プロ野球・広島のファンが首都圏で増えている。にわかには信じられないかもしれないが、東京ドームや神宮球場では最近、観客席がチームカラーの赤で見事に染まる。全球団で最も長い20年間もリーグ優勝を逃し、リーグ3位以上が争うクライマックスシリーズも未経験。そんな球団にいったい何が起きているのか?
「絶対勝つぞ! カープ! 絶対勝つぞ! カープ!」。8月30日、東京・新宿の神宮球場では、試合前から多くの広島ファンが気勢を上げた。赤いユニホーム姿のファンは、レフト観客席をほぼ埋め、内野席の一部にも陣取っている。
見た目では明らかに、本拠・ヤクルト側の応援を上回る勢いだった。いやいや、データだってある。
今季、神宮球場であったリーグ公式戦の観客数は、広島戦が1試合平均2万3589人で、巨人戦や阪神戦を上回って最も多い。ヤクルト・宮本慎也選手の2千安打達成と重なった影響もあるが、ヤクルト球団広報は「広島戦は近年、巨人や阪神戦に迫る集客力がある」と言う。
巨人の本拠、東京ドームの平均観客数も調べてみたら、こちらも今季は広島戦が最多となっている。
横浜スタジアムでも7月、広島側外野席が満員になり、広島応援団代表の苅部安朗さん(37)が「応援団歴20年で初めてだった」と驚いた。主に首都圏の球場で声援を送ってきた苅部さんは「20年前はどこの観客席もガラガラ。いつの間にかファンが増えた気がする」。広島出身の記者も、遠く離れた関東で見る光景に驚かされた。
■「成長感じる」「応援に一体感」
8月30日の神宮球場で、ファンの声を聞いてみた。
埼玉県草加市の駒崎沙織さん(30)は「7年前に広島市で観戦してファンになった」という。なかなか勝てないチームを懸命に応援する地元ファンや、被爆地復興の象徴だった球団の歴史などに接し、ひかれたという。「他の球団とは背負っているものが違う。弱くてストレスがたまるけど、応援のしがいがある」
阪神ファンだらけの滋賀県で育った邑橋(むらはし)正樹さん(30)は、上京前からの広島ファン。「資金力で有力選手を集める球団が上位を占める中、親会社のない広島は育てた選手ばかり。成長を感じられる」
今年からの広島ファンという川崎市の武井真理子さん(26)は「『スクワット応援』が楽しい。一体感があって。知らない人とも楽しめる」。応援団のトランペットに合わせて、立ったり座ったりして声援を送るスタイルは広島独特だ。
こうしたファンの熱い思いに応える無料雑誌もお目見えしている。在京の女子大生2人が2年前に創刊した「Capital」だ。創刊号は選手のインタビュー記事や観戦記などを盛り込んで1千部刷った。これまで5号を出し、まもなく出す6号は5千部を刷るという。編集メンバーも14人に増えている。代表の大学4年生、河本健志さん(21)は「本拠の広島から離れた関東でも、ファンの広がりを感じられる中身にしたい」と話している。
広島球団によると、毎年1万5千人を募るファンクラブ会員のうち、3割近くが関東在住。広報担当者は「広島市周辺から上京し、郷土愛で応援してくれる人も多いのでは。遠い関東でも熱い応援で、ありがたいことです」と話す。
チームは1980年代にリーグ優勝3回の黄金期もあったが、有力選手の移籍などで長く低迷。でも最近は前田健太投手や堂林翔太選手ら若手が台頭し、ファン拡大にも一役買っている。
野球解説者の江本孟紀さんは「誰もが応援する巨人や阪神などの人気球団では飽き足らない人たちの間で、『若い選手を地道に育てる地方球団』として、関東でも支持されているのでしょう」と話す。6日現在ではリーグ3位につけ、15年ぶりのAクラス(3位以内)を狙う。「上位を争っているだけに、声援も大きく聞こえますね」
本当に大きく聞こえるかどうか。信じられないという人は、ぜひ11日の東京ドームへ!(岡雄一郎)