帰宅する電車の中でのこと。電車の入り口近くのつり革につかまって立っていたぼくの横に、紺色のコートを着てマフラーを首に巻いたかわいい高校生の女の子が乗ってきた。彼女は、座席の支柱につかまっていた。この路線は駅の近くのポイントに差し掛かると大きく揺れる。だから、中途半端な混み方の時は、なにかにつかまらないとよろめくことになる。ぼくは左利きなのでカバンを左手に持つ。ぼくの左にひとつ開いたつり革を残して、すぐ左隣が支柱につかまる彼女。ほどなくして電車が出発。揺れる電車に、空いていたぼくの左のつり革をつかむため、後ろに立っていた40代のおっさんが手を伸ばしてきた。
無理な姿勢でつり革に手を伸ばすのは良く見かける。ただし、気になったのは、その後ろのおっさんに押されて、ぼくの左にいた女子高生の肩からぶら下げていたバッグがぼくの持つ荷物の上に位置したこと。彼女のバッグの重さがまともにぼくのカバンにかかって来る。・・・重い。
しばらくして、隣に立っていた女子高校生が動いて後ろのおっさんと位置を交換した。おかしげな気配を感じて振り向いたら、彼女は近くの別の女子高校生となにやら話している。・・・彼女の友達が傍にいたんだ・・・とその時は思った。
<こいつか!>ぼくの後ろに立っていた40代のおっさんの襟首を、別の乗客が後ろからつかんで引っ張った。おっさんは<なにもしてねえよ!>と答える。その後ろで、女子高生がよく聞き取れなかったけど、なにやら言っている。そして事件はこれで終わった。電車は次の駅に着き、くだんの女子高生と男の襟をつかんだ男は大勢の客とともに降りていった。
なにがその場であったのか、すぐ近くにいながら良く分からなかった。たぶん、女子高生が別の子に話していたのは<痴漢された>と告げたのだろう。だから、それを聞いた近くの乗客が、彼女の傍にいた40代のおっさんの襟首を後ろからつかんだのだろう。女子高生が<違うかもしれないから止めて>みたいな事を言ったので、それで一件落着となったようだ。
ここで、この記事にとりあげたポイントは2つ。本当に身に覚えが無いのなら、なぜ、襟首をつかまれた男は怒らなかったのだろう。ぼくなら、そんな真似をされたら逆上する。また、女子高生が<痴漢された>ようなことを言った時、なぜ、あのおっさんは自分が疑われていることを確かめなかったのだろう。もうひとつ、<間違っているかもしれないから止めて>と言った彼女。君の一言で、事件は落着した。実際に痴漢されていたのなら、彼女の心の中は悔しさでいっぱいなのだろう。しかし、疑わしきは罰せず。事を荒立てなかった彼女の勇気をぼくは褒め称えたい。
実際になにが起こったのか、ぼくにはわからない。しかし、例えば引っ込みがつかなくなった女性から、のっぴきならない状況に追い込まれる危険性は大いにある。不可抗力のまま冤罪に陥いっていく・・・。すぐ側に、こんな危険が潜んでいるのだ。恐い世の中になったものだ。