六月十二日(金)曇り。
咳で寝ていても熟睡できない。のども痛いし熱も出てきた。仕方がないので、一日布団の中で横になって安静にしていた。身体は正直なもので、具合が悪い時はいくらでも寝ていられるから不思議だ。
かつて獄中に在る時、退屈しのぎに様々な文章の暗記に精を出した。まず最初に覚えたのは、唐の創業の功臣、魏徴の「述懐」。私の持っている『唐詩選』の一番最初に出てくるもので、今でも一番好きな詩である。漢詩は歴史の故事の宝庫で、この「述懐」を知ってから、漢詩と中国史が好きになった。次が白楽天の玄宗と楊貴妃のラブロマンスを詠んだ「長恨歌」や前漢の高祖の功臣である張良のことを思い、「古を懐うて 英風(英雄の風姿)を欽う(慕う)」と詠んだ李白の「經下邳圯橋懷張子房」(下邳(かひ)の圯橋(いきょう)を経へて張子房(ちょうしぼう)を懐(おも)う)なである。
日本のものでは、二・二六事件の「蹶起趣意書」や大石弥太郎が起草し、武市瑞山が清書した「土佐勤王党盟約文」などであるが、若かったこともあり、「土佐勤王党盟約文」などは就寝の前に必ず復唱したものである。しかしながら二十余年の歳月と酒の力は恐ろしい。布団の中で、かつて暗記したものをそらんじようと思ったが、どれも最後まで思い出せない。情けなかったが、当時のノートを引っ張り出して初心に帰ってみた。
「堂々たる神州、戎狄の辱しめを受け、古より伝はれる大和魂も今は既に絶えなんと、帝は深く歎き玉ふ。しかれども久しく治まれる御代の因循委惰といふ俗に習ひて、独りもこの心を振ひ挙げて皇国の禍を攘ふひとなし。かしこくもわが老公つとに此事を憂ひ玉ひて、有司の人々に言ひ争ひ玉へども、かえってその為めに罪を得玉ひぬ。かくありがたき御心におはしますを、などこの罪には落入り玉ひぬる。君辱めを受くる時は臣死すと。いわんや皇国の今にも衽を左にせんとするを他にや見るべき。彼の大和魂を奮ひ起し、異姓兄弟の結びをなし、一点の私意を挟まず、相謀りて国家興復の萬一に裨補せんとす。 錦旗若し一たび揚らば、団結して水火をも踏むと、爰に神明に誓ひ、上は帝の大御心をやすめ奉り、我が老公の御志を継ぎ、下は萬民の患をも払はんとす。されば此中に私もて何にかくに争ふものあらば、神の怒り罪玉ふをも待たで、人々寄つどひて腹かき切らせんと、おのれおのれが名を書き記し、おさめ置きぬ」「土佐勤王党盟約文」。
ボケを防止するために、日々励みます。酒のせいにはしたくはないが、嗚呼!
咳で寝ていても熟睡できない。のども痛いし熱も出てきた。仕方がないので、一日布団の中で横になって安静にしていた。身体は正直なもので、具合が悪い時はいくらでも寝ていられるから不思議だ。
かつて獄中に在る時、退屈しのぎに様々な文章の暗記に精を出した。まず最初に覚えたのは、唐の創業の功臣、魏徴の「述懐」。私の持っている『唐詩選』の一番最初に出てくるもので、今でも一番好きな詩である。漢詩は歴史の故事の宝庫で、この「述懐」を知ってから、漢詩と中国史が好きになった。次が白楽天の玄宗と楊貴妃のラブロマンスを詠んだ「長恨歌」や前漢の高祖の功臣である張良のことを思い、「古を懐うて 英風(英雄の風姿)を欽う(慕う)」と詠んだ李白の「經下邳圯橋懷張子房」(下邳(かひ)の圯橋(いきょう)を経へて張子房(ちょうしぼう)を懐(おも)う)なである。
日本のものでは、二・二六事件の「蹶起趣意書」や大石弥太郎が起草し、武市瑞山が清書した「土佐勤王党盟約文」などであるが、若かったこともあり、「土佐勤王党盟約文」などは就寝の前に必ず復唱したものである。しかしながら二十余年の歳月と酒の力は恐ろしい。布団の中で、かつて暗記したものをそらんじようと思ったが、どれも最後まで思い出せない。情けなかったが、当時のノートを引っ張り出して初心に帰ってみた。
「堂々たる神州、戎狄の辱しめを受け、古より伝はれる大和魂も今は既に絶えなんと、帝は深く歎き玉ふ。しかれども久しく治まれる御代の因循委惰といふ俗に習ひて、独りもこの心を振ひ挙げて皇国の禍を攘ふひとなし。かしこくもわが老公つとに此事を憂ひ玉ひて、有司の人々に言ひ争ひ玉へども、かえってその為めに罪を得玉ひぬ。かくありがたき御心におはしますを、などこの罪には落入り玉ひぬる。君辱めを受くる時は臣死すと。いわんや皇国の今にも衽を左にせんとするを他にや見るべき。彼の大和魂を奮ひ起し、異姓兄弟の結びをなし、一点の私意を挟まず、相謀りて国家興復の萬一に裨補せんとす。 錦旗若し一たび揚らば、団結して水火をも踏むと、爰に神明に誓ひ、上は帝の大御心をやすめ奉り、我が老公の御志を継ぎ、下は萬民の患をも払はんとす。されば此中に私もて何にかくに争ふものあらば、神の怒り罪玉ふをも待たで、人々寄つどひて腹かき切らせんと、おのれおのれが名を書き記し、おさめ置きぬ」「土佐勤王党盟約文」。
ボケを防止するために、日々励みます。酒のせいにはしたくはないが、嗚呼!