中小企業の事業承継において、任意後見制度の利用も選択肢の一つとして考えられるところであるが、次のような問題点があることに留意する必要がある。
1.取締役の欠格事由
成年被後見人又は被保佐人であることは、取締役の欠格事由である(会社法第331条第1項第2号)。したがって、後見開始又は保佐開始の審判が確定した時(告知の日から起算して2週間を経過した日)に、取締役の資格を喪失し、退任することとなる。これに対して、被補助人であること又は任意後見契約の効力が生じたことは、欠格事由とされていない。このため、任意後見制度を利用する場合には、本人の判断能力如何により、取締役としての職務を果たせないにもかかわらず、辞任もできずに、取締役としての地位が継続するという事態が生じ得る。
したがって、任意後見制度を利用する場合には、取締役としての処遇について検討しておく必要がある。「任意後見監督人選任申立て時に辞任する」旨の意思表示をしておく(ただし、このような条件付辞任の意思表示が認められるか否かという問題はある。)、あるいは民法第653条は任意規定と解されていることから任意後見監督人の選任がなされることを委任の終了事由として定款に定めておく等が考えられるであろう。
2.株主総会における議決権の行使
成年後見人は、法定代理人である(民法第859条第1項後段)から、成年被後見人が株式を所有している場合には、成年後見人が株主権の行使を代理することができる(会社法第310条)。
他方、保佐人、補助人又は任意後見人の代理権は、特定の法律行為等(民法第876条の4第1項、第876条の9第1項、任意後見契約に関する法律第2条第1号)についてのものであり、代理権目録に「財産の管理」とあるだけでは、株主総会における議決権の行使については代理することはできないと考えられている。上場企業の株式であれば、特段の問題は生じないと思われるが、自らが経営する中小企業の株式について議決権の代理行使を希望する場合には、代理権目録に「株主権の行使」と明記しておかなければ、保佐人、補助人又は任意後見人は、株主総会において議決権を代理行使することはできないこととなる。
実務上あまり配慮されていないようであるが、特に、任意後見制度を利用する場合には、本人の判断能力如何によっては、議決権を行使することができる者がいないため株主総会を開催することができず、デッドロック状態となり、打開のために法定後見への移行を余儀なくされるという事態も生じ得ることから、留意する必要がある。
なお、司法書士等が成年後見人等又は任意後見人に選任されている場合に、その議決権の行使が当該中小企業の経営において適切な判断に基づくものであることを期待し得るか否かは別論であり、別途検討を要する問題である。