくえには~グレーテ23

2018年07月03日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ


【真木視点】


 シャワー室を出てから、携帯メールの着信に気が付いた。相手は、古谷環、だ。

(空封筒の件か?)

 一応、ホテルについてチヒロの到着を待っている間に、今日のお礼と、先に失礼したお詫びと、チヒロ経由でもらった封筒の中身が入っていなかったということをメールしておいたのだ。その返事かもしれない、と、一瞬、携帯を手に取りかけたけれど、

(まあ………いいか)
 もう深夜2時半を過ぎている。読んだところで返事もできない、という言い訳を自分にして、放置することにした。

 せっかくの今の甘い気分をまだ味わっていたい。

「真木さん?お仕事ですか?」

 チヒロが、立っている俺の背中にピトッとくっついてきた。

 ああ、本当に、驚くほど、愛しさが広がっていく……

「違うよ。何でもない」

 手を回して肩を抱き、窓際に連れて行く。チヒロの好きな景色。この時間だから若干光が少ないだろうか。でも、チヒロはほんのりと頬に笑みを浮かべて言った。

「やっぱりここからの眺めが一番好きです」
「……そう。よかった」

 こめかみにキスをする。頭を撫でる。可愛くて、愛しくて、しょうがない。

「真木さん」
「うん」
「…………」
「…………」

 名前を呼ばれる。見つめ合う。それだけでこんなにも満たされる。こんなこと今まで一度だって経験したことがない。

(さっきの、イッた瞬間のチヒロ……今までみたことのない可愛さだったな……)

 俺の手の中に白濁を散らし、蕩けるような目で俺を見上げてきたチヒロ。挿入もしていないし、俺自身は射精していないけれど、心が満たされていて、そんなことの必要性を感じなかった。

 今まで何十……いや、百以上の相手と体を繋いできたけれど、こんなにも充実感を得られた交わりは初めてだ。容姿もテクニックも関係ない。射精すら必要ない。ただ愛しいという気持ちだけで、こんなにも満たされる。

 もっと気持ちよくしてやりたい。その蕾にゆっくりと侵入して一つになって、優しく包み込んで、それから………、なんてことも、一瞬頭をよぎった。………けれども。

(なんか………もったいない)

 今の関係をもっと堪能したい。そんなことを思って、それ以上の行為に及ぶのはやめてしまった。

 もっと甘やかしたい。もっと蕩けさせたい。

(そうだな………あと何回かはこのまま………)

 そう思いかけて………ゾッと嫌な感覚に囚われた。

(俺はあと何回、この子に会えるんだ……?)

 あと………、あと何回?

 ああ、ダメだ。今、それを考えるのは止めよう。

「真木さん?」
「うん………」

 ぎゅうっと抱きしめる。すがるように。
 今は考えたくない。

「………。明日の朝はルームサービス取ろうか。チヒロ君は何か食べたいものある?」
「……………」

 すると、チヒロはゆっくりと顔を上げ、ふわっとした笑みを浮かべた。

「真木さんと一緒に食べられるならなんでも嬉しいです」
「……………そう」

 そっと口づける。
 こうして毎日、君と一緒に夜を過ごし、一緒に朝を迎えられたら、どんなに幸せだろう。



 でも、翌朝………
 俺は寝ているチヒロを置いて一人でホテルを出た。古谷環に会うためだ。

 明け方目覚めてから、何の気なしに読んでみた古谷環からのメール………。題名もないそのメールは、本文もアッサリしたものだった。


『ヒロ君のこと、美味しくいただいた?』


 ……………。

 ……………まずい。

 指先から血の気が引いていったのが分かった。

 古谷環は、兄の知り合いだ。

 どう言い訳する? どう口止めする?
 そもそも、チヒロが俺のところにきたことを、何故、環は知っているんだ? チヒロと俺のことをどこまで知っている?


(冷静に…………冷静になれ)

 頭を振り、息を吐き出す。そして、カーテンを開け、朝焼けの町を見下ろした。
 数時間前、チヒロと一緒に見た夜景は夢の中のことで、こちらの景色が現実だ。

 そう現実は………

(あの夜景を見せられるのも、真木家のおかげ)

 勤務医の給料などたかが知れている。俺が今、これだけの生活ができるのは、すべて真木家に生まれたからなのだ。祖父の遺産、自動的に手に入った不動産、役員手当て……、このホテルのこの部屋が優先的に使えるのも、真木家のおかげだ。

 生まれてからずっと、これだけの贅沢を享受してきて、今さら、家を裏切るなんて出来るわけがない。この生活は、俺が家族に尽くすことと引き替えに存在していた。そのことは俺が一番良く分かっている。

(………チヒロ)

 穏やかに、少し笑みを浮かべながら眠っているチヒロ。初めて手に入れたこんなにも愛しい気持ち。

『ルームサービス、好きなもの注文して。一緒に食べられなくてごめんね』

 そう、書き置きをして、ホテルを出た。
 せめて、あと数回だけでも、チヒロとの時間を持てるように、俺はこの危機を乗り越えなくてはならない。


***



 出勤前の数分間だけでいいから会って話をしたい、という俺の申し出に、古谷環は快く応じてくれた。

 待ち合わせの駅の改札口。
 朝から完璧な化粧で完璧な美人を形作っている環は、雑踏の中でもすぐに分かるくらい目立っていた。まあ、それはお互い様で、俺も相当に目立つので、環もすぐに俺に気がつき、ニコニコしながら、手を振ってきた。

「やー、かもねぎ君!」
「………………………………………は?」

 かもねぎ? カモネギ? 鴨ネギ、か?

「何を………」
「私、君みたいな男と知り合いたくて、あの店通ってたんだよ。君、まさに鴨ネギ。鴨ネギ過ぎてビックリしたわ~」
「………………………………………は?」

 何を言って………

「ねえ、真木君」

 俺の戸惑いを物ともせず、環は大きな目をイタズラそうに光らせながら、ニッコリと言った。

「私と結婚して」
「え?」

「結婚、して?」
「…………………………………、は?」

 は?

 は?

 は、しか言えない俺に、環はずいっと顔を近づけて、そして、小さく、囁いた。

「そうしたら、君の秘密も守れるかもよ?」
「!」

 思わず目を見開くと、環は楽しそうにケタケタと笑いだした。



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