白雲去来

蜷川正大の日々是口実

サニーサイド・アップで朝食。

2014-06-20 11:28:07 | インポート

六月十九日(木)晴れ。

学校が試験休みだと言う子供に起こされた。時計を見ると十時に近かった。遅い朝食を子供と一緒に取る。メニューは、ハムエッグスにキャベツの千切り添え。そう言えば、目玉焼きのことを「サニーサイド・アップ」ということを教えて貰ったのは山下町にあったレストラン「ホフブロイ」のオネエサンだった。今の場所ではなくて、シルクセンターの並びにあった頃で、早朝からオープンしていた。

友達と、そこの朝食を食べに行った時に、「ハムエッグス」を注文したら、「玉子の焼き方は」と聞かれ、エッと思ったことが最初で、そこのお店の人から「スクランブルでもオムレツでもハムを添えればハムエッグ」と教わった。目玉焼きのことは「サニーサイド・アップ」と知っただけで、大人になったような気がしたものだ。私はまだ十八歳だった。

では、なぜ目玉焼きのことを「サニーサイド・アップ」というのか。これは、丸い黄身の部分を「太陽(sun)」に見立て、その面(side)が上を向いている(up←facing up)からでしょう。sunny side で「太陽(の方の・が当たっている側の)面」・アメリカなどでは、これを一度ひっくり返して両面半熟焼きにするような場合、over-easy と言うことはご存知の通り。レストランで fried egg を注文すると→Would you like your eggs sunny-side up or over easy? 「卵は目玉焼きにしますか、両面焼き半熟にしますか」と尋ねられる場合もあるそうだ。

ちなみにオーバー・イージー(over easy) - 白身はやわらかく、黄身もほとんど液状。オーストラリアなどはサニーサイドダウンsunny-side downという。アメリカではover easyが一般的。
オーバー・ミディアム(over medium) - 黄身は半熟。オーバー・ハード(over hard) - 黄身まで固焼き。知ったかぶりをしていますが、みんなパソコンからのコピペです。

案の定、二日酔いで、午後まで何もせずに過ごした。二時過ぎに子供が参考書が欲しいと言うので伊勢佐木町の有隣堂へ。あと千円買えば駐車場が無料になると言うので、大下英治さんの「日本最大の総会屋『論談』を支配した男」(青志社刊・1500+税)を購入してから帰宅。夜は、恐る恐る少し飲んでから、大下さんの本をイッキ読みした。


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民族派、保守陣営の中でも賛否両論か。

2014-06-20 11:01:27 | インポート

六月十八日(水)曇り。

慌ただしい一日だった。アジの干物、納豆、私が漬けたキュウリと大根のおしんこにシジミスープという正しい?朝食を済ませた後に、掛りつけの医者に行き、いつもの薬を貰いに行き、その足で歯医者へ。自宅に戻って、テストで午前中に帰ってくる子供に、昼食用のサンドイッチを作ってから東京行き。

今日は、二時半から私が役員を務めている大行社の定例会議がある。顧問の四宮正貴先生に続いて所感を述べさせて頂いた。

集団的自衛権に関して、民族派、保守陣営の中でも賛否両論がある。驚いたのは、保守の学者のセンセイなどが、左翼の人たちと一緒になって反対の声を上げていることだ。端的に言うと、反対している人たちは「憲法を改正せずに『解釈』だけで集団的自衛権の行使は良くない」。ということらしい。しかし考えてみれば、現在の自衛隊の存在そのものが、憲法九条の勝手な解釈によって存在している。日本国憲法にはこう書いてある。

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

小学生が読んだって、自衛隊は憲法違反と言うに違いない。しかし、世界の情勢、緊張するアジア諸国の中にあって無防備でいられないからこそ、いや憲法を改正している暇も、自民党に力がない(改憲の)からこそ「解釈」で自衛隊が存在している。三島由紀夫は「檄」の中でこう指摘している。

「われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。」

TPPの時もそうだったが、今回の「集団的自衛権」に関しても民族派、保守陣営の中でも様々な意見がある。まあ良く分からん。四宮先生ではないが「憲法守って国が滅びては駄目だ」

大行社の会議が終了後に、副会長の周本昌山氏と共通の盟友である折本満氏のお見舞いに行った。この間行った時よりも顔色も良く、元気そうだったので安心した。一階のエントランスまで送りに来てもらった彼に再訪を約して別れ大行社の懇親会に参加するために六本木へ。道中、周本氏から、「最近、大手マスコミの編集長や、大使館の偉い人、あるいは運動に生涯を捧げて頑張っている女性たちと会う機会が多いが、そういった人たちと会い、話をしていると自分は、その人たちの内面に近づきたいと思う」。と言うようなことを話された。

最近の周本氏は、大行社の運動はもとより、戦後六十七年に渡って北朝鮮地域に残されたままの、約三万名の日本人遺骨の収容と墓参の?実現を目的に努力している「北遺族連絡会」の運動や、韓国問題に奔走して、まるで水を得た魚の如くに活躍をしている。そんな彼に学ぶことの多い昨今でもある。

六本木で、したたか酔って、小針政人君を誘って先輩たちが飲んでいると言うホテルのラウンジへ押し掛けた。このホテルのロビーで野村先生を見送ってから二十一年が過ぎた。久しぶりに大破・轟沈して帰宅。


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パリのオテル・リッツにて。

2014-06-20 09:37:54 | インポート

六月十七日(火)曇り後晴れ。

冷やご飯が沢山あるので、朝は、五目チャーハンをいっぱい作って朝食にし、余ったものはお弁当に持たせた。おかずは「メンチカツ」に「肉団子」。冷凍食品とレトルトの物だ。

朝食後は、事務所にて資料整理。懐かしい原稿が出てきた。それは、野村先生が亡くなられた翌年に、石原慎太郎氏からインタビューを受け、それが石原氏の「ある行為者の死」という短編になった。そのコピーが私のファイルの中にあった。

その中で、石原氏が一番興味深かったと言うエピソードがある。それは先生が亡くなる前年の平成四年の夏に、ローマ、シチリア、パリを二週間かけて廻ったパリのホテルでの出来事。

私たちが泊まったのはダイアナ妃の最後の宿となったパリのオテル・リッツ。このホテルはヨーロッパでも格式の高いホテルとして有名だが、そこに宿泊する賓客の安全を守るために、夜になるとホテルの入り口に、特殊部隊の隊員のような制服をまとったガードマンが三人、それぞれドーベルマンを連れて立っている。その番犬は目が合うだけで、恐ろしい唸り声を発してあたりの客を威嚇するのである。私などはなるべく犬から遠ざかって出入りしたものだが、ある時野村先生が、そのドーベルマンに近付いて行き、頭を撫でると、何とドーベルマンは寝転んでお腹を見せて先生に甘えているではないか。

他の犬達も同じように先生の傍に寄ってきて甘えるしぐさをしている。驚いたのはガードマンである。絶対に飼い主以外の命令はもちろん、他の人には慣れないように訓練されているはずのドーベルマンが見知らぬ男に一瞬のうちに甘え、屈伏されたのである。つまり、動物達には先生の内に潜む野性や無頼といったものが、感じられたのに違いない。

そういった感性は、かつてほとんどの日本人が持ち合わせていた。たとえば「殺気」を感じたりすることや、とっさに危険な場所、あるいは人物を見分ける能力といったものだ。なぜ、そういった感性が失せてしまったのだろうか。それは戦後の飽食の平和の中で忌み嫌った「死」や「暴力」といった実は避けて通れぬ大命題をまやかしの平和論とすり替えて、なるべく触れたり直視したりする事を避けてきた当然の結果なのだ。それは三島由紀夫が指摘した「無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない」戦後の日本人の姿に象徴されている。

「リッツ」での来事は、「ある行為者の死」の中に描かれている。先生と旅をしていると、こういった信じられないような出来事に幾度も遭遇した。それを伝えて行かなければと思っている。

43230001 ※映画「真昼の情事」の舞台や、ココ・シャネルが部屋として使っていたパリの「リッツ」にて。ナイトクラブ「リド」に行く前に。

43170001 ※翌朝の「リッツ」の前で。これから「セーヌ下り」に出かける所。

夜は、酔狂亭で、アコウダイの粕漬け、冷奴、おしんこ、ソーセージを肴に月下独酌。


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