降って来るもの

写真と散文とぽえむ

バネ指

2017-12-30 22:07:05 | 随想

                    バネ指

 

 「これを貼って暫く様子を見ましょう」と、まるで他人事のように(勿論、他人には違いないのだが)軽く扱われた整形外科の受診から早くも二ヶ月が経過した「バネ指(医師は親指内側の腱鞘炎と言ったが)」のその後は、頗る良くないのだ。

 普通サイズの”経皮鎮痛消炎剤”を半分に切って親指に巻きつけるようして幾日か眠ったけれど、期待したほどの効果は現れない。業を煮やして親指を固定するサポーターや、OTとして働く息子の助言で親指の筋に沿ってテーピングなども試して見たのだが、状況は変わらず。それどころか年末の切り仕事に遭遇して何時もより多く長くironを握った(洗い師が生業なので致し方無いのだが)ので、心なしか悪化したような気さえするのだ。

 28日の仕事納めが済むと、直後には自分の意志では痛くて曲げられない第二関節を、左手の親指の助けを借りて曲げるというとんでもない始末になった。

 無論イザという時には痛みを堪えて無理矢理に曲げるしかないし、左手の手助けも借りるので生活の中ではそれ程のダメージでもないのだが。それでもその状態を長く引き摺っていると、その四六時中の鈍痛と、微熱を抱える親指の有り様の不愉快さに辟易とする時間が増えてきて、精神衛生上は非常に良くないのだ。

 其れや是やで少しストレスが溜まりつつあると自覚するのだが、幸いお正月が遣って来て、親指を酷使する仕事からは暫くの間離れる。年末の29日から新年の10日頃(何しろ自営業者なので、休む日数は自分次第という事になる)まで二週間近くのその間に、若しかしたら劇的に、悩まされた痛みが噓のように(同じ症状で苦しんだ先輩が、ある日突然治った!!って言ったのだ)消えるんじゃないかと淡い期待をかけているところだ。

 だがもし、仕事始めの日が来ても相変わらずの状況であるのなら、あの日、いみじくも尊大な医師がのたまわったように「様子を見て駄目なら、神経ブロックの注射しかない!!」に潔く従うしかないのかな~と、口惜しいけれどそう覚悟している、バネ指を抱えて少し憂鬱な晦日の今日の僕なのだ。

                 2017 12/30 22:06 まんぼ

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聴心記.LⅩ(60)

2017-12-30 06:44:29 | 聴心記

                LX(60)「無念なく書き物として」

 

きっとこの六十有余年の間

僕のココロは

膨大な内なる声を挙げて来たに違いないが

 僕がその声に気付き始めたのは

ほんとうにその声を拾えるようになったのは

まだ、ほんの最近のことなのだ

 

十代から二十代にかけて

鼓膜を微動させたものの記憶は

 幽かに残ってはいるが

それは色褪せた影絵のようなもので

朧気な形さえ伴わない

 

それから幾十年もの

長い長い沈黙の時間が流れて

 遠くから木霊のように

それらしきものをcatch出来るようになったのは

最早人生の平均的な長さの

四分の三を失くした後の事だ

 

それから

その声を分析したり分類したり

書き加えたり削ったり

 ようよう僕の口の端に載せられたのは

古来希なる場所の道標が

ぼんやりと見えるようになったこの頃の事だ

 時間で語れば

もはや残量八分の一しかないギリギリのtimingなのだ

 

無駄ではなかった八分の七の名誉の為に

自分を何とか生きた四分の三の誇りの為に

 僕は

僕が放つ内なる声のすべてを

暫くは拾い尽くしたいと決意している

 

無念なく、後悔なく、懺悔なく、遅滞なく

イノチのエキスとessenceを内包する

 その僕の肉声を

僕のイノチの履歴の書き物として残すために!!

2017 12/30 06:44:30 万甫

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聴心記.LⅨ

2017-12-30 06:17:56 | 聴心記

                    LⅨ「一歩なら」

 

一歩ならまだしも

二歩も遅れれば

二度と肩を並べるのは不可能で

人々は何処へ行ってしまったのか?

 見当もつかない

 

一歩なら

曲がり角に消えるまでに

何とか追えるけれど

 何かの手違いのようなもので

もしも三歩も遅れてしまえば

人々には永遠に追いつかない

 

一歩なら

暗闇に掻き消えるまでに

 もしかしたら

追いつけるかも知れないけれど・・

 

親しい人や知っている人々は

僕を悠然と追い越して

次々に先へと行ってしまい

 見る間に姿を隠してしまう

 

何歩も遅れてしまえば

 殆ど

取り返しなど付かないのだ

 

その一歩が

どれ程の深さで、どれ程の闇で

どれ程の高さで、どれ程の乖離で

どれ程の時空の隔たりなのかは

 皆目見当もつかないけれど・・

 

確かに其処から離れると

如何ともし難く

 孤独に蹲っている自分を感じる

身動きできなくなって

 蹲っているしかない己を

 

大きな無念は

 いつでも

易々と一歩なら・・から始まる

 

一歩の大きさを知るために

試行錯誤する日常よ

 意識と無意識と、夢と現と

明と暗を往来する道程の

不確かな一歩の魔力と魅力と・・

 

走馬燈のように

廻り巡る一歩の思惑の不思議よ

 其処に存在する

命の深淵と愛しさよ

12/30 06:17

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