ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

旅人の影

2025-01-28 12:14:39 | 
馴染みの店がまたひとつ消え
跡地は住宅に占められている
小さな物語が終わりを告げ
またひとつ街は色褪せた

振り返れば細々とした道
妙に嫉妬深い日もあれば
なぜか感慨深い日もあった
支え合う喜びに満たされた日もあったろう
不意に訪問した悲しみに崩れ落ちた日もあったろう
この世に打ちひしがれながら
笑って生きる人間の曲芸

誰もが時の住人であるからには
確かに今日の自分は最も老いていて
しかし今日の自分は最も若い
どちらを選ぶかは心に吹いた風にまかせ

不安を抱えていた朝が遠くに見える
ともかく一日が終わろうとしている
優しい月がなだめるように旅人を照らす
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剛腕、冬に散る

2025-01-24 13:12:25 | 
西山朋佳の顔は晴れやかに映った
むしろ、相手の試験官の方がよほど殺伐としていた
普段通りの顔なのか
あるいは特別な対局に臨むからなのか
それは分からない

僕は仕事が休みで、メンタルクリニックの待合室にいた
運命の第5局が気になり、たまに小さな盤上を見ていた
序盤の駒組みの段階で、西山は差をつけられていく
40対60 30対70
彼女の最大の弱点が露呈していた

2勝2敗で迎えたプロ編入試験最終局
僕は西山は負けると思っていた
力が互角では勝てないだろうと
直接的な理由は第2局がコロナの後遺症が残る中で
力を出せず負けたこと

もう少しさかのぼれば5年前
奨励会三段リーグで西山を含め3人が14勝4敗で並び
順位が下位の彼女だけがプロになれなかった
これまで14勝した者で、プロ棋士になっていないのは西山だけ
才能や努力では埋まらない
運命に似たこぼれ落ちていく砂
それでも、少しの望みを抱き、自宅に帰った僕は西山の将棋を見た

人のために、こんなに力を入れて観戦したのはいつ以来だろうか?
この将棋に限れば試験官の出来が良すぎた
それでも終盤に差し掛かり、西山の類いまれなる攻撃力が敵陣を乱し始める
西山の長い腕が盤上に伸びた
角頭に歩を叩いた
その隣には敵玉がいる

次のAIの候補手を見た解説者は言った
「人間には無理ですね」と
それもそのはずである
角を逃げずに攻めることを推奨したのだ
しかし、その試験官は指した
西山の玉頭に歩を打ち捨てた
西山が金で払った後、王手にもなっていない7五桂打
この迫力不足に写る手が最善だったのだ
藤井聡太でも難しい手順を
公式戦で勝ったり負けたりの試験官が導き出したのだ

このやり取りを境に西山は劣勢になった
剛腕に似つかわしくない白く美しい指に生気がなくなった
135手で西山投了
すべてが終わった
外はとうに暮れていた
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傍観者の化石

2025-01-20 12:35:16 | 
エベレスト、マッキンリー
そこまでいかなくとも
身近にある数百メートルの山々

登頂できたか、断念したかの結果は残る
しかし、その裏にもうひとつの真実がある
登ろうとしたか、しなかったか
頂上に届かなかった事実は同じだが
自分に嘘はつけない
挑戦者には悔いとささやかな充実が残り
傍観者には部外の虚しさが残る

「ならば挑戦者でありたい」
そう言い切りたいのだが
成功したい思いが邪魔をする
年を重ねるほどに、その難しさが身に沁みるから

そして人は傍観者の化石になっていくのかもしれない
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性悪説辞典

2025-01-17 15:06:52 | 
優しい声は悪魔の影
笑みに混じった凍りつく牙

君ならできるは黒い虹
引きずり引きずり倒れるまで

諦めるなの大概は
諦めた方が正解だ

良いことがあるから急いでは
その声の主に良いことが起こるのみ

お前のために心を鬼にするは
偽りの恩人の常套句
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いつからいつまで

2025-01-14 11:35:20 | 
50を過ぎてもう何年?
50を過ぎてあと何年?
阪神の震災から何年たった?
あの赤黒い震災から

桜が咲くまであとどれだけ?
見るたびにぼんやりとしていく
あの橋が渡れなくなったのはいつから?
あの川を渡るのはいつ?

街角に響く子らの声
いつの時代も彼らは
大きな力で包まれている
それが家族なのか、社会なのか
あるいは神様なのかは知らないが
いつからかいつかまでは包まれているのだ
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婆さん

2025-01-10 12:54:18 | 
正月、僕は母方の婆さんを思い出した
婆さんは1キロほど離れたところに暮らしていた
僕が2才のある日、ポットを誤って動かしたらしく
熱湯を手にこぼし、大泣きしたそうだ
婆さんは大慌てで、1キロの道を走ってきたらしい

今では右手の甲にあるアザは
目を凝らさないとわからない程だが
子供の頃はもっとくっきりしていた
婆さんがアザを見るたびに
「あんなところまで走れたんだから、若かったんだよな」
と笑いながら言った

少し成長した僕が婆さんにかけられた言葉がある
「人に悪いことをされても、悪いことはするなよ」
その抑揚まではっきりと覚えている
学がない哲学者のようだった

今でもたまに思い出すが
なかなか理解が出来ない
優しくも厳しい明治女の言葉だった
数十年経っても結論の出ない言葉を置き去りにして
婆さんは旅立った
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