最初は耳慣れない言葉も聞きなれると自然に口から滑らかに出るようになる。
一昔前、初めて「クミスクチンチャ」という言葉を聞いた時は何度か聞き返した。
最近では某テレビ番組で紹介されたとかで健康食品愛好家の中では知られた名前になっているらしい。
クミスクチンとはマレーシア語で「ネコのひげ」という意味をもつ植物の名前。
各種ミネラルやカリウムが豊富に含まれているので利尿作用があり腎臓によいとの事。 「ウッチン」「グァバ」と共に沖縄の三大野草の一つだという。
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その「クミスクチン茶」を初めて耳にしたのは、未だ沖縄の健康食品が昨今のように一般に定着する前の事だった。
ヤマト在住の知人から「クミスクチン茶」を送るように頼まれた。 健康食品に疎い私は本土系列の大手薬品スーパーにそれを求めた。
広い店内にはいかにも新入り風の若い店員が2,3人いた。
客の途絶えた夏の昼下がりだった。
奇妙な商品名に初めから不吉な予感がしていた。
応対に出た若い青年の胸の「見習中」の札を見て不安は更に広がった。
「クミスクチンチャありますか?」
「クミス・・・?」
「ク・ミ・ス・ク・チン・チャ!」
「エッ?・・ナニのチン・・ですか?」
「クミスクのチンだよ。」
「はー?・・・一寸お待ちください」 件の見習青年、カウンターの中に入って同僚達と何かゴソゴソ相談している様子。
この手の類の話は当人同士が真剣であればあるほど後で思い出して可笑しくなるもの。
勿論私もその時は大まじめであった。
戻って来た青年の表情から、求める「・・チン」が何なのか、いや有るか無いか、それさえも分からない様子が読み取れた。
彼が戻る前に既に私の心は決まっていた。
≪訪ねた店が悪かったのか。 いや、慣れない店員が悪かった。 それとも商品名が悪いのか≫
≪ 早々に退散しよう。表では車で女房が待っているし。≫
「すみません。 クミ・ス・ク・・」 相手が「チン」を言い終わらぬうちに、「サヨナラ」・・・と、こういう場合あまり適切で無い言葉を彼に残してその店を脱出した。
店を出際に振り返ると、その哀れな青年「クミスク・・」と言いかけた口をポカンと開けたまま呆然と立ち尽くしていた。
後で落ち着いて考えて見ると、私のせっかちな行動と不明瞭な発音が、真面目な見習店員の心深く「変なオヤジ」というトラウマを刻み込んだだろうか。
しかし、こんな場合慣れた店員を置いてもらわなきゃ困る!
≪ロシアの大統領じゃあるまいし≫
待っていた女房の車に乗り込む時呟いた私の独り言を女房が聞き返した。
「ロシアの大統領がどうかしたの?」
「いや、チンの話だよ」
「何のチンですか」
「ロシアの大統領はフリチン、・・・いや、エリチン、・・・でもなくて、プーチンだ!」
「それがどうかしたの」
車に乗り込んで考えた。
あの見習新人に動揺をを与えたのはやっぱり私のせっかちな行動と不明瞭な発音のせいではない。
クミスクチンのせいだ!
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★蛇足;「クミスクチン茶」 インドネシアに広く自生するシソ科の多年草で、雄しべが長く伸びたユニークな形から、インドネシア語で「クミスクチン(猫のひげ)」と呼ばれる。 葉から抽出できる薬効成分「オルソシオニン」は、腎炎・水腫・尿路結石などに大変効果的。 ミネラルのカリウムを多量に含んでいるのが特徴。カリウムは血液中の窒素やナトリウムを排出し、血管や筋肉を柔軟にするため、高血圧・美肌・痩身・便秘などにも効果的です。ドイツでは「ニーレンティー(腎臓茶)」、中国では「腎茶」などとも呼ばれ、副作用のない「健康茶」として親しまれ、血液内の脂肪を取り除く「美容健康茶」として愛飲されている。