一月二日(木)晴れ。
朝八時に、志村親子、横田親子に迎えに来てもらう。今日は、恒例の皇居参賀。その後は靖国神社に初詣に行く。
東京に向かう車中で箱根駅伝をカーラジオで聞くが、今年は、東洋、駒沢、早稲田、日体大の四強の戦いになるだろう。花の二区で、山梨学院の外人選手が棄権。そう言えば、以前も、ここで山梨学院のエースが棄権したことがあった。
丸の内の、東京海上の本社ビルの前で同志らと待ち合わせ。松本佳展君の友人らがすでに到着していた。偶然にも国防連盟の渡邉会長や盟友の折本満氏らと会う。そして四〇年来の友人の川越氏とも会い同道する。
気のせいか、例年になく皇居へ向かう人が多いような気がする。東京海上の本社を過ぎた道路にはすでに警察の指導で人が列をなしている。こんなことは初めてである。マスコミは暮の安倍総理の靖国参拝を、さもアジアのすべての国や、アメリカが反対しているので「思慮なき行為」と批判しているが、サイレントマジョリティーは、一国の総理が国家のために亡くなられた方々に敬意を表することは、当たり前。と思っているのに違いあるまい。人々の心の中には「うるさい」という怒りが渦巻いていることと思う。安倍総理を支持する、しない、以前の問題である。
第一回のお出ましには間に合わず、第二回目のお出ましに聖寿の萬歳を高らかに三唱した。両陛下はもとよりご皇室の弥栄を心からご祈念申し上げ、何度も萬歳を三唱。日の丸の旗の波に目頭が熱くなる。
その後、靖国神社に向かう。靖国も毎年参拝客が多くなったと感じる。四五年前は、参拝するのに、並ぶなんて言うことはほとんどなかったが、今日は、手水場の辺りまで参拝客が並んでいた。いかにマスコミの「靖国報道」がいい加減なものか分かる。中国や韓国が難癖をつければ、つけるほど、皮肉なことに日本人は保守化し、以前なら、総理や閣僚が口にしただけで、その首が飛ぶような法案が通る。左にぶれていた戦後の政治が、やっと真ん中から右に寄ってきた。良いことだ。
いつもなら参拝の後に、茶屋で軽く直会をするのだが、混雑していて座る席もない。顔見知りの同志らにご挨拶して帰路に着いた。
自宅に着けば、サリーとパパがすでに到着。東京に一緒に行った人たちも徐々に到着して、我が酔狂亭で新年会。夜になって、大日本一誠会の木場君やアジア放浪から帰国した杉山天外君など、酔狂亭は大にぎわい。閉店したのは十時過ぎ。お疲れ様でした。
平成二十六年一月一日。(水)晴れ。
九時に、志村君親子と横田君と松本佳展君に迎えに来てもらい伊勢原へ。毎年正月は、野村先生のお墓参りを済ませてから、私の両親のお墓、そして平成十八年に四十九歳という若さで亡くなった板垣哲雄君のお墓参りをするのが正月の最初の行事である。
東名高速は正月とあって空いていた。途中海老名のSAで朝食。ここは混雑していてテーブルを探すのが一苦労だった。好きな物を選んで食べている時間がないので、今年の第一食は吉野家の牛丼。皆で、今年も貧しい食になりそうと呵々大笑。
浄発願寺にてご住職に年頭の挨拶を済ませてから野村先生のお墓に皆で手を合わせた。終了後に、私の両親のお墓へ。今年は下の子供が受験なので、力を貸して下さいとお願いした。
その後は、新横浜の古刹、三会寺(さんねじ)へ。お墓に着けば、きれいに掃除がしてあった。近くに住む岩上先輩のご厚意かと思って電話すると案の定そうだった。二年前に七回忌を済ませたが、元気でいられたら何とか十三回忌までは墓守をするつもり。
帰宅後は、贅沢にも日の高いうちに風呂に入ってから録画しておいた「ニューイヤーズ駅伝」を見ながら早めの独酌。正月ならではである。気が付けばテレビを見ながら寝てしまい、子供たちに怒られながら、布団に入った。
大晦日。(火)晴れ。
ぼやーっとしていても、あくせくしても、貧乏をしていても等しく年は明ける。家族四人、たいした病気も怪我もせずに新年を迎えられることに感謝しなければ。
北海道にいたのはもう二十年以上も前のことだ。以来、大晦日になると中国の詩人である高適の「除夜作」という漢詩が浮かぶ。
旅館寒燈獨不眠 旅館の寒燈に独り眠れず
客心何事轉凄然 客心何事ぞ転(うた)た凄然
故郷今夜思千里 故郷今夜 千里に思う
霜鬢明朝又一年 霜鬢(そうびん)明朝 又一年
と言うものだ。本当に髪の毛は霜のように白くなって、年が明ければ六十三歳となる。正に、門松は冥土の旅の一里塚。めでたくもあり、めでたくもなし。である。
夜は、松本佳展君と彼の友人のM君、そして京子&アイリちゃん親子が来訪しての年越しの会。今年は、皆さんそれぞれ予定が入っているとのことで少人数での飲み会となった。「紅白歌合戦」を見ながら私の手料理で飲む。そして新年を迎える
今上陛下の御代、平成二十六年が皇国はもとより皆様にとりましても佳い年でありますことを心からご祈念申し上げます。
十二月三十日(月)晴れ。
正月用の肴の仕入れに下の子供を連れて松原商店街へ行った。大した買い物をする訳ではないのだが、暮の商店街の雑踏が好きなので、見物も兼ねての買い物。
駐車場は何処も一杯で、一瞬、こんな日のこんな時間に来たことを後悔したが、運良く一台空いたので車を止めた。商店街へ行くと、ガードマンが出ていてものすごい行列が出来ていた。マグロの専門店の魚幸で買い物をする人の列。「並ぶ」のと「待つ」と言うのが大嫌いな私は、当然無視をして他のお店へ。しかし、何で正月に日本人は、マグロに執着するのか良く分からん。
明日から二日まで、友人、同志が来訪するのでその準備もしなければならない。何にしようかと悩んだが、大勢で食べられるものが良いと思い、おでんに豚のナンコツを煮ようと思って大量に買った。おでん種は、やはり紀文など有名メーカーの物が美味しいのだが、そこそこの値段がするので、そこはあまりこだわらないことにした。
ナンコツは、沖縄のソーキ風に「かつおぶし」と豚肉でダシを取ったものを味付けして、コトコトと煮ると、ナンコツまで柔らかくなる。最近は「圧力鍋」があるので、時間がうんと省略されて、調理には便利になった。そんなことをしているうちに暗くなり、風呂に入って家族で夕食。まあ贅沢を言わなければ、こんな幸せはない。様々な恵と人に感謝して愚妻を相手に「黒霧島」で酔った。