ⅩⅩⅩⅦ「イノチの更新」
終着点が決められていて
ー恐らく其々に与えられた蝋燭の炎の長さで
今夜の僕が
明日には白骨となるかも知れぬと
ー聖人の御文章では
それだから
それは生まれついての不文律の約束事だから
ー神仏に乞っても意味ない頼み事だから
僕らはその時間、その昼夜、その日々の
イノチの更新の証文を
ー後ろの閻魔に
ーもしくは天上のMessiahに
ー今日の仏陀に
届け出なければならない。
それには
どれ程の労力が必要で
何程の哀楽に誓いを立て
どのように道を歩いたのかを
全世界から日に幾十億もの
ーほんとうは一万にも満たない・・?
書類が積み上げられるので
生死を振り分けるnusiは
息継ぐ間もない忙しさだろうから
文書は力強く簡潔に!が肝要で
長々とや女々しいのやダラダラマゴマゴは
それだけで撥ねられるのががオチだ
それだから
イノチの更新には心血を注ぎ
ココロを総動員して
更新されてゆくイノチの意味と正体を
自ずから把握しておかねばならぬ
*
「僕の詩は」
どうも未成熟で未完成なものばかりだと
その出来栄えの甲斐の無さに
自分でも辟易することが間々あるのだが
よしんば、そうだとしても
僕は我儘放題にこう考える
ヒトは誰でも
未完のままで完了してしまう宿命を
担っているのだと
もしも
生前に完成してしまう人が続出などすれば
”八百万の神々”などと
暢気に宣われなくなり
畏怖も神妙も合掌も無くなり
自由を謳歌する不道徳の
不自由の不幸が蔓延るだろう
それ故、未成熟で未完成で
”我、今だし!!”のmamaがいいのだ
*12/14 21:44