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【成田悠輔×堀江貴文】高齢者は老害化する前に集団切腹すればいい?成田氏の衝撃発言の真意とは
【成田悠輔が炎上】彼の「高齢者は集団自●しろ」発言について正直言います【ひろゆき/切り抜き/論破/成田悠輔】#ひろゆき
年中「老害」を巻き散らしている「狼魔人日記」の管理人ごときが、成田悠輔助教授のような天才のコメントの真意を理解するのは困難だ。
とは言っても、少子高齢化に伴う国民皆保険を継続させるため医療費の金食い虫である高齢者に安楽死の権利を与えよというコメント、と理解する。
ただ現行法では安楽死は認められていないので、成田氏は対抗手段として高齢者の集団自決を主張したのだろう。AIに条件をインプットしたら「集団自決」に近い回答を得るだろう。要するに為政者・権力者の世代交代の必要性を皮肉ったのだろう。
AIが惻隠の情や「やせ我慢」の気持ちを理解できるか否かは不明だが。
同じ天才でも明治維新を目撃・体感した福沢諭吉は滅びゆく徳川幕府と倒幕に成功した明治新政府を対比させ、「やせ我慢の説」を発表した。
以下は「やせ我慢の説」の現代語版の引用である。
さて、この国家を成り立たせ、政府を成り立たせる公の道を行おうとすることは、平和な時においてはそんなに苦労もありませんが、時代の移り変わりによって国家の栄枯盛衰がどうしてもあります。
国家が衰える時期となった場合、とても自国の地位や状態を維持することはできず、滅んでいく運命はすでに明らかではあったとしても、なお万が一の幸運を期待して、決して屈服せず、実際に力が尽きて後に倒れるまで努力するのは、これまた人間としての感情がそうさせるところです。
その様子をたとえて言うならば、父や母が重い病気にかかって回復の望みがない場合に、そうだとはわかっていても、なお実際に臨終を迎えるまでは、医療や薬による治療を怠けて中断することはないようなものです。
このことも、純粋に理論的な哲学から言えば、どうせ死んでいく病人なのだから、望むこともできない回復を目指して無駄に病気の苦しみを長引かせるよりは、モルヒネなどを投与して臨終を安楽にさせることこそ智恵がある人のようではあります。
しかし、子どもの身となって考えるならば、何万分の一、何億分の一の幸運を期待することはあっても、ことさらに病気の父や母の死を促すようなことは、人間としての感情として耐えることのできないものです。
一見効率性を優先すると思われる福沢諭吉が安楽死に関しては、人間の感情を前面に出し、非効率性を主張しているのが興味深い。
但し、福沢諭吉の「やせ我慢の説」発表当時は
➀国民皆保険も無ければ
➁年金もなかった
③徳川幕府の重臣だった勝海舟が、倒幕に成功した明治政府の御意見番になるのを福沢諭吉は批判していた。(榎本武揚も)