降って来るもの

写真と散文とぽえむ

聴心記.LⅣ

2017-12-27 21:32:56 | 聴心記

                     LⅣ「分岐点に」

 

幾つかのchanceは

確かに

自分の手で創り出せる

自分の想いと意思で削り出せるチャンスは

確かに有る

 重要な問題は

果たして

その事に気づいているのか否か

気づいて実践できるのか否か

 其処が

くっきりと明と暗を隔てる分岐点になる

 

無知の自我に

 例え一刻のTimeの価値さえ見い出せない

 

chanceの幾許かは

自ら創り出せるという能動の立場を

 何時でも

胸に刻印して置かねばならぬ

 

僕が毎日senderであるように

僕が日毎writerであるように

僕が意図的にwalkingの余裕を創出するように

僕が当然のように手書きの賀状に拘るように

僕が機器の何倍も手紙を愛おしむように

僕が・・

*12/27 21:32

 

 

 

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聴心記.LⅡ

2017-12-27 06:34:43 | 聴心記

                      LⅡ「adviceを」

 

ちょっと前に

僕は聴心記XLⅥ「極意は」で

 何処かの明日に

手の届く未来の中に

”楽しみ”を創造して彼方此方に鏤めておけば

軽やかに今日を越えてゆけると書いたが

 それでは

今日という差し迫った現実を

skipしながら送迎するには

どんな方策が有効だろうかと

 あくまでも

個人的なadviceをひとつ

 

それは、今日という枠内の全ての時間に

”甲斐”の艶と張りを持たせるという事

 

例えば

夢現の綱渡りに興じたり

朝食べるサンドイッチに挟み込む

 hamuの厚さに迷ったり

待ち受けているかも知れぬ

その日限定の幸運にDOKIDOKIしたり

 

僕なら、今日書く物語に

木霊の様に誰かの声が聞こえてこないかと

 耳を澄ませたり

今日ポストに投函する便りが

相互のココロを往来して

 どんな効能を齎すのか夢想してみたり・・

 

一つや二つは誰にでも訪れる吉事を

思い浮かべては頬を弛ませたり・・

 もしも

そんな機会が素通りしたなら

夕食のスキヤキの白い湯気を想ったり

何処かで是から出会うかも知れない

 運命の人に想いを馳せたり

自分のイノチが

誰かの胸を潤しているのだと言い聞かせて

 幸せの雰囲気に浸ってみたり

 

一日の大概は

そういう風に”愉しみ甲斐”を間配っておけば

眠気に誘われれば

 きっと心地よい寝息を立てられる

上手く事が運ばなくて

部分的な欠損が出来てしまったら・・

 う~ん、そうだな~

僕なら日記や詩に書いて

大方は発散できるのだけれど・・

 

それぞれに一番得手とする方法で

楽しかった今日だったと

 全部まとめて

過去に送り届けるしか無いのかも知れない

 

悪しからず。だけれど・・

*12/27 06:34

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