スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ちぎり賞争奪戦&知性と意志

2021-01-31 19:07:13 | 競輪
 豊橋記念の決勝。並びは深谷-岡村の静岡,浅井‐吉田の中部,野原‐村上の近畿,松浦に佐藤で諸橋は単騎。
 スタートを取りたかったラインが多かったようですが,最内の浅井が誘導の後ろを確保して前受け。3番手に松浦,5番手に深谷,7番手に野原,最後尾に諸橋で周回。残り3周のバックを出てから野原が上昇を開始。諸橋が続きました。ホームで野原が浅井を叩いて前に。その他のラインは動かなかったので,3番手に諸橋,4番手に浅井,6番手に松浦,8番手に深谷の一列棒状となってバックへ。ここから深谷が発進。打鐘から野原もスピードを上げて先行争い。ホームで深谷が野原を叩いて先行。しかしすぐに松浦が発進。岡村が牽制を入れましたが,松浦はそれを乗り越え,佐藤と共に抜け出しました。後方になった浅井が発進。これはいいスピードでしたが佐藤の牽制で失速。しかし勢いをもらったマークの吉田が直線で外から豪快に伸びて優勝。松浦が4分の3車身差で2着。吉田の後ろから直線で松浦と佐藤の間を突いた諸橋が4分の3車輪差で3着。立て直して吉田の外から伸びてきた浅井が4分の1車輪差の4着で佐藤は半車輪差で5着。
 優勝した愛知の吉田敏洋選手は昨年8月の大垣のFⅠ以来の優勝。記念競輪は2018年3月の名古屋記念以来の3勝目。GⅢは4勝目。このレースは松浦と佐藤が即席のラインを構成しましたのでここが有利とみていました。しかし浅井の調子が上回っていたようです。普通は最終コーナーであれだけの牽制を喰らうと圏外ですが,立て直して2着とは僅差の4着まで追い込んでいることからそれが窺えます。その浅井をマークすることができた分,吉田が有利になったということでしょう。松浦も早めに発進したわりにはよく粘っていると思います。

 スピノザがいいたかったことの核心が,仮定のことであるというのは,神Deusの本性essentiaに知性intellectusが属するとか神の本性に意志voluntasが属するとかいった部分のことです。スピノザは神の本性に知性が属することは認めていませんし,同様に神の本性に意志が属することも認めていません。スピノザが第一部定理一七備考でいいたかったことはその点にあるのであり,そのために原因causaと結果effectusという語句の相違に注目し,結果は原因とは異なるものであるがゆえに結果といわれるということに注意を促したのです。よって神の本性に属するとされる場合の知性は,その結果である筈の人間の知性とは,知性という語句の上で一致するだけであり,同様に人間の意志の原因でなければならない神の本性に属すると仮定された場合の意志は,意志という語句の上で一致するだけなのです。したがってこの場合は,本物の犬と星座の犬ほどの相違があるものについて,同じように知性といいまた意志といっていることになります。しかしそれほど異なったものについて同一の語句で表示するのは適切ではありません。
                                   
 この不適切さを解消するためにはふたつの方法があります。ひとつは,神の本性に知性および意志が属するとして,人間には知性も意志もないということです。もうひとつは,人間には知性がありまた人間は意志するけれど,神の本性には知性も意志も属さないとすることです。このふたつの方法のうち,スピノザは後者を選択したのです。だからスピノザは神の本性に知性が属することも意志が属することも否定します。いい換えれば知性も意志も何らかの絶対的な思惟Cogitatioではなく,思惟の様態cogitandi modiであると規定されることになるのです。それが様態として規定されるなら,神の知性と人間の知性は,あるいは神の意志と人間の意志は,同じ思惟の様態として,同一の記号で表示されても不適切ではないということになるでしょう。この部分は自己原因論争を巡る現在の考察とはまったく関係ないですが,スピノザの哲学を理解するためにはとても重要な点なので,念のために説明しておきました。スピノザが神の本性に知性や意志が属することを否定しているということは,忘れないようにしてください。
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第二部定理一八備考&語句への注目

2021-01-30 19:25:30 | 哲学
 『スピノザ―ナ10号』の河合徳治のコラムについての論考の中で援用した表象像imaginesの結合について詳しく紹介しておきます。
                                   
 第二部定理一八でスピノザは,人間が事物を想起するということがなぜ生じるのかということを説明しています。たとえばAという人間が現実的に存在しているとして,Aの精神mensのうちでXの表象像がYの表象像と結合している場合,AはXを知覚するpercipereことによってYを想起することになるのです。すなわち人間の精神mens humanaによる事物の想起memoriaには,その人間の精神のうちで,諸々の表象像がどのように結合しているのかということが影響するのです。あるいは影響するというより,その結合のあり方によって想起のあり方も決定づけられるのです。よって結合のあり方が異なれば,想起のあり方も異なります。このために異なった人間が同一の事物から異なったものを想起するという現象が生じることになります。
 このことを一般的な仕方で説明している部分は,この定理Propositioの直後の備考Scholiumに記述されています。
 「このようにして各人は,自分の習慣が事物の表象像を身体の中で秩序づけているのに応じて一つの思いから他の思いへ移るであろう」。
 ここでスピノザが,表象像を身体corpusの中で秩序づけているといっている点には注意してください。ここでスピノザがいいたいのは,この秩序が知性の秩序ordo intellectusとは異なった秩序で人間の精神のうちに生じるということなのであって,人間の身体が何事かを表象するimaginariといいたいわけではありません。知性の秩序というのは,知性を十全な原因causa adaequataとした秩序を意味するのであり,この秩序は万人の間で一致します。たとえば第四部定理三五でいわれていることがその代表です。これに対して身体の秩序というのは各人によって異なります。このために表象像の連結のあり方というのも,各人によって異なるということになるのです。

 原因causaと結果effectusが別のものであることをいうときに,アルノーAntoine Amauldが因果関係における別個性条件を前提としているということは明白です。ただ,スピノザが第一部定理一七備考でこのことをいうとき,単に原因と結果という語句の相違にだけ注目しているということは,たぶん無条件に前提してよいことではないと思われます。したがって,なぜ僕がそのように解するのかということを,詳しく説明しておきましょう。
 この部分でスピノザがいいたかったことの核心は,結果は原因とは異なるものであるがゆえに結果といわれるという点に存するのではありません。たとえば神Deusの本性essentiaに知性intellectusが属すると仮定した場合に,神の知性は人間の知性の原因でなければならないので,その場合には神の知性と人間の知性は単に知性という語句の上での一致があるだけで,完全に異なるものでなければならないということや,同じように神の本性に意志voluntasが属すると仮定するなら,この神の意志が人間の意志の原因でなければならないために,神の意志と人間の意志とは,語句の上で一致しているだけで実際には異なるものでなければならないということをスピノザはいいたいのです。したがってここではスピノザは,知性とか意志といった語に注目しているのであり,知性がどのようなものであるのかということや,意志がどういうものであるのかということを主張したいわけではありません。むしろこのような事情があるために,人間に知性があるということを認めるのであれば,神の本性に知性が属するというのは不適切だし,人間に意志があるとするなら,神の本性に意志が属するとするのは同様に不適切であるといいたいのです。したがってこのことを示すためにスピノザは原因と結果が異ならなければならないといっているのですから,スピノザが注目しているのは,原因と結果の関係がいかなるものでならないのかということ,いい換えればそこには別個性条件が必要なのか不要なのかということではなく,一方が原因といわれ他方が結果といわれている語句の上での相違であると僕は解するのです。
 念のためにいっておきますが,ここでスピノザがいいたいことの核心は,仮定のことです。
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トリムカット&別個性条件

2021-01-29 19:14:30 | 血統
 NARグランプリで3歳最優秀牝馬に選出されたアクアリーブルの輸入基礎繁殖牝馬は,3代母で1988年にアメリカで産まれたトリムカットです。ファミリーナンバー5-i
                                        
 牝系は広がっていますが,重賞の勝ち馬は1頭だけ。トリムカットの孫で2012年に関東オークスを勝ったアスカリーブル。アスカリーブルはこの年にユングフラウ賞,東京プリンセス賞,黒潮盃,戸塚記念も勝ち,NARグランプリの3歳最優秀牝馬に選出されました。
 母が勝てなかった桜花賞と,母仔制覇を達成して東京プリンセス賞を勝ったアクアリーブルはアスカリーブルの初産駒になります。母仔でNARグランプリ,それも最優秀3歳牝馬に選出されたということになります。
 牝系は広がっていますから,他の分枝から活躍馬が出ることもあるでしょう。アスカリーブル~アクアリーブルの系統は,この牝系の中での中心血脈になり得ると思います。

 第一論駁と第一答弁を前提としているのが,アルノーAntoine Amauldによる第四論駁です。すなわちアルノーの論駁は,『省察Meditationes de prima philosophia』の本文だけではなく,カテルスJohannes Caterusによる第一論駁と,それに対するデカルトの第一答弁を読んだ上でなされていると考える必要があります。
 アルノーはまず,自己原因causa suiという概念notioは非整合的であると主張します。デカルトは起成原因causa efficiensという概念が,因果性の原理によって考えられなければならないということを第一答弁の中で主張していました。しかしアルノーはそのことを否定的に考えます。アルノーはあくまでも原因と結果effectusの関係は,原因と結果が別でなければならないと主張します。原因と結果が異なるという意味で,この関係を別個性条件といいます。すなわちアルノーの主張では,起成原因という概念に,この別個性条件が含まれていなければならないのです。
 このアルノーの主張の根幹は,次の点にあります。あらゆる結果はその原因に依存しなければなりません。したがってあらゆる結果は,その原因からそれ自身の存在を受けるということになります。したがって,どのようなものであってもそれ自身からその存在を受けるということが不可能であるとアルノーは主張します。要するにアルノーにとって,因果関係というのはあくまでも別個の原因と結果との関係を意味するのであり,この関係は少なくともふたつのものの間にのみ生じるものでなければならないのです。
 このアルノーの主張の最初の部分は,第一部公理三第一部公理四と一致しているといえます。その意味ではアルノーとスピノザは一致しているといえるでしょう。とはいっても,第一答弁の中で明らかにしたように,このことはデカルトRené Descartesもまた否定することはないでしょう。もしも起成原因とその結果が異なるものであれば,結果の存在は原因に依存するということは当然のことで,これはだれも否定できないからです。ただし,このことが第一部定理一七備考と一致しているとは必ずしもいえないと僕は考えています。なぜなら,アルノーは因果関係という関係性を大前提として主張しているのに対し,スピノザは原因と結果という語句の相違に着目しているだけだからです。
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ヴィキュニア&欺瞞の兆し

2021-01-28 19:13:21 | 血統
 昨年のNARグランプリで2歳最優秀牝馬に選出されたソロユニットの輸入基礎繁殖牝馬は1954年にイギリスで産まれたヴィキュニアという馬です。ファミリーナンバー16-b
                                        
 イギリスで3頭の産駒を産んでからの輸入。日本では3頭の牝馬を産んでいますが,現在まで続いているのは日本で最初に産んだ産駒の子孫です。
 初めての重賞勝ち馬はヴィキュニアの曾孫にあたるシンピローという馬で,1980年に函館3歳ステークスを勝ちました。これは僕の競馬キャリアが始まる前のことです。
 シンピローの6つ下の半妹がシンウインド。1988年のスワンステークスと1990年の京王杯スプリングカップを勝ち,この馬が僕の競馬キャリアの中ではヴィキュニア一族で最初の重賞勝ち馬になりました。
 シンウインドは繁殖牝馬となり,8頭の産駒が輩出しました。その最後の産駒がサマーウインド。2010年にクラスターカップ,東京盃,JBCスプリントと3連勝し,この一族から最初の大レース勝ち馬となりました。現時点では大レースの勝ち馬はこの1頭です。
 シンピローとシンウインドの母の3つ下の半妹にあたる馬が,ソロユニットの4代母にあたります。昨年のエーデルワイス賞を勝ったこの馬が,こちらの子孫からは唯一の重賞勝ち馬。ただこの後の活躍馬は,こちらの分枝から出てくる可能性が高いように思われます。

 第一答弁から,デカルトRené Descartesの立場がカテルスJohannes Caterusの立場よりはスピノザの立場に近いということは分かります。ただこの答弁の中に,デカルトの詭弁そのものあるいはその兆しが含まれているのは事実です。
 まずデカルトは,汲み尽くすことができないほどの力potentiaがそれ自身の中に有するものが存在するということを承認するといっていて,この形容を自己原因causa suiと結び付けています。ですがこれは結び付けているだけで,明言しているというわけではありません。記述そのものは,それは自己原因であるとされているのではなく,自己原因であるほどに,となっているからです。つまりこの文章は,汲み尽くすことができないほどの力をそれ自身のうちに有するものは自己原因であるといっているようにみえますが,そのように断定しているわけではないという弁明も可能になるような記述方法をデカルトは採用しているのです。少なくともこの点に関して,デカルトは自己原因を汲み尽くすことができない力をそれ自身のうちに有するものであるということを肯定しているという言質をとられないように気を遣っていたといえるでしょう。
 もうひとつ,デカルトはこの文脈を神Deusと関連させ,神が自己原因であるといっているように解釈することはできるのですが,この部分でも明言することによって言質をとられないように気を遣っています。デカルトは神は積極的に自己自身によって存在すると思惟することが許される,いい換えれば神が自己由来的であるということを積極的に解してよいといっているのですが,それは神が自己自身に対して,起成原因causa efficiensが結果effectusに対するのと同一の関係にあるとは断言せず,ある意味で同一の関係にあるといういい方をしているからです。要するに,あるものがそれ自身に対して,起成原因が結果に対するのと同一の関係に立つことが自己原因であるとすれば,神は自己原因であるといういい方をしているわけではなく,神はある意味で自己原因であるといういい方を選択しているのです。
 とはいえいかにそこに欺瞞的なもの,あるいは欺瞞的な兆しが含まれているとはいえ,カテルスと比較すればデカルトがスピノザに近いことははっきりしています。
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農林水産大臣賞典川崎記念&第一答弁

2021-01-27 19:21:55 | 地方競馬
 第70回川崎記念
                                        
 カジノフォンテンが楽にハナに立ち,2番手にダノンファラオで3番手にタービランス。4番手はハナズレジェンドとロードブレス。6番手以下はデルマルーヴル,オメガパフューム,ミューチャリー,マインシャッツ,メイショウオオゼキの順。川崎の2100mは発走後の向正面では縦長になるケースが多いのですが,このレースはそれほどではありませんでした。超スローペース。
 2周目の向正面に入るところでカジノフォンテンのリードは2馬身くらい。2番手のダノンファラオが差を詰めていきましたが,1馬身くらいのリードをカジノフォンテンは保ち続けました。3番手はタービランス,ロードブレス,1周目の正面で外を進出したオメガパフュームの3頭。6番手にハナズレジェンドとデルマルーヴルで,その直後のミューチャリーまでの8頭が圏内。最終コーナーでも逃げたカジノフォンテンの手応えは楽。ダノンファラオが押してついていこうとしましたが,再び差が開くことに。そのまま楽に逃げ切ったカジノフォンテンが優勝。ダノンファラオの外から差し込んだオメガパフュームが3馬身差で2着。ダノンファラオが4分の3馬身差の3着で,ダノンファラオの内から追ってきたタービランスが半馬身差の4着。
 優勝したカジノフォンテン勝島王冠以来の勝利。重賞初制覇での大レース制覇。ここはオメガパフュームの能力と実績が上でした。しかしオメガパフュームが最も得意とする大井の2000mで接戦を演じたカジノフォンテンは,川崎に変わって逆転もあり得るとみていました。馬場状態の関係で逃げた馬が有利になった上に,かなり楽なラップで逃げられましたから,その分の差もあったとは思いますが,3馬身の差をつけているわけですから,少なくとも現時点でオメガパフュームと同等の力はあると考えるべきだと思います。父は2008年にピーターパンステークスを勝ったカジノドライヴ。母は2002年にスパーキングレディーカップ,2003年にエンプレス杯,2005年に報知グランプリカップとTCKディスタフを勝ったジーナフォンテン。その父は1996年に中山金杯,1997年に中山金杯と東京新聞杯を勝ったベストタイアップ
 騎乗した船橋の張田昂騎手はデビューから7年7ヶ月で重賞初制覇となる大レース制覇。管理している船橋の山下貴之調教師は開業から5年2ヶ月で重賞初制覇となる大レース制覇。

 『省察Meditationes de prima philosophia』の本文には,自己原因causa suiという語句は用いられていません。本文で用いていない語句を,デカルトRené Descartesはわざわざ第一答弁の中で用いているのです。つまり,カテルスJohannes Caterusが指摘している自己由来的であるということは,自己原因に関係する論駁であるとデカルトは解したことになるでしょう。さらにこの自己原因について,汲み尽くすことができないほどの力potentiaといっているのですから,デカルトが自己原因を積極的なものとして,すなわちそれ自体を力として解釈していることも明らかです。いい換えれば,自己由来的ということを,デカルトは積極的に,それもかなり積極的に解していることも明白だといえます。つまり,自己由来的であるということを積極的に解してはならないというカテルスの論駁に対する答弁は,それを積極的に解してもよいというものであったということが,この部分では強調されているといえるでしょう。
 さらにデカルトはこの自己原因を神Deusと関連付けた言及もしています。神は自己自身に対して,起成原因causa efficiensが結果effectusに対する関係とある意味で同一の関係に立つ,というのがそれです。したがってデカルトによれば,神が積極的な意味において神自身によって存在すると解すること,あるいはそう思惟することが僕たちには許されるということになります。他面からいうと,デカルトは神の存在existentiaを積極的に思惟するためには,自己由来的であるということを積極的に解する必要があって,もし自己由来的であるということを消極的に解する場合は,神の存在を僕たちは因果性の原理に基づいて考えることができなくなるという危惧があったのだと思います。カテルスとデカルトの決定的な相違はその点にあったというべきでしょう。
 自己由来的であるということを積極的に解すること,自己原因を積極的な力とみなすことにおいて,デカルトはカテルスよりもずっとスピノザに近付いているといえます。少なくともカテルスの論駁の中心となっている点,すなわち自己由来的であるということを積極的に解してはならないという点についていえば,スピノザの立場はデカルトの立場,すなわちそれを積極的に解するべきであるという立場と一致するでしょう。
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王将戦&因果性の原理

2021-01-26 19:01:30 | 将棋
 23日と24日に高槻市で指された第70期王将戦七番勝負第二局。
 永瀬拓矢王座の先手で相掛かり。早い段階から戦いになり,互角といっていい難解な局面のまま終盤戦へ。最後は後手の渡辺明王将が正しく受ければ勝ちという局面に進みましたが,そこで受け間違えたために先手が勝ちの局面に。しかし今度は先手が間違えたために後手が即詰みに討ち取って勝つという一局でした。
 最後の分岐のところだけ簡単に解説しておきます。もしも先手が109手目に☗7三歩成と指すと,実戦には出現しなかった第1図の局面になります。
                                        
 これは王手なので☖6四王と逃げる一手。そこで☗4三角成と詰めろを掛けます。
 詰めろを凌ぎつつ馬を抜く順があればいいのですが,それがありません。ですから後手が先手玉を詰まさなければ勝てません。
 詰ますための手順は☖6八金☗同銀引☖同歩成☗同玉☖8八飛成です。
                                        
 第2図で☗7八金と受けると☖7七銀と打ちます。この手に☗5八玉は☖7八龍と金を取って,また☗5九玉は☖4七桂☗5八玉☖7八龍と金を取って以下は簡単に詰み。☗6七玉は☖7八銀不成☗同銀☖7五桂☗6八玉のときに☖7七金と取った金を打ち,☗5九玉☖6七桂不成以下の詰みです。つまり☗7八金はその金を取られてしまうので詰みなのです。ですが第2図で☗7八歩と打てば,金を渡さずにすむので先手玉は詰みません。よって第2図は先手の勝ちです。
 第1図の☗7三歩成は7四の歩が成ったもの。この手の意味は単なる王手ではなく,第2図で☗7八歩を用意する受けの一手でもあったのです。
 渡辺王将が連勝。第三局は30日と31日に指される予定です。

 その起成原因causa efficiensを問うことが許されないものは何も存在しない,という規準を,因果性の原理といいます。すなわちデカルトRené Descartesは,起成原因という概念notioは,因果性の原理に基づいて解釈されるべきであり,原因と結果effectusの間にある時間tempusによっては制約されないと考えていたわけです。そして因果性の原理というのは普遍的なものです。したがって,あらゆる起成原因の概念がこの普遍的な原理に則して解釈されなければならないのですから,それは神Deusにも適用されなければなりません。つまり神に対してその起成原因を問うことは許される,いい換えれば可能であるとデカルトは考えていたのです。カテルスJohannes Caterusは単に,自己由来性について,それは積極的に解されてはならず,消極的に,つまり単に原因を有さないというように解されなければならないと主張していたのですが,デカルトの答弁は,それに対してかなり踏み込んだものとなっているといえるかもしれません。
 もっとも,カテルスの真意というのも,デカルトの答弁に適合するものであったといういい方はできるでしょう。すなわち,もしも自己由来的であることを積極的な意味で解釈するなら,それは神に対して適用されることになってしまい,そのことが不適切であるというのがカテルスの本音であったように思われるからです。ここにはある種の宗教的な解釈,あるいは神学的観点が含まれているのであって,カテルスが思想家であるとしてではなく,司祭として紹介されていることも踏まえれば,デカルトの答弁は踏み込んだものであるようにみえて,実際には適切なものであったといえると思います。
 この第一答弁の中でデカルトはさらに踏み込んだことをいっています。デカルトは,存在しまたその存在が維持されるために,いかなるものの助けも必要としないものが存在するということを承認するといっています。これはもちろん神を念頭に置いています。そしてこのような存在者すなわち神について,ある意味で自己原因causa suiであるほどに汲み尽くすことができない力potentiaがその中にあるようなもの,という形容をしているのです。これはかなり重要なテクストだといえます。自己原因という語句が使われているからです。
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岡田美術館杯女流名人戦&大きな相違

2021-01-25 18:59:22 | 将棋
 出雲文化伝承館で指された昨日の第47期女流名人戦三番勝負第二局。
 里見香奈女流名人の先手で5筋位取り中飛車。居飛車穴熊に囲った後手の加藤桃子女流三段が玉頭方面から攻勢に出る展開。巧みな仕掛けだったようで優勢に持ち込みました。
                                        
 ここで☖2六歩と打ちましたが,この手はぬるかったという局後の反省があります。
 ☗3二龍☖2七歩成☗同王☖1七香成☗3八王が実戦の進行。
                                        
 第1図の☖2六歩がぬるかったのは,この間に先手に攻めの一手を与え,さらに先手の玉が逃げていくことになったためで,第2図は混戦となっています。第1図では単に☖1七香成とすれば☗3八玉は☖2七成香ですから☗同玉と取るほかなく,そこで☖1九飛と打っておけば優勢を維持することができたものと思います。
 里見名人が連勝。第三局は来月7日に指される予定です。

 スピノザの哲学では,原因causa,外部の原因が,自己原因causa suiのようなものとして考えられなければならないのです。ですから自己由来的ということこそ積極的に解されなければならないのであり,外部に原因があるといわれる場合の原因,自己由来的という語に対比させていえば,他者由来的ということが,それよりは消極的に解されるべきなのです。それに対してカテルスJohannes Caterusの因果関係の規準は外部に原因がある場合の原因と結果effectusですから,他者由来的ということこそ積極的に解されなければならず,自己由来的ということは消極的に,すなわち原因を有さないという程度の意味に解さなければならないのです。この対比から,カテルスの見解opinioとスピノザの思想がいかにかけ離れているのかが理解できるでしょう。
 この論駁は『省察Meditationes de prima philosophia』に対してなされたものですから,答弁はデカルトRené Descartesが行っています。そこでまずデカルトがいっているのは,何かが自己自身の起成原因causa efficiensであることが不可能であるとは私,すなわちデカルトはいわなかったというものです。つまりデカルトは,『省察』の中で,自己自身が起成原因であるものが存在することは不可能であるとはいっていないのです。
 原因は結果に対して本性naturaの上で先立つのであり,それが現実的なものとして考えられる場合には,時間的な意味でも原因が結果に先行していなければなりません。そこでもし起成原因という概念notioが,この時間の関係を含意しなければならないのであれば,それ自身が起成原因であるものが存在することは不可能です。そうしたものは原因が時間の上で結果に対して先行するということは不可能だからです。したがってデカルトの答弁が実際に意味していることは,起成原因という概念は,こうした時間の関係を考慮しなくていい,他面からいえば,起成原因という概念は,原因と結果の時間の関係には制約を受けないということなのです。むしろ起成原因という概念を考察するために必要なことは,それが存在する原因が何であるのかということを問うことが許されないようなものは何も存在しないということ,『デカルトの哲学原理Renati des Cartes principiorum philosophiae pars Ⅰ,et Ⅱ, more geometrico demonstratae』でいえば第一部公理十一でいわれていることなのです。
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金亀杯争覇戦&第一論駁

2021-01-24 19:04:59 | 競輪
 松山記念の決勝。並びは郡司に東口,松浦に坂口,島川‐松本‐橋本‐渡部の四国で渡辺は単騎。
 郡司がスタートを取って前受け。3番手に松浦,5番手に渡辺,6番手に島川で周回。残り2周のホームの手前から島川がゆっくりと上昇。東口との車間を開けていた松浦がホームで先に動いて郡司を叩きました。しかし郡司が内から巻き返し,バックでは再び松浦の前に。東口は離れましたが外から追い上げ再び郡司の後ろに。この間に島川が発進し,打鐘前に郡司を叩いて先行。ここで渡部と郡司の車間が大きく開いてしまい,前の4人が抜け出す形。さらにバックに入って松本が番手から発進。このまま郡司も松浦も動くことができませんでした。最後尾になってしまった渡辺が最も勢いよく追い上げてきましたが,前との距離がありすぎ,優勝は松本。マークの橋本が1車身差の2着。渡部も4分の3車身差の3着に続いて地元勢の上位独占。渡辺は4分の1車輪差で4着。
 優勝した愛媛の松本貴治選手は前々回出走の広島のFⅠ以来の優勝。2019年にヤンググランプリを勝っていますが,記念競輪は初優勝。このレースは島川が捨て身で先行して,松本の二段駆けという展開が有力。脚力ではトップクラスの郡司と松浦がそれを捲り切れるのかというのが焦点。さらにもしも松浦が捲ってきた場合に,この開催も含めて連携することが多い四国勢がどの程度まで牽制するのかということにも注目していました。結果的にいうと打鐘前のバックで郡司が後ろの松浦を気にしてスピードを落とし過ぎてしまったために島川に一気に叩かれ,前の4人と後ろの5人が大きく離れてしまいました。この時点で松本が有利に。今日はあくまでも展開面からの優勝ということになりますが,昨年の秋あたりから力をつけてきているようには思えます。

 カテルスJohannes Caterusによる論駁の中心は,自己由来的ということを,積極的に解してはならず,消極的に解さなければならないというものです。おそらく『省察Meditationes de prima philosophia』の中で,デカルトRené Descartesが自己由来的という語を使っていて,それを積極的な意味にデカルトは解しているとカテルスは思ったのでしょう。
 まずこの論駁の意味を,スピノザの哲学と照合させる形で説明します。
                                   
 スピノザは第一部定理一七備考で,結果effectusは原因causaと異なるものであるから結果といわれるという意味のことをいっています。カテルスがいっていることは,このことがあらゆる因果関係に妥当しなければならないということです。したがって,起成原因causa efficiensとその結果は,必然的にnecessario異なるものでなければなりません。しかし,もしあるものの起成原因について,それが自己由来的であるというときに,それを積極的に解するなら,そのものはそれ自身が原因でありかつ結果であるということになってしまいます。カテルスの見解opinioでは,そうしたことがあってはなりません。したがって自己由来的であることを積極的に解することは許されず,それは消極的に,すなわちそのものは外部に起成原因を有さないというように解さなければならないのです。カテルスが,自己由来的なものが存在すると考えていたのかは分からないですが,少なくとも自己由来的であるということの意味は,単に外部に起成原因をもたないという意味でなければなりませんでした。なぜなら,ある起成原因がその外部に結果を生じさせるということが,あらゆる因果関係の基礎でなければならならないからです。
 これは,スピノザのいっていることと同じようでいて,かけ離れています。なぜならスピノザの哲学における自己原因と原因の関係は,自己原因causa suiが本性naturaの上で先行するからです。スピノザは確かに結果は原因とは異なるがゆえに結果といわれるといっているのですが,このような,原因の外部に結果を発生させるものによって自己原因というのが解されるべきではなく,自己原因という概念notioから外部に結果を発生させる原因というのを解するべきだと考えているのです。つまり自己由来的ということが消極的に解されてはならないということになります。
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天龍の雑感⑧&自己原因論争

2021-01-23 19:32:16 | NOAH
 天龍の雑感⑦の最後のところで,天龍源一郎ジャンボ・鶴田は孤独だったかもしれないと言っています。もしもプロレスラーの中で心を許した存在がいるなら,三沢光晴くらいだったのではないかというのが天龍の推測です。三沢は鶴田の付き人であり,かつアマレス出身であったということが,天龍がそのように推測している理由です。これはあくまでも天龍の推測であって,実際に鶴田が三沢に対しては,ほかのレスラーたちとは異なった感情をもっていたかは分かりませんが,仮に天龍のいうことが本当であったとしても,三沢というのは鶴田からみればかなり後輩にあたりますから,心を許せる相手がそれくらいしかいなかったのであれば,鶴田が孤独であったというのは事実であったと思われます。
 一方で天龍は,この点に関して,興味深い推測も行っています。鶴田は,全日本プロレスに就職するといって入団したレスラーでした。周囲の人間,たとえば大学時代の同窓生などは,一般の会社に就職していましたので,実は鶴田はそこに負い目を感じていたかもしれないというのが天龍による推理の中心です。この負い目があったために,鶴田はことさらに一般人と同じような生活をしたいという願望があり,しかしプロレスというのは必ずしも一般社会のすべてから歓迎されるものではないため,その部分で鶴田には葛藤があったのではないかと天龍は言っています、天龍には,鶴田が盛んに社会に溶け込もうとしているように見えていたようで,その部分からもこうした推測が成り立つとみています。鶴田が日本テレビのプロデューサーやアナウンサーと親密に付き合っていたのは,必ずしも鶴田の本意ではなかった可能性もあるかと思いますが,それは社会に溶け込もうとする鶴田の願望から出たものだったという可能性もあり得るでしょう。
 天龍が日本に定着して仕事をするようになったのは1981年からで,これは僕のプロレスキャリアが始まる頃と重なっています。この年の暮れ,馬場は全日本プロレスの会長になり,日本テレビにいた松根光雄が社長になりました。そしてその直前には,佐藤昭雄がブッカーとなっています。これは馬場の本意ではなかったのですが,馬場と日本テレビの関係から,馬場が日本テレビの要求を断れずに生じたことでした。

 再び松田のいい方に倣うなら,スピノザが目撃していた論争,実際に当時からそのようないい方がなされていたかはともかく,自己原因論争がどのような論争であったのかということを詳しく考察することは,かねてから僕がやってみたいと思っていた考察,すなわちデカルトRené Descartesが同時代人の思想家の中で,どれくらいスピノザに近かったかということを解明するのに,適切な考察のひとつであると考えられます。デカルトは自己原因causa suiを起成原因causa efficiensとは認めないので,いい換えれば神Deusが自己原因であるということは認めないので,その点ではスピノザと隔たりがあります。しかし一方で,デカルトが実際に行った自己原因論争がどのような論争であったのかということを考察することで,論争した相手,いうなればデカルトの論敵となった思想家と比べれば,デカルトがいかにスピノザの哲学に近かったのかということも分かるのです。
                                        
 松田の論文そのものは,基本的に『省察Meditationes de prima philosophia』でデカルトが記述していることが下敷きとなっています。この『省察』にはその思想に対する論駁があって,さらにその論駁に対してデカルトは答弁しています。この中に,自己原因に関連する論駁とその答弁があります。もっと広い意味での自己原因論争というのは,ふたつの主題があり,ひとつは自己原因という概念notioの整合性に関係します。要するに自己原因というのを原因としてみなしていいのかどうかということが主題です。もうひとつは,神を自己原因と規定することの是非に関連する論争です。この論争は1640年代から1650年代にかけて展開されました。松田によればこの論争を展開したのはデカルトのほかには,カテルスJohannes Caterus,アルノーAntoine Amauld,レヴィウスJacobus Reviusuで,さらにデカルトの死後にはクラウベルクJohannes Claubergが参加しました。ですがここでの目的に照らし合わせても,この広い意味での論争のすべてをここで考察の対象とするわけではありません。松田が論文の中心としている,『省察』およびその論駁と答弁におけるデカルトの記述のみが対象になります。
 『省察』に対する第一の論駁は,オランダの司祭であったカテルスという人物によってなされました。思想家ではなく司祭の立場からです。
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行動の模倣&考察の目的

2021-01-22 19:33:39 | 哲学
 僕たちによる他人の欲望の表象は,その他人の行動によって大きく左右される傾向があります。したがって,欲望cupiditasに関連する感情の模倣affectum imitatioもまた,他人の行動によって大きく左右される傾向があることになります。他人の欲望を模倣するためにはその他人の欲望を表象している必要があり,他人の欲望はその他人の行動によって表象される傾向が強いのですから,このことは当然であるといわなければなりません。するとどういう事態が生じやすいのかということもまた明白です。僕たちは他人の欲望という感情を模倣するがゆえに,その他人の行動を模倣しやすくなるのです。つまり欲望の模倣は,現実的な行動としては,行動の模倣を発生させるのです。
                                   
 たとえばある人間がAという商品を購入しているのをBが見た,表象したと仮定しましょう。Bは,Aがその商品の入手を欲望したと表象します。すると第三部定理二七により,Bもまたその商品を入手する欲望を抱くようになるのです。
 ただし,欲望というのは第三部諸感情の定義一から分かるように,ある人間の受動状態における現実的本性actualis essentiaを意味します。当然ながらAの現実的本性とBの現実的本性は異なりますから,その分だけ感情の模倣の強度というのは異なります。たとえばAが購入した商品が,Bにとっては欲望の対象になっていない商品であったなら,この感情の模倣の度合はきわめて弱くなるでしょう。しかしBもまたそれを購入することを強く欲望していた商品であった場合には,感情の模倣の度合もきわめて強くなることになります。こうしたことは僕たちはこのように論理的に説明せずとも,経験的に知っているといっていいでしょう。
 ところが,感情の模倣の度合がきわめて弱かったとしても,こうした表象imaginatioが頻出すれば,感情の模倣の度合はその分だけ高まってきます。つまり,Bにとってはそれを購入する欲望をほとんど抱いていなかった商品であったとしても,Aが購入するのを表象し,Cもそれを購入するのを表象し,またDもそれを購入するのを表象するimaginariという具合に,表象の頻度が多くなってくればなるほど,他面からいえば,同一の商品を購入している人物を多く表象すればするほど,Bもそれを購入することに向けた欲望が,感情の模倣によって強くなってくるのです。つまり行動の模倣は,単に感情の模倣が発生する以前の欲望にだけ左右されるわけではないのです。

 松田の表現に倣うなら,スピノザが目撃していただけの論争,スピノザ自身がそれに積極的に関わったわけではない論争に関して,これをここで詳しく考察するのには,ある目的があります。
 僕の見解opinioでは,デカルトRené Descartesの哲学というのがなかったなら,スピノザの哲学というのはあり得ませんでした。実際の歴史について,いわゆる「たられば」というものを用いることに意味があるとは僕は考えていませんが,この見解自体はおそらく多くの人に同調してもらえるだろうと思います。それくらいスピノザの哲学は,デカルトの哲学から多くのものを負っていると考えられるからです。
 しかし,このブログでいうところの「デカルトの欺瞞」を含め,スピノザにとってはデカルトの哲学は不十分なものであり,修正あるいは改善を加えていく必要がある思想でした。このことはすでにスピノザがデカルトの哲学を解説した『デカルトの哲学原理Renati des Cartes principiorum philosophiae pars Ⅰ,et Ⅱ, more geometrico demonstratae』の中でも表れています。そして『エチカ』の中では,デカルトの思想が批判的に記述されている箇所もあります。僕はスピノザ主義者ですから,スピノザがそのようなことを表明するときは,デカルトの立場よりスピノザの立場を採用しますし,推奨もします。このために,このブログの中でも,デカルトは批判的に,あるいは批判の対象者として記述されるケースが頻発することになるのです。
 とはいえ,スピノザの哲学がデカルトの哲学にその多くを負っているということを,僕は実際には認めているのです。これが何を意味するのかといえば,もしもスピノザと同時代の思想家の中で,だれがスピノザの思想に最も近い思想家であったのかということを問うならば,その答えはデカルトにいきつくであろうということです。そして僕はその通りだと思っています。ある意味でいえば,デカルトはスピノザに近いところまできたからスピノザによって批判されることになるという面があるのです。他面からいえば,デカルト以外の思想家は,スピノザからはデカルトほどには批判の対象にすらなり得ないという面があるのです。ですから,どのような点でデカルトがスピノザに接近していたのかということも,考察しておきたいのです。
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愛と憎しみ&目撃者

2021-01-21 19:15:59 | 歌・小説
 ラスコーリニコフとスヴィドリガイロフの最も大きな相違は,罪の告白の有無です。ラスコーリニコフはソーニャに自身の罪を告白したのに対して,スヴィドリガイロフはドゥーニャに対して罪を何も告白しませんでした。もちろん,スヴィドリガイロフは何も罪を犯していなかったという解釈も可能ですが,それではスヴィドリガイロフがもうひとりのラスコーリニコフであるという,『罪と罰』という作品の意義が薄れるので,僕は妻の毒殺という罪を犯している筈だと解しているのはすでに説明した通りです。
                                        
 このことが,ドゥーニャがスヴィドリガイロフのソーニャとはなり得なかった理由であるということはできるでしょう。ですが『『罪と罰』を読まない』では,もうひとつ別の理由が示唆されています。
 これもすでに説明したことですが,スヴィドリガイロフはドゥーニャのことを明らかに愛していましたし,そのことを自覚もしていました。このことは,ドゥーニャがピストルの銃口をスヴィドリガイロフに向けた後の,スヴィドリガイロフとドゥーニャの会話から明らかです。そしてこの会話の内容からは,どうもスヴィドリガイロフはドゥーニャもまた自分のことを愛していると誤解していたふしが窺えるのです。
 これは間違いなく誤解なのであって,ドゥーニャはスヴィドリガイロフのことを愛していたどころか,むしろ憎んでいたと解するのが適切でしょう。そしてスヴィドリガイロフは,ドゥーニャに銃口を向けられた後に,初めてそのことに気が付いたのだと思われます。
 ソーニャはラスコーリニコフのことを愛していました。そのゆえに,ラスコーリニコフはソーニャに対して自身の罪を告白することができたということは不可能ではありませんし,むしろ作品の内容からすれば,そのように解釈するのが適切であるとさえいえるでしょう。ところがドゥーニャはスヴィドリガイロフのことを憎んでいたために,スヴィドリガイロフが罪を告白する対象ではあり得なかったということになります。つまりこの場合は,ドゥーニャのスヴィドリガイロフに対する愛が欠如していたために,ドゥーニャはスヴィドリガイロフのソーニャになれなかったことになるのです。

 河合のコラムと関連する論考はここまでにします。
 『スピノザ―ナ10号』は,河合のコラムの後に柴田寿子の訃報が掲載され,略歴および業績が紹介されていますが,最初にいっておいた通り,この部分に関してはこのブログでは考察しません。理由についてはこの冊子の紹介の部分を参照してください。
 その後が,松田克進による「<自己原因>論争の「目撃者」としてのスピノザ」という論文です。今日からはこの論文に関する考察を開始します。といっても,考察するのは一点だけです。その一点が何かということと,なぜそれを考察していくのかということを前もって説明しておきます。
 この「<自己原因>論争の「目撃者」としての」スピノザという論文は,これも冊子の紹介のところでいったように,松田のふたつの著書,すなわち『近世哲学史点描』と『スピノザの形而上学』で読むことができます。そしてこの論文は,このブログの中で何度か紹介しています。というのはこの論文は,このブログでいうところの「デカルトの欺瞞」と大いに関係しているからです。デカルトRené Descartesが,あらゆるものについてその起成原因causa efficiensを問うことができるということを認めつつ,神Deusが自己原因causa suiであるということを認めなかったこと,他面からいえば自己原因を起成原因であるということを認めなかったことについては,スピノザとの相違から説明する必要が生じたことが何度かありますので,そのたびに僕は,デカルトの欺瞞的な態度と,それに対するスピノザの修正に言及してきました。すなわちスピノザは自己原因が起成原因のひとつを構成することを肯定し,神が自己原因であるということも肯定したのです。
 しかし今回の考察では,このことはその対象から外します。というのも,このことはすでに何度も取り上げているのですから,改めて考察するまでもないと思うからです。ここで考察してみたいのは,この論文のいい方に倣うのであれば,スピノザが目撃していた自己原因論争というのが,どのような論争であったのかということを詳しくみることです。スピノザはあくまでも目撃者だったのですから,スピノザが参加していない論争を対象にするということです。
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農林水産大臣賞典TCK女王盃&重なり

2021-01-20 19:13:15 | 地方競馬
 第24回TCK女王盃
 エースウィズは大きく立ち上がってしまい5馬身の不利。プリンシアコメータ,マドラスチェック,レーヌブランシュの3頭が前に行き,発走後の正面では4番手を併走したマルカンセンサーとジェネラルエリアに4馬身ほどの差をつける形に。最初のコーナーワークでプリンシアコメータが単独のハナに立つと,あとの2頭が控えたこともあり,向正面ではリードが4馬身くらいに。枠なりで2番手がマドラスチェック,3番手がレーヌブランシュとなりました。4番手にマルカンセンサー,ジェネラルエリア,ローザノワールが追い上げてきて,今度は5頭が2番手集団を形成。2馬身差でサルサレイアとマルシュロレーヌ。4馬身差の最後尾にエースウィズ。最初の800mは51秒4の超スローペース。
 3コーナーの手前でプリンシアコメータのリードは1馬身ほどに縮まりました。マドラスチェック,レーヌブランシュまでが3馬身ほど抜ける形となり,コーナーでは内からマルカンセンサー,外からマルシュロレーヌの追い上げ。直線は前3頭の競り合い。ここからは外のレーヌブランシュが抜け出て一旦は先頭。これを追ってきたのがコーナーでは外を捲り上げてきていたマルシュロレーヌ。そのまま抜け出したレーヌブランシュを外から差し切って優勝。レーヌブランシュが半馬身差で2着。よく逃げ粘ったプリンシアコメータが2馬身半差の3着。最後はプリンシアコメータとマドラスチェックの間に進路を取ったマルカンセンサーとマドラスチェックがクビ差で同着の4着。
 優勝したマルシュロレーヌは前々走のレディスプレリュード以来の勝利で重賞2勝目。そのときが圧巻の内容だったので,前走は思わぬ敗戦。それでも前々走の内容からはここでは有力候補の1頭で,順当な勝利といっていいでしょう。前走の敗因がよく分からないので全幅の信頼はまだ置きにくいのですが,現状は牝馬のダート路線の中では最強である可能性が高いと思います。父はオルフェーヴル。祖母がキョウエイマーチで10代母がシュリリー。Marche Lorraineは楽曲名。
                                        
 騎乗した川田将雅騎手と管理している矢作芳人調教師はTCK女王盃初勝利。

 第一部定理一四証明は,そのために第一部定理五を援用しています。この第一部定理五は,明らかにひとつ,ふたつというように,数で数えることができる実体substantiaeを仮定しています。スピノザの哲学では,自然Naturaのうちに存在する実体は神Deusだけなので,実際にこの定理Propositioでいわれているのは,実在的な事柄ではなく,あくまでも仮定の話です。ですが,たとえ仮定の上でであれ,数によって分別することができる実体についての言及を援用することによって第一部定理一四,すなわち神のほかに実体は存在しないということが証明されるのです。したがってその帰結事項である,第一部定理一四系一,神は唯一であるということが,本来は唯一無二であるという意味でなければならないのに,ひとつ,ふたつと数えられる意味でひとつだけであるという意味に解される余地が生じてしまうのです。僕がこの定理の証明Demonstratioには弱みがあるというのは,このような意味です。
 スピノザの形而上学の論理は,スピノザの形而上学の枠内で解決されなければなりません。ですからたとえばガリレイGalileo Galileiが1が唯一の無限数であるということを証明するとして,その証明がスピノザの形而上学の説明に役立てられるということはありません。このことは河合も承知の上です。だから河合の問いかけは,このことがスピノザの論拠となるのか,とはなってなく,スピノザの論拠と重なるのか,という形になっているのです。そしてこのような形になっているがゆえに,これはとても興味深くなるのです。もしもガリレイが,1が唯一の無限数であるということを,何ら数による分別によらず,単に1の本性naturaから導き出すことができるのであれば,その論証は,スピノザが神は唯一であるということを論証するのに役立てることはできるであろうからです。ガリレイが唯一という意味と,スピノザが唯一という意味は同じであると考えられますから,論拠はたぶん重なります。逆にいえば,現にあるスピノザの論拠は,幾許かの弱みを抱えているので,ガリレイの論拠を参考にし得るといえるでしょう。そしてスピノザは,本来は神の本性だけに依拠して,神が唯一であることを証明するのがベストだといえるでしょう。
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NARグランプリ&第一部定理一四証明

2021-01-19 19:07:53 | 地方競馬
 昨年のNARグランプリは13日に発表されました。
                                   
 年度代表馬はアフター5スター賞JBCスプリントを勝った大井のサブノジュニア。昨年は大レースの勝ち馬が2頭いましたが,より格上のレースを勝ったこの馬の方が選出されるのは自然と思います。部門別では4歳以上最優秀牡馬と最優秀短距離馬を受賞。
 2歳最優秀牡馬はゴールドジュニア,ハイセイコー記念,全日本2歳優駿を勝った船橋のアランバローズ。これは当然の受賞で,古馬がもっと低調であれば,年度代表馬もあり得たところでした。
 2歳最優秀牝馬はリリーカップとエーデルワイス賞を勝った北海道のソロユニット。東京2歳優駿牝馬は大敗してしまいましたが,重賞の勝ち馬はこの馬だけですからこれも自然かと思います。
 3歳最優秀牡馬は東京ダービーを勝った船橋のエメリミット。この選出は個人的には意外でした。この馬が選出されたというのは,昨年の3歳馬は低調であったということでしょう。
 3歳最優秀牝馬は桜花賞東京プリンセス賞を勝った船橋のアクアリーブル。この馬は負けたレースも手堅くまとめていますから当然でしょう。
 4歳以上最優秀牝馬は報知グランプリカップ,マリーンカップ,クイーン賞を勝った大井のサルサディオーネ。重賞を2勝していますから当然です。
 ばんえいはこのブログでは扱っていないので割愛します。
 ダートグレード競走特別賞馬は帝王賞JBCクラシックを勝ったクリソベリル。この2戦で負かしている馬との比較でも,この馬の選出が妥当だと思います。

 第一部定理一四は,神Deusのほかにはいかなる実体substantiaも存在しないということをいっています。これは存在する実体は神だけであるという意味です。第一部定理一四系一で,神は唯一であるといわれるとき,それは複数の神があるのではなく唯一の神があるということをいっているとすることは,解釈の上では可能ですが,自然Naturaのうちに存在する実体は神が唯一であると解する方が適切だといえるでしょう。したがってこの系Corollariumは,定理Propositioからの帰結事項だといえるのです。
 ではスピノザが第一部定理一四を,どのように論証しているのかを,ここで詳しくみていきます。
 まず援用しなければならないのは第一部定義六です。ここでは,神が絶対に無限なabsolute infinitum実体であるといわれています。
 次に,第一部定理一一において,絶対に無限な実体が必然的にnecessario存在するといわれています。したがって神は存在します。神のほかにはいかなる実体も存在しないという場合には,神は存在することが前提になりますから,ここまではそのことを論証するための前提条件の証明Demonstratioといっていいでしょう。
 ここからスピノザは背理法を導入します。すなわちまず,神のほかに何らかの実体が存在することを仮定するのです。ここでは仮にこれを実体Xとしておきます、この実体Xは第一部定義四により,何らかの属性attributumによってその本性essentiamを構成されなければなりません。しかるに第一部定義六から,神は無限に多くの属性によってその本性を構成されます。したがって,実体Xの本性を構成する属性は,神の本性も構成するのでなければならないことが帰結します。ところが第一部定理五により,同一の本性naturaeを有する複数の実体は存在し得ません。よってこの場合は,実体Xは神と同一の属性によってその本性を構成されなければならないので,存在することはできないのです。そしてこの実体Xは任意のものなのですから,このことはどのような場合も成立します。いい換えれば,神以外にはいかなる実体も存在し得ないということが導出されます。そしてこれが,第一部定理一四がいっていることでした。
 僕はこの論証にはある弱みがある,神が唯一であるという点に対して弱みを抱えていると思うのです。
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岡田美術館杯女流名人戦&唯一

2021-01-18 19:19:57 | 将棋
 岡田美術館で指された昨日の第47期女流名人戦五番勝負第一局。対戦成績は里見香奈女流名人が18勝,加藤桃子女流三段が6勝。
 岡田美術館の館長による振駒で加藤桃子女流三段の先手となり,里見香奈女流名人のごきげん中飛車。変則的な手順でしたが①-Aに合流。4筋で銀が向い合う形になりました。
                                         
 第1図となり先手は☗5五歩と打ち,後手の飛車を閉じ込めにいきました。この手自体の善悪はともかく,この将棋の展開からはこの手が敗着になりました。
 後手は☖5七歩。第1図で☗5五歩と打ったからには決戦にいくことができなければならない筈ですが,☗6八金寄と逃げ,☖5二金左に☗7九角で5七の歩を狙いにいきました。
 自身は美濃囲いを完成させ,先手の角が窮屈な位置になったこの局面は後手にとっての好機。☖4六角☗同歩☖同飛と進め,☗5七銀に☖4九飛成と龍を作りました。
                                         
 第2図となっては後手が存分に捌けた形。しかも4五の桂取りが残っているため実質的な手番も後手。この応酬で後手が大きくリードを広げた形で,先手は第1図での読みに精度を欠いていたということになるでしょう。
 里見名人が先勝。第二局は24日に指される予定です。

 河合の問い掛けの中心はこの部分,すなわちガリレイGalileo Galileiが1が唯一の無限数だといっていることが,スピノザが神Deusが唯一の実体substantiaであるといっていることの,論拠に重なるのかという点にあったわけです。そして形而上学的な前提には,重なる部分があるということは分かったのです。
 この先を考えるためには,唯一であるということが何を意味するのかをよく理解しておかなければなりません。これは以前にも検討したことがありますが,この考察においては非常に重要なので,改めて確認しておきます。
 スピノザが神は唯一であるというときはもちろん,ガリレイが1が唯一の無限数であるという場合も,この唯一は数としての1を意味するのではないと考えなければなりません。いい換えればこの唯一というのは,ひとつふたつみっつと数え上げることができるということを前提として,その中でひとつであるという意味に解してはならないのです。もしこのことを唯一という語を用いて説明するのであれば,神は唯一無二の存在であるとか,1は唯一無二の性質をもつという意味に解するべきなのです。自然Naturaの中で唯一無二であるといえば,それはたとえば自然のうちで国士無双であるというような意味に解することが可能であって,必ずしも数を意味するわけではないといえるでしょう。
 つまり,スピノザが神は唯一であるというとき,自然のうちに存在する実体はひとつだけであって,それは神であるという意味ではないのです。むしろ神は自然のうちで唯一無二の存在であるということなのです。同様に,ガリレイが1が唯一の無限数であるという場合も,1は,あるいは無限数は,数のうちで唯一の無二の存在であるという意味なのであって,無際限indefinitumの数がある中で,1がただひとつの無限数であるということではないのです。
 スピノザが神は唯一であるということは,このような意味でなければならないのですが,それを論理的に示す場合には,ひとつだけ弱点を抱えていると僕は思っています。というのはこのことを論証するためには,第一部定理五を経由する必要があるからです。実際にスピノザによる第一部定理一四の証明Demonstratioは,この定理Propositioを援用しています。
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東日本発祥倉茂記念杯&唯一性の前提

2021-01-17 19:14:46 | 競輪
 大宮記念の決勝。並びは鈴木‐河野の関東,森田‐平原の埼玉に佐藤,岩本‐東の南関東,清水‐合志の西国。
 平原がスタートを取って森田の前受け。4番手に清水,6番手に岩本,8番手に鈴木で周回。打鐘前のバックまで動きはなく,ここから鈴木が動いていき,最後まで誘導を使った森田を叩いて打鐘。さらに外から岩本が動き,鈴木を叩くと,引いた森田が発進。ホームで岩本を叩いて先行。鈴木がうまく4番手に続きました。バックに入って清水が発進。平原の横まで接近すると,平原がそれに合わせて番手から発進。清水は完全に合わされて失速。そのまま平原が直線でも粘って優勝。マークの佐藤が半車輪差の2着でこのラインのワンツー。行ききれなかった清水の後ろから佐藤にスイッチしようとした合志の内から鈴木が進出。この競り合いを制した鈴木が1車身差で3着。大外を伸びた河野が半車身差の4着で競り負けた合志が半車身差の5着。
                                        
 優勝した埼玉の平原康多選手は立川記念からの連続優勝で記念競輪26勝目。2008年,2010年,2011年,2013年,2015年,2017年,2020年に続く連覇で大宮記念は8勝目。ここは森田の番手でしたから,森田がきちんと先行すれば優位でしたし,ほかに先行しそうな選手もいませんでした。前を取ってすぐに引いて巻き返すというのも作戦としてよかったのでしょう。3着でしたが,一旦は森田を阻む構えをみせ,佐藤の後ろに続いた鈴木の走行も巧みだったと思います。

 複数の属性attributumが単一の実体substantiaの本性essentiaを構成するということ,他面からいえば,実体が属性によって分割することができないということは,存在する実体が唯一であるということを論理的に可能にします。
 どれだけの属性があるのかは別として,少なくともスピノザがいっている通り,思惟Cogitatioと延長Extensioというふたつの属性は存在します。あるいは人間はふたつの属性を認識します。デカルトはこのとき,思惟的実体と物体的実体substantia corporeaを別の実体と規定します。このことは,必ずしも実体が属性によって分割することができないということを直ちに帰結させるわけではありません。しかしもしも実体を属性によって分割することが不可能であるというなら,思惟と延長というふたつの属性が存在する以上,少なくともふたつの実体が必要であることが帰結します。したがってここからは実体は唯一であるということを論理的に帰結させることができません。もし実体が唯一であるといいたいのであれば,この場合には思惟の属性Cogitationis attributumと延長の属性Extensionis attributumのふたつの属性によって本性を構成される単一の実体があると規定しなければなりません。よって,実体が唯一であるということを論理的に可能にするためには,実体は属性によっては分割することができないという規定が必要になるのです。
 スピノザは第一部定理一四および第一部定理一四系一で,自然Naturaのうちに存在する実体は神Deusが唯一であるといっています。そしてガリレイGalileo Galileiは,1が唯一の無限数であるといっているのでした。この1は,形而上学的にいえば実体としての1です。したがって,この実体はその属性によっては分割することが不可能なのでなければなりません。実際にガリレイは,1しか有さないような性質を3つあげて,それらを1が唯一の無限数である根拠としているのでした。これら3つの性質は,実体としての1の属性とみなすことができます。すなわちガリレイはそういうことには関心を抱いていなかったでしょうが,それを形而上学的観点から解するなら,ガリレイが規定する実体は,その属性によっては分割することが不可能であるということになるのです。だからスピノザもガリレイも,実体は唯一だということができるのです。
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