依田氏の一連の暴力事件は確信犯であった。
依田さん語録
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当日記で依田氏のことを慢性的に嘘をつく「大嘘つき」と何度も公言してきた。
それを見ていた依田氏が、激怒の上発狂!
嘘で散りばめたストーカー攻撃を仕掛けてきた。
このストーカー攻撃は、30分間に連続で10件以上書き込むほど偏執的で、中身は嘘まみれ。
この一点だけ見ても、依田氏が病的な虚言症であることがわかる。
依田氏が厄介なのは病的虚言症の他に暴力癖がある事実だ。
依田氏は、you cubeや公開討論で落ち着いて自信満々の対応をする。
見かけは理路整然の印象を視聴者に与える。
だが、文字による嘘は証拠が残る。
依田氏が映像でいくら詭弁を弄しても、音声はすぐに消え去るので、画像を逐次早送りしない限り、彼の嘘を見抜くのは困難だ。
ところが、ブログなど文字がそのまま残る媒体では、彼の「長所」(詭弁が上手)が欠点になる。
文字は詭弁の証拠が残るので読者は繰り返し検証し、大嘘を見破ることができる。
当日記のブログのコメント欄に病的なストーカー攻撃を掛けた後、筆者とのチャンネル桜スタジオの対決に敵前逃亡した後、不思議なことにコメント欄へのストーカ攻撃はピッタと止まった。
たったの一件のコメントもないのだ。
これは一体何を意味するのか。
理由は簡単。
依田氏の選挙支援者が彼のコメントをみて文字で依田氏の異常性を察知した。
コメント欄で証拠を残したら依田氏の印象が悪くなると判断、コメント止めるよう進言したのだろう。
依田氏は文字で勝負するより得意の「雄弁」で勝負すべきと考えた。
作戦変更は正解だろう。
ところが、依田氏が我那覇氏と知り合う前の無名時代、「雄弁による表現」の代わりにブログという、文字メディアで自己表現をしていた事実が発覚した。
依田氏の発言を古いブログから再現した人物が、「依田氏の語録」を紹介している。
ブログから判明した依田氏の本性は、驚いたことに、打つ、蹴る、殴るで相手を服従させ自分の支配下に置くことを、愛の一種だというのだ。
ということは、一連の依田氏の暴力事件は、偶発ではなく確信犯であったことになる。
以下に依田氏の古いブログを検証した記事を引用する。
<header class="entry-header">高江暴力事件で有罪となった依田啓示氏が、「殴る、蹴る、怒鳴る、叱るも愛のうち」と記していた件についてです
</header>暴力事件と地元に関するデマ、ネット右翼とのつながりで、今やすっかり有名になってしまった依田啓示さんですが、
自分が暴力ふるった行為を正当化するため、数々のデマやヘイトを繰りかえして、そのたびに、「みなさまー」で始まる投稿文で支援を呼びかける、ネトウヨ商法が話題になっています。
お1人、一ヵ月につき3万円のマンスリーサポートだと、36万円という、びっくり金額で、10人もいればそれだけで年収360万円ですね!
ある意味で、彼は、特定の対象を自分の思った通りに動かしたい、その操作のためにデマとヘイトを繰り返しているのでしょう。ご自分でそうおっしゃってますから。
ペットや家畜など特定の対象を自分の想った通りに動かす。
彼らネトウヨのお友達だと思いますが、ネットにこんなことを書いていた人もいましたよ。
罰金10万円程度であれば、宣伝広告費としては非常に安い。必要なのは、意図的ではなかったというストーリーを作って実行に移せる計画を描く構想力と実際に行動に移す行動力。
— 池城安敏 yasutoshi ikesh (@yikeshiro) 2017年8月11日
および、パヨクと愛国者をほんの少しだけ騙す度胸だけです。
意図したことが当たって大成功の結果を既に得ています。 https://t.co/MG9eM2UUCs
このツイートにも驚きました。
依田さんはご自分をクリスチャンだと主張する一方で、翁長知事の病気の知らせを聞いて「因果応報」だと語ったことも、僕にとっては信じられないことです。というのも、キリスト教には「因果応報」などという考えはないからです。それは、やまいと闘っている人を、さらに人格的におとしめ、差別する言葉だからです。
最低だと思うよ。
女性差別や、病気と闘っている人への差別。
でもすべてはもしかしてここに行き付くのではないかなと思います。
依田啓示ブログ canaanfarm.ti-da.net
2014年4月4日
従うとは
最近、少し成長してきた依田くんのなが〜いボヤキを聞いて下さい。いや、読んで下さい!か?笑
『従う』または『従わせる』事は、つまり、ある特定の意図を持った人物が、子供、生徒、社員、またはペットや家畜など特定の対象を自分の思った通りに動かす事だと考えています。
『従う』ことなしに、家族も組織も統制が取れないという人もあれば、『従わせる』行為自体が、アメかムチを使用する強制力がある以上、持続的でないという人もいます。
殴る、蹴る、怒鳴る、叱る、その他、職を失うとか、給料が下がるなど、身体的、心理的な圧迫に加えて、経済的な要素が含まれている『ムチ』
逆に、従えば昇給、昇格、社内での名誉的な待遇向上、お食事、ブランド物などの贈り物など、直接欲に訴える『アメ』と言う手法もあります。
どちらも持続的でないと言ったのは、このアメとムチの要素がなくなった途端、緊張や意欲が減退し、本来のパフォーマンスが発揮されないからです。
下り坂の会社が、有能社員の離職や謀反で一気に転げ落ちるのはそのためでしょう。
日本では、この重要で複雑な課題をこれまで考えなくても十分やってこれた。それは、封建制度があったからだと考えているので、福沢諭吉の『天は人の上に人を作らず、、、』と言う名言の普及とともに、そして、敗戦後のアメリカの統治政策の浸透とともに、少しずつだが確実に、『従順』という価値観が廃れてきたような気がします。昔は、生まれながらにして、カーストという階級があり、皇家や武士として生まれた者以外が、例外を除いて、ステップアップすることなどあり得なかった。
つまり、お上の『権力』に対して疑問を持つことすら許されず、盲目的に従うという事が美徳とされ、それが私達のDNAに刷り込まれてきた。
未だに、海外のどこの国にもいるような革命的なリーダーが日本に出現しないのは、その芽生えを自制する精神と、それを封じ込める社会があるからだと思います。
ところが、最近、在日外国人だろうが、だろうが、金さえあれば、政党の党首を思いのままにコントロールし、社会の裏も表も掌握する権力者が出現し始めた。昔の呪縛を破ったという意味では、社会的な平等を謳歌しているとは言えますが、それによって、金、権力、名誉、その他の暴力的な力があれば、はい上がって人を支配できるという間違った価値観が蔓延してきたのも事実だと思います。
そこは、アメとムチだけを使って従わせる極限の世界。この大事なテーマに、答えを見出すことなく、死んでいった権力者は多い。
『従う』という意識が各人に存在するだけで、学級崩壊や犯罪などの社会問題が激減することは断言できるでしょう。
だから、如何に従わせるか?が永遠のテーマとして、外交から結婚、教育、育児、ペットのしつけに至るまで研究され、本が飛ぶように売れてきたのです。
『この子、言うこと聞いてくれないんですぅー』って言うバカ親を見ると、ものすごく腹が立つ。それは、その親と子供がバカで居続けるというレベルでなく、それがドンドン社会に出てきて、国の在り方に大きな影響を及ぼすからだ。
非常に高い志を持ち、愛する国のために何か貢献したいという人と、前出のバカ親は、投票の場において、同じ一票でしかない。
バカ親が多数を占める現在、政治家も、バカが喜ぶバラマキ政策を断行せざるを得ない部分があります。
戦時中の神風特攻隊で国に命を捧げた祖先達は、金がもらえるから、上司が恐いから、命令に従ったのか?
命令以前に、この素晴らしい国を、家族を、天皇陛下を護りたい!という強い愛情に裏打ちされた自己犠牲の精神があったからではないのか?
自殺者を出してブラック企業と言われている会社は、何もワタミだけではありません。
そういうところは、自己犠牲ばかり社員に説いて、社員から愛される事を何もしていない。
どちらが先か?と聞かれれば、それは『愛』なんじゃないかな?と少し成長した僕は思うのです。
じゃあ、『愛』とはなんぞや?となると、殴る、蹴る、怒鳴る、叱るも含まれるから、重要で複雑な課題だと考えているのです。
殴る蹴るも愛のうち、と公言してはばからない依田さんです。
殴ったり蹴ったりすることが愛情なら、家庭や会社でも殴ったり蹴ったりが日常的にあっても当然という事でしょうか。
そしてその暴力性が、見ず知らずの他人の女性にまで及んだのでしょうか。
殴る蹴るは愛ではありません、暴力です。
暴力を愛だと思っている以上、その人の暴力は止まりません。
家庭内暴力 (DV) はこの意識から生まれているからです。
★
現在依田氏は県議の立候補の予定だが、暴力行為の前科があるので今回も起訴されることは間違いない。
このように、「慢性的虚言癖」がある上、「暴力癖」のある人物が間違って当選したらどうなるか。
依田氏は打つ、蹴る、殴るで自分の支配下に置いた有権者をペット並みの認識で「愛している」というのだ。
考えただけで、身震いがする。
【おまけ】
サイコパスの10の特徴
https://keiji-pro.com/magazine/10/
表面上は口達者
サイコパスは、表面上口達者な人が多いです。初対面の人とも会話が弾み、社交的で、魅力的な人に見えます。サイコパスの人は状況を把握する能力が高く、自分がどのように振るまうべきかを理解しており、相手が求めるような会話をいとも簡単にできるのです。
利己的・自己中心的
サイコパスは、非常に利己的で、自分のことしか考えません。これは、他人に対する共感力が欠如していることが原因です。そのため、自分の振る舞いによって他人がどのように感じようが一切気になりません。
自慢話をする
サイコパスは利己的・自己中心的であるため、自分が世界の中心であると思っています。そのため、自分を優秀であると思っていたり、他人を見下したりする傾向にあります。そのため、自分に対して自信があり、当然のように自慢話をします。
自分の非を認めない
利己的であることや、自分を優秀であると考えていることから、サイコパスは自分の非を認めるようなことはしません。何か問題が発生したとしても、それは他人のせいであるか、運が悪かったなどと解釈しており、決して自分の行動を反省することはないのです。
結果至上主義
サイコパスは結果至上主義者です。成果を手に入れるためであればどのような手段をも用います。
よりよい成果を出すためなら、他人を踏み台にすることも、他人を騙すことも躊躇しません。
平然と嘘をつく
平然と嘘をつくのもサイコパスの大きな特徴です。自慢のため、他人を利用するため、自分の目的を達成するために、人を騙しても何ら良心の呵責を感じることはありません。
共感ができない
他人が悲しんでいたり、反対に嬉しがったりしても、まったく共感ができません。ただし、『悲しい』『嬉しい』という概念自体は理解しているため、共感していなくとも、相手がどういう状態にあるかは理解することができます。
他人を操ろうとする
他人に対する共感ができないため、結果を出す、自分の目的を達成するためでならば、平気で他人を操ります。そして口達者であることや、平然と嘘をつけることから、実際に他人を操る能力が高いのも、サイコパスの特徴の一つです。
良心の欠如
サイコパスには良心が欠如している人も多いです。そのため自分の行動によって他人に迷惑をかけようとも一切気にしません。特に良心が著しく欠如している場合には、猟奇的な殺人者になるケースが見受けられます。
刺激を求める
サイコパスの人は、刺激がない状態には耐えられません。常に自分を満たすために、スリルを追い求めたり、リスクをとって危険な行動に出たりします。そのため、常に同じことをするなどの面倒でつまらない作業には耐えられないケースが多いといわれています。