「女優になりたいという女性は多いです。中には大人になってからずいぶん経った人もいますが、彩乃さんの年代は特に多く、彼女たちにとって女優は憧れの職業なのでしょう。しかし、鑑定結果で50ポイントを越えるのは10人に1人から2人です。彩乃さんの数値は高いといえます」
「そうですか。50を超えてよかったです」
言葉とは裏腹に彩乃の声からは喜びが伝わってこない。
「彩乃。先生が高い数値とおっしゃっているんだから、もうちょっと嬉しそうにしたらどうなの?」
母が娘をたしなめる。
「彩乃さんは優等生だから、テストで64点なら嬉しくはないでしょう。しかし、それとは全くの別物。確率を示しているというのも半分外れています。確率ならば51と49の差は気にする必要のない細かなものです。しかし、この鑑定は50を境に才能の川が流れています。それは泳いで渡れる距離ではありません。彩乃さんは基準の50からさらに14ポイント加算されています。そのように理解して下さい」
藤田の口調はいつもながらに冷静だ。彩乃も藤田の説明を聴いて納得したのか、鑑定結果を見た直後と比べると、見違えるような明るさを纏っていた。
「それでは私はここで失礼します」
応接室を出た廊下で藤田は言った。
「先生、本当にありがとうございました。これから娘も目標に向かって前向きに取り組んでいくと思います。主人も納得せざるを得ないでしょう。彩乃からも先生にお礼を言って」
母親は娘に促した。
「ありがとうございました」
彩乃は軽く会釈した。
母親には物足りなかったのか「全くしょうがない子だね。先生すみません」
と言ったが、声色は明るかった。
「佐藤君、お二人を出口まで見送って」
「あっ、はい」
佐藤は白い歯を見せた。
藤田は遠ざかっていく母と娘の背中を見送った。
突然、彩乃が振り返り「先生、私、必ず女優になります」とはっきりとした声で言った。
「楽しみにしているよ」
藤田は彼女の目を見て大丈夫との意味を込め、頷いた。(終)