ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

肉体を盗んだ魂(5)

2016-08-31 23:42:02 | 小説
「そこの古い魂どいてくれ。頼むから」

老人は何らかの気配を察したのだろうか?歩調を緩めることなく、僕を容易にふるい落とした。いったん、アスファルトに叩きつけられたが、逆引力により、また僕は浮いた。このまま空まで飛んでいってしまいそうだったから、必死で下へ下へ向かおうとした。老人の後ろ姿が次第に遠くなる。彼のペットの姿も。

「仕方ない。ここまできたら犬でもいいか」

そう考え付いた時には、すでにターゲットを追う力も残っていなかった。その場にとどまり続けるだけで精一杯だった。



遥か前方に映る老人と犬とすれ違った人が、こっちに近づいてくる。若い女だ。僕の力がすべて抜けた。だからてっきり、空に吸い込まれたのだと思った。しかし、どうやら違う。街の景色に変わりはない。ただ、目の前の若い女だけが消えたのみだ。



理解するまでに時間がかかった。そして、ようやく確信した。「助かったんだ」と。何故、受け入れてくれたのかは解らない。とにかく彼女の優しさに僕は救われた。それにしても体内は心地いい。疲れた。しばらく眠りたい。人体の操縦はもうひとつの、というよりは本物の魂に任せておこう。






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肉体を盗んだ魂(4)

2016-08-31 23:35:24 | 小説
まずは同世代の若い男の中に潜り込もうとする。背後から。正面から。しかし、思うようにはいかない。あっけなく拒絶された。当たり前だ。ひとつの魂がひとつの肉体に住み、支配しているのだから。それでも奇跡を信じるしかない。まだ生きたい。どうしても生きたい。



じかに外気に触れ続け、僕は苦しくなる一方だ。同時に空からの引力が誘ってくる。急がなければならない。若い男だけに拘っていては駄目だ。老若男女。いくら何でもそれは範囲を広げすぎか。だが中年ぐらいまでなら仕方ない。高望みをしている場合ではない。40代ぐらいのサラリーマン風の男に体当たりする。駄目だ。鍵がかかっている。

前から若い女が歩いてくる。出来れば女は避けたい。しかし僕の限界も近づいている。もう性別も選んでいられない。若い女に飛び掛った。やはり駄目だった。簡単に跳ね飛ばされてしまった。もう見込みはないのか?老人が犬を連れて通り過ぎていく。年寄りなら生命力が衰えていて、入りやすいかもしれない。僕はターゲットを追いかけ、飛び掛った。
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肉体を盗んだ魂(3)

2016-08-31 21:42:30 | 小説
その時である。僕は滅びつつある肉体の上にポカンと浮かび上がったのだ。全く興味などないが、これが幽体離脱というものなのか?恐る恐る視線を落としていくと、僕が抜けたことでとどめを刺された、無残な若い肉体が転がっている。



とにかく、ここから離れたい。宙を彷徨いながら次第に喧騒と距離を置く。しばらくして救急車の音とすれ違った。目的地はわずか19年で幕を閉じた肉体が眠っている場所に違いない。もっとあそこで生きたかった。無念だ。しかし、何よりもまず、魂の新たな住み家を探さなければならない。何だか苦しくなってきた。どうやら空気に直接触れることで、僕は傷つけられていくようなのだ。

「急がなければ」
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肉体を盗んだ魂(2)

2016-08-31 21:35:45 | 小説
少しだけ、予想外のタイミングだった。横断歩道に差し掛かったとたんに、信号が赤に変わったのだ。ここで信号に従えば、間に合わない可能性が高くなる。オリンピック選手でもないのだが、ここで立ち止まっている1秒1秒はずしりと重い。僕は軽く左右を確認した。何も来ていない。やや勢いをつけて渡り始める。



その瞬間だった。なかったはずの白い車体が視界に入った。もう手遅れだ。僕は撥ねられた。急ブレーキをかけた運転手が車から降りてくる。じわじわと広がっていく人の輪と赤のじゅうたん。誰かが「救急車、救急車」と叫んでいるようだが、もう間に合いそうにない。僕は僕の肉体から抜け出すことを決意した。次々と体の機能がストップしていくようだ。僕は慌てた。苦しみのさなかの肉体の中で。だが脱出できない。諦めたくはなかったが仕方ない。これが運命なのだろう。神を恨みつつ、身も心も委ねた。
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肉体を盗んだ魂(2005年作品)

2016-08-31 21:15:44 | 小説
気の利かない朝だ。目覚まし時計のうんざり音をようやく手探りで止め、僕はへばりつくベッドから何とか体を切り離した。だらだら急いで着替えを終え、洗面所で顔を洗い、台所へ向かう。そこにはまだ姉の亜季がいた。朝食を終え、会社へ向かうまでの、せわしない時間のようだ。

「あら、珍しいのね一成君」

「今日は一限目から授業があるんだよ」

「じゃあ、戸締り頼んだよ。そこの暇な人」

玄関で急ぎの靴音を鳴らし、亜季は出かけた。母の明子はもう仕事場に着く頃だろう。一週間の中では最も早く起きる日でも、母、姉、弟の順に自宅から消える仲田家の序列は変わらない。



まだパン一枚ぐらいは食べる時間はありそうだ。焼きたてのパンを素早く牛乳でかき込む。普段ならもっとゆっくりテレビでも見ながら、インターネットにも目を通して、というところなのだが、木曜日だけはそういう訳にもいかないのだ。一限目が出席重視である上、遅刻にやたらと厳しい先生なのだ。



だが、気分は重いばかりではない。大学に入学してから2ヶ月近く経ち、友人との会話も随分スムーズになった。彼らと親交を深めるのも悪くない。それ以上に楽しみなのが、付き合い始めた彼女に会えることだ。急に体が軽くなったような気がした。このふわふわな足なら間に合ってくれる。遅刻しないために乗らなければいけない列車がホームに滑り込むのが5分後。僕がこのままのペースで歩き続ければ、ホームに辿り着くのも5分後。だが妙な自信がある。今日の僕の足はふわふわだ。











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繊維筋痛症とパニック障害

2016-08-24 23:08:22 | 闘病
オリンピックも高校野球も、台風がどこかへ連れていってしまったようです。印象に残った競技はいくつもありますが、客観的に見て、最も偉業だなと思うのは、男子体操の内村選手の個人総合連覇です。団体でも大黒柱としてチームを金メダルへ導き、体操ニッポンを強く印象付けました。満身創痍の中で、よくやりましたね。

さて、北川景子のドラマを見るためか、珍しく前番組の世界仰天ニュース(でいいのかな)を見ました。そこで高校時代から原因不明の激しい全身の痛みに悩まされる20代前半の若い女性を取り上げていました。ようやくたどり着いた病名は繊維筋痛症。周囲で音がするだけでも激痛が走るそうです。その辛さは到底、想像の及ぶものではありません。

しかし、自分もパニック障害となって27年が過ぎました。彼女が周りに病気を隠そうとしたり、夢や結婚を諦めなければならない胸中は、よく分かります。自分もそうでしたから。幸いに彼女の場合、自らの症状に合った薬が見つかり、少し状況は良くなり、病気を知ってもらうための講演などにも前向きに取り組んでいます。しかし、病状は5段階ある中で3番目に重いそうです。彼女より重いレベルの段階になると、ほとんど寝たきりになるということです。

繊維筋痛症の患者は約200万人だそうです。命を奪う病気ではないようですが、痛みに耐え切れず、自殺する人も少なからずいるそうです。パニック障害の場合も直接的に命を奪われなくても、うつを併発するケースが多いので、やはり結果的に自殺に至るケースもあります。自分も抗不安薬とともに抗鬱薬も併用しています。

繊維筋痛症とパニック障害。共通するキーワードは脳の誤作動。この誤作動を修正するような薬が出現すれば、この2つの病気のある程度の部分はかなり改善されるのではないかという気はします。それが10年後か100年後かは分かりませんが。人間の体はマラソンを2時間続けたぐらいでは疲れないそうです。脳が疲れたという信号を出すから、体が疲れたと錯覚を起こすそうです。ヒトの脳は、大変優れてはいるけれど、同時に厄介なものでもありますね。

正直な話、自分もレキソタンという薬の力で、何とか日常生活は送れていますが、この先、何を目的に生きていけばいいのか分かりません。しかし、彼女はまだ若い。新たな治療法も見つかるかもしれない。希望を持って生きて欲しいです。
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どこかの父と息子の会話

2016-08-23 22:22:50 | 
「随分、色褪せたな。この街も」

父は微かに呟いた。しかし、小さな耳は聴こえが良かった。

「ずいぶんって何?」

「自分で調べなさい」

「うん。じゃあ、いろあせたって何?あつい時にかくあせ?」

「そう。太陽に当たると汗かくだろ。それで色が落ちちゃうんだな」

「色があせないものってあるの?」

「それはないな。みんな色褪せる。いや、もしかしたら、あるかもしれない。でも、それは眼に見えないな」

「ボクにも見えない?」

「うん。お前にも、パパにも見えない。人間には見えない」

「パパ、何でうちにはママがいないの?」

「知らない」

息子はうつむき、会話は途切れた。いつしか二人は古びた住宅街を抜け、田んぼに挟まれた細い道を、赤く熟して潜もうとしている陽に向かって歩いていた。蝉の求愛が騒がしく聴こえてくる。



「パパ、疲れた。肩車してよ」

「せっかく足があるんだから、歩きなさい。もうこれ以上、歩けないところまで」

しばらく黙ったまま、二人は歩いた。息子は父の顔をじっと見ている。



「ねえ、ママがいないのもボクがしらべるの?」

「そうだなあ。それは調べなくていい。もう少し、お前の背が伸びた時に、パパが教えてあげよう」

「うん」



程なく父親は息子を担ぎ上げ、肩車をしてやった。

「やった。らくだあ」

「特別だぞ。でも、さっきパパが言ったこと忘れるなよ。自分の足で歩け。倒れるまで歩きなさい。その場所がお前のゴールだ」

息子は、父より少しだけ空に近いところで、小さく頷いたようだった。
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コインの悲劇

2016-08-19 21:08:41 | 
コイン3枚すべて裏目

もしかしたら人の幸運や不運は、こうした小さな積み重ねなのかもしれない


死は人生で最も大きな悲しみかもしれない、苦しみかもしれない。

しかし、不運や悲運ではない

誰もが間違いなく経験すること

大病もたいていの人は経験するだろう

不運とは言い切れない


しかし、コインが裏目に出ること

そしてそれが積み重なることは、不運ではないか?

1回、5回、10回、100回、1000回

すべて自分の願いと異なる世界が現れたら、どんな気持ちになるだろう?


盛況のうちにオリンピックが終われば、次はパラリンピック

街で障害者たちを見る、人の眼は

暖かいようで、冷徹なようで、同情しているようで

哀れみの感情で彼らを見つめる傲慢

哀れみの感情で見られるべきは彼らではなく、コインが裏目に出る性質の人たちなのだ

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生きて、死ぬ

2016-08-12 21:39:18 | 
今日も探したが、また見つからなかった

希望とか、生きる意味とかいう幻想を


生きて、死ぬ

ただ、それだけの事だ

それだけが動かぬ真実としてある



人が他の動物たちと違うのは、生きることに意味を持たせようとすることだ。

車や時計、紙幣や言葉

それらも人と彼らとの違いを識別する材料ではあるが、些細だ。



生きて、死ぬ

生きとし生けるもの、それだけは平等だ

しかし、人はそこに意味を持たせたくて仕方ない

だから僕も人の端くれとして探すのだ

どこかに落ちているのではないかと探すのだ
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イチロー、そして彼の真のファンへ「おめでとう」

2016-08-08 21:14:00 | スポーツ
いよいよ、リオオリンピックが開幕しました。日本勢では、水泳の萩野公介選手が金メダル獲得。400m個人メドレーというところに意味がある。金5個分、いや10個分の価値があるといっても過言ではないでしょう。この種目を制した者こそ「水の王者」と言えるからです。

イチロー選手が米通算3000本安打を達成しました。長い歴史を誇る大リーグでも30人目の大記録。三塁打で決めたのも彼らしい。イチロー選手、おめでとう。

さて今日のタイトルで、何故あえて「真のファン」としたかといえば、イチローには常にファッションで「イチローファン」と名乗る人が多いからなんです。「彼のプレーはぜんぜん分からないし、顔と名前が一致する程度だけど、イチローと言っとけば間違いないでしょ」的な。

その結果が「好きなスポーツ選手なんちゃらかんちゃら1位」。果ては「理想の上司」。かつてイチローは「もし野球選手でなければ、いま何をしていますか?」の問いに「わからないなあ。ただサラリーマンにはなっていないだろうね」。彼は組織になじむタイプの人間ではない。それすらも理解していない人が多いのが現実です。



ドラフト4位でプロ入り。当時の触れ込みは「篠塚の打撃技術に福本の足を持つ男」。1,2年目は当時の土井監督とそりが合わず、ブレイクしたのは仰木監督が就任した3年目。なんと210安打を放った。当時はまだ130試合の時代だから、その凄さがより鮮明になる。

その数字の原動力となったのは、卓越したバットコントロールと内野安打。特に内野安打に関しては、憧れていた前田智徳から「そんなに必死に走るな」との言葉を浴びせられた。勿論、内野安打への評価はさまざまだが、イチローの心が前田から離れたのは確かだろう。

マスコミには強い不満を持っていた。「振り子打法」と名づけられた事に対しても「違うんですよね」。振り子というと常に一定のリズムという印象がある。しかし、彼のバッターボックスでの世界観では、ストレート待ちで変化球が来て、タイミングを合わせようとすれば、「振り子」では打てないし、インパクトの瞬間も一瞬、止まる感覚があるのだろう。そうした意味ではマスコミもファッション的なのだ。

メジャーへ渡り、首位打者を獲得し、シーズン最多安打記録を打ちたてもした。イチローは「40本塁打、打てる自信があります。ただし打率2割2分、3分でいいなら」と語ったことがあった。つまり、常に打球を右方向に集め、ボールの下半分にバットを入れればという話だろう。実際、彼のパワーなら打てたと思う。しかし、それではレギュラーとして使ってもらえる保証はないが。

ああ、久しぶりに野球を語りました。イチロー選手、大偉業、本当におめでとう。ならびに真のイチローファンの方々、おめでとうございます。
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