◆天皇謝罪が最大の和解策=慰安婦めぐる論争で米紙 (時事通信 07/3/8)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007030800679
米紙ロサンゼルス・タイムズは7日付社説で、従軍慰安婦問題をめぐる安倍晋三首相の発言に絡み、「天皇家の名で行われた(戦争)犯罪を、天皇陛下がより力を込めて謝罪することで(アジア諸国との和解に向け)一歩前進できる」と提言した。
同紙はこの中で「日本人と(アジアの)隣人が過去を和解する上で、最大の貢献を果たせるのは戦時の天皇だった昭和天皇の子である天皇陛下だ」と指摘。
また、安倍氏は中国や韓国との関係改善を目指し首相に就任したにもかかわらず、「歴史修正を試みる右翼に迎合し、関係を損なってしまった」と論評した。
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海外メディアは安陪総理の謝罪に留まらず、ホンダ議員の本拠地カリフォルニアのLAタイムズが天皇陛下の謝罪を求めるまでになった。
海外紙の論調はどれも単純な事実誤認で満ちており、一旦一人歩きを始めた誤報を打ち消す事の困難さを改めて感じる。
突然話が逸れるが、失語症の方が相手に意思を伝えるのには大変な苦労があり「コミュニケーション・バリア」を感じると言う。
長い文節を話そうとすると単語を次から次へと忘れてしまい話そうとする内容は空中分解して話にならないと言う。
その際相手がこちらが失語症であることを前もって理解していてくれると短いフレーズの繰り返しでも何とか「コミュニケーション・バリア」を乗り越えて会話が成立すると聞く。
つまり、簡明にして短い文節、そう、小泉前総理の「ショート・フレーズ」で会話をすればコミニュケーションはうまくいくという。
小泉前総理は在任中はやれ「ショート・フレーズ」だとか「説明不足だ」とかでマスコミの批判を浴びたが、今になって考えると彼の話にはインパクトがあった。
褒めすぎかも知れないが「寸鉄人を刺す」の感さえあった。
今アメリカメディアに飛び火している「従軍慰安婦問題」について、失語症で言う「コミニュケーション・バリア」の克服が大いに参考になる。
小泉前総理の説明不足の「ショート・フレーズ」に比べて安陪総理の説明し過ぎの「ロング・フレーズ」の方がよりわかりにくい。
相手が海外メディアともなると安陪総理の発言はさらに大きな「コミニュケーション・バリア」に邪魔される。
そもそも問題の発端である「河野発言」自体が分かりにくい。
それを継承しながらも、それを唯一の根拠にした米決議案について「客観的事実に基づいていない」とか、「決議があったからといって、われわれが謝罪するということはない」と言う説明を海外メディアに理解させるのは至難の業である。
正に「コミニュケーション・バリア(河野談話)」の上にもう一つ「バリア(安陪総理の発言)」を積み重ねる感を受ける。
また、議論の焦点となっている「強制性」について、「業者が間に入って事実上強制したこともあった」と認める一方、「官憲が家に押し入って連れて行くという強制はなかった」と言う説明も海外メディアには理解不可能だろう。
強制性についても「広義の強制性」とか「狭義の強制性」と言う説明は苦し紛れの弁解とさえ捉えられかねない。
「コミュ二ケーション・バリア」の除去には、説明は不要、結論だけを述べれば足りる。
「従軍慰安婦は存在しなかった」。
「強制連行は捏造である」。
「『河野談話』には事実誤認がある」。
それを受け継ぐ理由は、
「『河野談話』は戦時売春婦に示した同情の談話である」。
「『河野談話』は歴史的談話ではなく政治的談話である」。
話を単純化するのである。
狭義・広義の強制区別などを言いだすと事情を知らない海外メディアにさらに火をつけることになる。
淡々と事実をありのままに結論だけを述べば良い。
説明不足とか、論拠を示せと言われたら、海外マスコミへは、英語で詳しい状況説明をし、同時に政府広告を行う。
相手に説明不足と言わせ、疑問を持たせて、それから論理的に説明し、理解して貰えなければそれまでの事。
これで「コミニュケーション・バリア」は一気に崩壊する。
もう少し親切に説明するなら、
「『河野談話』には事実誤認があった。官憲の強制連行、奴隷的扱いに関する調査資料は見つかっていない」とする。
誰が言ったか前方の敵と戦っていると後ろの味方が矢を放って来るという。
「河野談話」修正に党内で反対する山崎拓氏や加藤紘一氏には毅然とした態度で臨み、公明党との連立を解消する。
目先の政局に流され、曖昧な態度で対処すると「河野談話」の二の舞になり再び将来により大きな禍根を残す事になる。