
2月2日の日記に「茶飯釜」のことを書いていました。
この発端になった方のお茶事が無事に終わったみたい。
でもお家元のところのお茶事だからたいへんだったのでしょうね。
その日記がMixiに書かれていたけど、水加減をちょっと間違われて、お粥になってしまい、それを指摘されたことも書かれていた。
それに対してのコメントに邯鄲の夢と言えばよかったのにというのがあって、そのレスで黍でも混ぜておけばよかった、、、って返事をされていた。
飯炊き婆さん(驪山老母)の役をやるには、まだお若いご亭主なのに可哀想。
でも、「忙しき時には忙しくしたり。、、、、貴兄に言はん。われは痴れ者にはあらず。酒を飲むことを愛せる鍾離がすなはちわれぞかし」なんてのがこの話の終わりにはあるから、普段は酒仙に憧れ、忙しいを口にされていた方の日記にはぴったりのお返し。
こんな会話がするすると続くって素晴らしい人たちですね~
でも恐ろしくってなかなかコメントをつけられなくなって来ているのも事実です。
世の中恐ろしい。
そして面白いのかな?
見ているだけならね。
もしこのお仲間の中に入ったら、話をするたびに、頭真っ白になって、頭がショートして、夢から目が覚めなくなるでしょうね~
トップの写真は以前に使った大昔のもの。
それにしても、家の師匠もちょうど同じころに茶飯釜をやっていたんですね。
こちらも亭主だったけど、今なんで茶飯釜が流行るのだろう?
家のお流では茶飯釜はお許し物ではないけど、でもやはりどこの本を見てもカンペがない。昔の記憶にもさらさらない。
やらないものは覚えなくてもいいか、、、
突込みが入ったので、水加減できましたの。ですからして、ご飯になりましたのよ、一応。
レジュメでしたら、ございまするぞよ?
他流の方になら、流しても問題ないでしょう、ほほほ。純米大吟醸一斗酒、山鯨の肉一キロと、バーターで如何ですか?
あれっ? お許し物だったかなって思い、師匠に聞きましたら、お許し物ではないとのこと。
やる人が少ないからでていないのでしょうとのことでした。
自分のレジュメがあるかと思いましたけど、考えてみたらそのようなものは作ってない。
最後にやったのもずいぶんと昔のこと。
今や何も覚えていないですね。
でも大吟醸一斗なんて姐さまの一晩の晩酌にも足りないのではないですか。
ずいぶんと謙虚になられて、どうされたのだろう?
不気味です。
裏はその辺、至れり尽くせりですよね。
どこかは、どうもフレンドリーではない。
何か言うとすぐに、「稽古100篇」それだけです。