スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

兄の遺言&具体化

2024-07-03 19:00:41 | 歌・小説
 『なぜ漱石は終わらないのか』の第八章で,小森が『それから』の代助と三千代の過去の関係について,独自の解釈を示しています。おそらくその時点で代助と三千代は相思相愛だったのですが,代助は平岡に三千代のことを譲ってしまいました。なぜ代助がそうしたのかということについての一助となるような解釈です。
                                        
 『それから』の第14節で,代助と三千代が過去を回想する場面があります。その中に,代助は美千代の動作と談話からある特別な感じを得たという意味のことが書かれています。前後の文章の脈絡から,動作というのは三千代がただ一度だけ髪を銀杏返しに結ったけれども,それ以降は代助の前ではその髪型に結わなかったということで,談話というのは,三千代が代助に対してarbiter elegantiarumという異名を濫用したことを指します。これはラテン語で,趣味の審判者という意味です。代助と三千代が知り合ったのは,三千代の兄と代助が親しかったからでした。兄と代助が会話の中でこのラテン語を使っていて,三千代はそれを覚えたのです。
 三千代の兄はその後に死んでしまうのですが,代助はこのふたつのことから,代助と三千代が結婚することを兄が三千代に対して禁じていたと解したのではないかと小森はいっています。銀杏返しというのは未婚の女の髪型で,その髪型をした三千代に対して何らかの性的関心を代助が有したから兄は代助の前でその髪型にすることを三千代に禁じたのであり,また,三千代が代助を趣味の審判者という異名で呼ぶのは,代助と三千代の関係が趣味だけのものに留まるように兄が考えて,三千代に代助をそのように呼ばせたと代助は考えたということです。実際に兄から三千代にそのような命があったのかは代助には分かっていません。ただこの兄妹の父は株で失敗して経済的に苦しくなったから,三千代をよいところに嫁がせなければならず,それには自分は相応しくないという自覚が代助にあったとしてもおかしくはありません。
 ただ,代助がそれを兄の遺言のようなものと解していたとして,平岡を三千代に周旋したのには疑問は残ります。兄の遺言の条件に,平岡なら相応しかったというようにも思えないからです。

 この考え方によって,契約pactumそのものの概念notioは,抽象的なものではなく具体的なものとなります。國分はスピノザの契約概念には弁証法的展開があると指摘していて,そのふたつのポイントのひとつに契約の具体化をあげていましたが,具体化の方が意味しているのはこのことです。スピノザ自身がいっているところによれば,至高の権力の権利jusは万事に及び,個人の自然権jus naturaeは至高の権力に譲渡されることになっていて,このことは無理せず実践できることであって,実践の方法論も,その理論に見合った形に改善することができます。しかしそうはいっても,それは多くの点で純粋な理論にとどまっているのです。いい換えれば現実的ではないのです。それがなぜかといえば,現実的に存在する人間が自身の自然権を,あるいは同じことですが自身の力potentiaを,自分が人間をやめてしまうくらいまで他人にあるいは至高の権力に譲渡してしまうということはだれにもできないからです。そしてそのゆえに,万事を思うがままに実行することができる至高の権力というのもまた,現実的には存在することができないのです。
 このようにして,『神学・政治論Tractatus Theologico-Politicus』の中でも,強権的な国家Imperiumが成立することを否定するnegareことに成功しているというように國分は指摘しています。それが本当の意味での成功といえるのかどうかは僕には分かりません。少なくとも社会契約論を理論的に用いるのであれば,強権的国家の成立は必然的な結果effectusであると僕はみるからです。ですから少なくとも実践を無視した理論的側面に注目する限り,スピノザは強権的国家の発生を防いでいるとは僕は思わないです。ただ前もっていっておいたように,スピノザは哲学する自由libertas philosophandiを保守することを目指していたし,それが保守されなければ国家の安全も道徳心も損なわれるといっているのですから,強権的国家を否定する側にスピノザがそもそも立っていたということは間違いありません。それを社会契約論を利用することによって導出することが可能であるかどうかは別にして,たとえ社会契約論を利用しても,国家が強権的であることを否定することをスピノザが最初から目指していたことは間違いないといえるでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする