旬刊商事法務2019年7月25日号に,髙橋陽一「平成30年度会社法関係重要判例分析(上)」があり,標記に関して,東京高裁平成30年7月11日判決(金判1554号8頁)が紹介されている。
原審である東京地裁平成30年2月14日判決(金判1554号14頁)が,「Y社は株券発行会社であるが,その設立以来株券は発行されておらず,既に株券発行に必要な合理的期間を優に経過していることからすれば,株式の取得者は,株券の交付なくして株式の取得をY社に主張でき,株券を提示しなくても,実質的権利を証明することにより名義書換を請求することができるものと解される」と判示し,東京高裁も原判決を引用し,是認しているそうだ。
筆者である髙橋陽一京都大学准教授は,最高裁判例(最大判昭和47年11月8日民集26巻9号1489頁)の考え方から導くことができる,とされている。
cf. 最高裁昭和47年11月8日大法廷判決
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52625
【判示事項】
株式会社が株券の発行を遅滞している場合における意思表示のみによる株式譲渡の効力
【裁判要旨】
株式会社が株券の発行を不当に遅滞し、信義則に照らして、株式譲渡の効力を否定するのを相当としない状況に至つたときは、株券発行前であつても、株主は、意思表示のみにより、会社に対する関係においても有効に株式を譲渡することができる。
ところで,株券発行会社の株式の譲渡は,当該株式に係る株券を交付しなければ,その効力を生じない(会社法第128条第1項本文)のであり,株券の発行前にした譲渡は,株券発行会社に対し,その効力を生じない(同条第2項)ものとされている。
この点,上記最高裁判決も,
「以上述べたところから商法二〇四条二項の法意を考えてみると、それは、株式会社が株券を遅滞なく発行することを前提とし、その発行が円滑かつ正確に行なわれるようにするために、会社に対する関係において株券発行前における株式譲渡の効力を否定する趣旨と解すべきであつて、右の前提を欠く場合についてまで、一律に株券発行前の株式譲渡の効力を否定することは、かえつて、右立法の趣旨にもとるものといわなければならない。もつとも、安易に右規定の適用を否定することは、株主の地位に関する法律関係を不明確かつ不安定ならしめるおそれがあるから、これを慎しむべきであるが、少なくとも、会社が右規定の趣旨に反して株券の発行を不当に遅滞し、信義則に照らしても株式譲渡の効力を否定するを相当としない状況に立ちいたつた場合においては、株主は、意思表示のみによつて有効に株式を譲渡でき、会社は、もはや、株券発行前であることを理由としてその効力を否定することができず、譲受人を株主として遇しなければならないものと解するのが相当である。この点に関し、最高裁昭和三〇年(オ)第四二六号同三三年一〇月二四日第二小法廷判決・民集一二巻一四号三一九四頁において当裁判所が示した見解は、右の限度において、変更されるべきものである。」
と述べているところである。
最高裁は,
「安易に右規定の適用を否定することは、株主の地位に関する法律関係を不明確かつ不安定ならしめるおそれがあるから、これを慎しむべきである」
としているのであって,
「少なくとも、会社が右規定の趣旨に反して株券の発行を不当に遅滞し、信義則に照らしても株式譲渡の効力を否定するを相当としない状況に立ちいたつた場合」
に限定して,株式の取得者が救済されるとしたものである。
なお,株券発行会社において,株券を現実に発行していない場合としては,
① 公開会社でない株式会社において,株主から請求がないために発行していない。
② 公開会社でない株式会社において,株主全員から不所持申出を受けた。
③ 公開会社において,株主全員から不所持申出を受けた。
④ 公開会社において,違法に株券を発行していない。
という4つのケースが考えられる。
上記東京高裁判決の事案は,おそらく④のケースであると思われ,そうであれば,最高裁判決の事案と類似するものである。最高裁判決の事案の当時は,他の3つのケースは存せず,①は平成16年商法改正により,②及び③は昭和41年商法改正により許容されることになったものである。
しかし,現行の会社法下において,④のケースを他の3つのケースと殊更に区別して,株券の発行の請求をしなくてもよい,とする合理性はないと思われる(請求するのは,容易である。)。
したがって,上記東京高裁判決の事案のように,株主が株式会社に対して株券の発行を請求することをせずにした株式の譲渡の場合の株式の取得者が,上記「最高裁判決の考え方」から救済されると考えるのは,甚だ疑問である。