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八重山日報 2月7日

石垣市長選(23日告示、3月2日投開票)と同日選になる市議補選に、現職、中山義隆氏(46)の陣営は保育士の東内原とも子氏(57)=白保、前職、大浜長照氏(66)の陣営は農業委員会会長の崎枝純夫氏(59)=石垣を擁立することが6日までに決まった。これを受け市議補選は、市長選の両陣営とセットの2氏による一騎打ちとなる可能性が強まった。この日、出馬に意欲を示していた元社大党書記長の新垣重雄氏は不出馬と崎枝氏の支援を表明。元市議の今村重治氏も「状況を見ながら、9月の本選も視野に判断したい」と慎重姿勢に転じた。
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本日も石垣市長婦女暴行疑惑のサルベージ記事です。(改めて言うまでもないことだが、スルーするのは読者の自由である)
この事件に登場する破廉恥ペンギン市長とは、大濱長照前石垣市長のことであり、現職の中山市長のことではない。
大濱前市長は16年にも及ぶ極左独裁政権に胡坐をかき権勢を振るった。
その行き着く果てが市職員を婦女暴行したとして「狼魔人日記」で告発された。 これが当時のいわゆる「石垣市市長婦女暴行疑惑」である。
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多くの読者から激励のメールの他に類似事件の貴重な体験談を頂いています。
その中の一つを紹介します。
《sさんの件ですが、事情聴取が始まったそうですが、その後の捜査が問題です。地元の現役市長を相手に石垣署はシッカリとした捜査が出来るのか? 及び腰な捜査になるのではと心配しています。
私の経験ですが、那覇署に被害届を提出したのに遅々として捜査が進まない事がありました。(以下削除:10月30日)
》(注:ご本人の削除依頼により削除しました)
貴重なご意見で、Nさんには感謝します。
ただ、sさんの場合は最寄の警察署に届けを出すや、即時書類が所轄の八重山署に転送され、時を移さず刑事二人を派遣しており、二日間に渡る事情聴取も実行しており証拠物件も持ち帰っております。
上記Nさんの場合の那覇署の怠慢さに比べて八重山署の熱意が伝わる敏速な行動で対処していただいています。
さすがの石垣市長の権勢も八重山署には及んでないと判断しました。
それにこの事件の特徴は、人気のない山道でsさんが、待ち伏せしていた石垣市長に襲われたわけではなく、石垣市の部長、課長、係長、係長補佐それに組合幹部まで同席していた場所で行われたという疑惑なのだ。
勿論、彼らは市長の「目的」は先刻承知の上、家で待つお子さんを案じて、sさんが帰宅しようとするのを、数を頼んで妨害し市長の前に連れ戻している。
この手の性犯罪は通常密室でおこなわれるので、“証拠”に頼らざるを得ず、それがいやで泣き寝入りする場合が多い。
ところが、本件は現場に市のお偉方が雁首を揃えて同席し、市長のご乱行を幇助したといわれている。
彼らは証人であると同時に共犯者といわれてもおかしくはない。
大きな意味で言えば、彼女が属していた介護長寿課が一体となって、仕事をしやすくするため石垣市長にサラさんを人身御供として差し出したと言われても仕方ないだろう。
これではsさんは、北朝鮮の金王朝における「喜び組」のようなものではないか。
それに、証拠物も刑事に引き渡した重要物件の外に、当日事件直後にsさんが駆け込んだ病院のカルテもあるという。
これほど、証人、証拠のそろった婦女暴行疑惑も珍しい。
それだけ、石垣市長が権力をほしいままにし、これまでも傍若無人の振る舞いをしてきたことの証である。
市長は公務を放棄して遁走中との情報が入っているが、今後の八重山署の正義感に期待して経過を見守りたい。
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警察への被害届けも出してないsさんに、石垣まで行かなくとも最寄の警察署へ届けを出すよう強く勧めたその日、彼女は何の躊躇もなく行動に移した。
午前10時ごろ電話したら、その日の午後一時には被害届けは提出されていた。
彼女が被害届けさえ提出が遅れていた理由を、「裁判沙汰も警察沙汰も経験のない普通の主婦がなす術を知らなかった」と書いた。
だが、正確にいうと過去に一度だけ「裁判沙汰」の一歩手前の「弁護士沙汰」の経験はあった。
前夫との離婚訴訟の代理人としての弁護士沙汰だ。
相談する弁護士を知らないsさんが、友人に相談したら、優秀な弁護士として紹介されたのが、後にsんの兄の冤罪事件にも登場するs弁護士だ。
だが、その時は、s弁護士に相談したことが、後に自身に降りかかって来る「同調圧力」の人脈の輪に引きずり込まれたことになるとは、神ならぬ身のsさんには知る由もなかった。
その時sさんは後に自身が「反戦証人」と呼ぶ「沖縄カルト」の人脈の輪に、それとは知らずに入り込んだのであった。
人間の思考・行動を呪縛する濃密な人間の鎖の出発点は、sさんを左翼弁護士のs氏に紹介した友人のH枝さんから始まる。
後に知ったことだが、H枝さんは、熱心な左翼活動家であり、集団自決の語り部であるとも聞いた。
さらに「沖縄カルト」との輪はs弁護士と那覇高校時代の同期生であり、sさんの兄を「セクハラ冤罪事件」へ追い込んでいいった左翼活動家・t氏へと繋がっていく。
ここに登場するs氏とt氏とは、同じ那覇高校の同級生である。
大浜市長とは年齢は同じではあるが、出身高校が八重山高校であるため若い頃の接点はないように思えるが、意外な人物を仲介して「沖縄カルト」の濃密な左翼の輪は繋がれていく。
その石垣との接点となった沖縄政界の大物の説明は後に譲るが、那覇高卒の「沖縄カルト」二人と八重山高校卒の大浜市長との「沖縄カルト」の輪は見事に繋がっていくのである。
前に、沖縄の共同体は次の三つの呪縛により行動が束縛されると書いた。
それは、血縁、地縁、職場縁の呪縛だが、沖縄の祖国復帰以後、進出してきた左翼勢力がさらなる強い呪縛を県民に強要してきた。
沖縄タイムスと琉球新報が全体主義による同調圧力の呪縛の総本山となった。
これら全体主義の呪縛は、集団自決の証人としての母の遺言を踏みにじって左翼の呪縛に絡めとられた宮城晴美氏の例が有名である。
宮城晴美氏が左翼勢力の呪縛に絡みとられ母の遺言を踏みにじったことを、次のように書いた。
◆左翼勢力の呪縛
晴美氏の悲劇は、母から引き継いだ呪縛だけではなかった。日本復帰後、急速に台頭してきた沖縄左翼勢力の呪縛である。戦後生まれの晴美氏は、地元の大学に進み左翼学者安仁屋政昭教授の薫陶を受け、地元の「プロ市民」になっていた。
自著が大阪地裁の原告側証拠として提出されるや、被告側証人となった恩師との板ばさみという苦境に立たされることになる。晴美氏は母の遺言に反して被告側の証言台に立つことになるが、証言直後に『母の遺したもの』を書き変えるという恥ずべき行為に及ぶ。
母は戦中戦後と島の呪縛に悩んだが、これを引き継いだ娘は新たな左翼勢力の呪縛に巻き込まれることになる。集団自決が親子二代に渡って引き起こした悲劇である。『証言を阻む南の島の呪縛』
左翼というキーワードで連結していく「沖縄カルト」の人脈は、それとは知らぬsさんを幾重にも包囲し、その相関の鎖が浦添市のsさんの実兄を窮地に陥れていたとは、sさんには夢想もできぬことだった。
(那覇高校同期生である国費生三人を中心に形成した「沖縄カルト」が同じ年齢で国費生である大浜市長に繋が詳細は次稿に譲る)