人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

佐村河内守「交響曲第1番”HIROSHIMA”」のCDを聴く

2013年04月10日 07時00分03秒 | 日記

10日(水)。昨日の日経夕刊「世界の話題」のコーナーに「英国 年代物も解体 ピアノ受難曲」という小さな記事が載りました 要約すると、

「英国製のピアノの最盛期は1920年代ごろ。このころ製造されたピアノが次々に破壊処分されているという 20世紀前半、ピアノは多くの英国家庭において、娯楽や家族交流手段の代表だった。しかし、年代を経たピアノの修理費用はグランドピアノでおよそ200万円 新興国の新しいピアノが修繕費用の6分の1の値段で購入できる今では、製造後100年を経過したピアノが解体会社に送られても不思議ではない 最盛期にはロンドンでピアノの製造関係に従事する人は6,000人を超えていたようだが、今ではほとんどの製造会社が姿を消した。住居スペースを考えると、デジタルピアノの需要が伸びることにピアノ製造業界からの反対の声は少ないようだ。しかし、培われてきた技術が英国社会から消滅してしまうことへの危惧は大きい

日本では時々新聞などで「中古ピアノ買い取ります」という広告を見かけますが、あれは古いピアノを修繕・調律した上で「中古品」として売るのでしょうか?実態がよく分かりませんが、そうだとすれば古いピアノが生まれ変わって活躍する訳ですから素晴らしいことだと思います 英国の場合、ピアノの最盛期は1920年代とあるので、さすがに90年前のピアノの修復は困難なのでしょう。その点日本の場合の最盛期は戦後以降のこと、つまり60年前以降ではないかと思います。同じ中古でも日本の方が比較的新しく、修理しやすいのかもしれません

いずれにしても、「新興国の新しいピアノが修繕費用の6分の1の値段で購入できる」という事実は極めて重いと思います ただ、破壊処分するのはあまりにももったいないので、硬い板を利用してウイスキー用の樽の材料にしたらどうでしょうか。音楽がしみ込んだ樽で熟成させたウイスキーはきっと、みんなが好きな芳醇な味がすると思うのですが。みんなが好きな「We 好きー」なんちゃって

 

  閑話休題  

 

先日、新宿タワーレコードで買った佐村河内守の「交響曲第1番”HIROSHIMA”」のCDを聴きました

佐村河内守(さむらこうち・まもる)は被爆者を両親として広島に生まれ、4歳から母親によるピアノの英才教育を受け、10歳でベートーヴェンやバッハを弾きこなしたといいます。作曲家を志望し、独学で楽式論、和声法、対位法、楽器法、管弦楽法などを学びましたが、17歳の時に原因不明の偏頭痛や聴覚障害を発症しました その後も音楽大学へは進まず、独学で作曲を学びます。聴力が低下する中、映画「秋桜」やゲーム「バイオハザード」等の音楽を手がけ、1999年、ゲームソフト「鬼武者」の音楽「ライジング・サン」で脚光を浴びますが、この作品に着手する直前に完全に聴力を失ってしまいます。轟音が頭に鳴り響く頭鳴症、耳鳴り発作、重度の腱鞘炎などに苦しみながら、絶対音感を頼りに作曲を続けます

2000年に、それまで書き上げた12番までの交響曲をすべて破棄し、全く耳が聞こえない状態で、あえて一から新たな交響曲の作曲に着手、2003年秋に「交響曲第1番”HIROSHIMA”」を完成しました この曲は2011年にCDリリースされましたが、2012年11月にNHK総合テレビで交響曲”HIROSHIMA”が特集され、このCDがオリコン・アルバム・ウィークリー・ランキングで9位を獲得するなど大反響を呼びました さらに今年3月31日にも「NHKスペシャル」で佐村河内守が「魂の旋律~音を失った作曲家」として放映され、再び大センセーションを巻き起こしています

 

          

 

 CDのライナーノートに音楽評論家の長木誠司氏が次のように書いてます

「戦後30年経って、初めてヨーロッパ音楽の文脈への対等な参入が自他ともに認められた日本の創作。その認知のプロセスのただなかに生まれた佐村河内守が立っているのは、すでに自らの非同時性を認知した西洋音楽の文脈である かつてマーラーのような音楽を書くこと自体が、日本人にとってなんの意味も持たなかった。文脈が違い過ぎていたからである。また、『ヒロシマ』を問題にすることは、逆にあまりに政治性を帯びすぎてーー文脈に適合しすぎてーー難しかった しかしながら、佐村河内守は、そうした問題設定とテーマ・素材の設定が、個人の苦悩として語られるようになった歴史的位置にいる。そこではもはや『交響曲の歴史が終わった』という歴史認識事態が歴史的なものとなっている

 

          

 

交響曲第1番”HIROSIMA”は3楽章から構成されています。演奏時間は第1楽章は20分弱、第2楽章は34分半、第3楽章は27分弱です。作曲者自身のコメントによれば第1楽章は「運命」、第2楽章は「絶望」、第3楽章は「希望」とされています

全曲75分の大曲を聴いて思うのは、長木氏が述べているように、佐村河内守の音楽は中世以来の西洋音楽の歴史を包含し、ブルックナー、マーラーなどの系譜を受け継いでいるということです だからと言って、彼らのコピーなどではなく、全く耳が聴こえないという、ベートーヴェンと同様の苦しみの中から生み出された、苦悩と、それを乗り越える希望に満ちた交響曲です 大管弦楽を必要とするこの曲は、最初の2つの楽章は暗い感じの曲想が続きますが、最後の楽章で救われる思いがします。21世紀の日本の作曲家による画期的な交響曲と言えるでしょう

このCDの最後のページに「プロダクションノート」が掲載されています。要約すると以下のとおりです

「東日本大震災からちょうど1カ月が経った2011年4月11日、12日に録音セッションが行われたが、1日目の終了間際に3.11以来最大の余震があった。マイクも反響版も大きく揺れる中、誰一人揺れに動じる者はありません むしろ音楽の集中力は信じられないほどに研ぎ澄まされ、全エネルギーを注ぎ込んで最後のクライマックスを終了。まるで満席の聴衆を前にしたような高揚感のある奇跡のテイクを、CDに収めることができた

この時の地震は私も覚えています。大きな余震があったのは2011年4月11日午後5時20分ごろです。ちょうど会社で帰り支度をしている時でした。翌日の当ビル「警備日報」によると「福島県、茨城県で震度6、当ビルの地震計で震度5を計測した」とあります。この時まさに、大友直人指揮東京交響楽団はパルテノン多摩”大ホール”で佐村河内守の「交響曲第1番」を収録していたのでした

2011年の東日本大震災を経験したわれわれは、この交響曲のサブタイトル”HIROSHIMA”を”FUKUSHIMA”と読み替えて聴いてもいいのではないか、と思います

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーンのプレミアム・コンサートを聴く 

2013年04月09日 07時00分05秒 | 日記

9日(火)。昨夕、サントリーホールで「トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーン」のプレミアム・コンサートを聴きました 「トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーン」はウィーン・フィルとウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーを中心に30名で特別編成されたオーケストラで、トヨタの社会的貢献活動の一環として2000年から公演が続けられています

プログラムは①イントラ―ダ、②ワーグナー「ジークフリート牧歌」、③ブルッフ「クラリネットとヴィオラのための協奏曲」、④ベートーヴェン「ロマンス第1番ト長調」、⑤同「交響曲第7番イ長調」です。③の独奏はクラリネット=ペーター・シュミ―ドル、ヴィオラ=清水直子、③の独奏はヴァイオリン=フォルクハルト・シュトイデです

 

          

 

自席は2階RB-3列15番。舞台と客席の境目あたりの右サイドの2階席です。ヴィオラ、チェロを背中に見て、正面にヴァイオリンセクションが見える位置です。会場は9割方埋まっている感じです

拍手の中、30人のメンバーが入場、立ったままトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーンのための前奏曲「イントラ―ダ」を演奏します どんな曲かと思ったらモーツアルトの「交響曲第39番K.543」の第3楽章「メヌエット」をアレンジした曲です。”ウィーン”とモーツアルトとは切っても切れない関係だからなのでしょう

次に、着席してワーグナー「ジークフリート牧歌」を演奏します。左から第1ヴァイオリン(5)、第2ヴァイオリン(4)、チェロ(3)、ヴィオラ(3)、コントラバス(2)、後ろにホルン(2)、クラリネット(2)、バスーン、トランペット、その前にフルート、オーボエという布陣です 指揮者はいません。コンサートマスターのフォルクハルト・シュトイデ(ウィーン・フィルのコンマス)がリードして全体をまとめます。演奏を聴いて思ったのは「音楽のヴィンテージ」だということです。弦楽器も管楽器も伝統に根ざしながらも新鮮で輝かしい音が響きます

次にクラリネットのペーター・シュミ―ドル(元ウィーン・フィルのソロ・クラリネット)とヴィオラの清水直子(ベルリン・フィル首席ヴィオラ)をソリストに迎えて、ブルッフの「クラリネットとヴィオラのための協奏曲ホ短調」が始まります 清水直子はゴールド地に黒の模様の輝かしいドレスで登場です この曲は、クラリネット奏者の息子マックス・フェーリクスや友人たちのために1911年に作曲されました。ブルッフらしいメロディーに溢れた曲で、とくに第1楽章冒頭のヴィオラの奏でるメロディーと第3楽章冒頭のファンファーレが特徴的です バックのオケがあまりにも雄弁に演奏するので、普段から目立たないヴィオラのソロが、時々オケに埋もれてよく聴こえないのが残念でした。”指揮者なし”が災いしたと言えましょうか それにしても演奏自体は素晴らしいものでした

休憩後の1曲目、ベートーヴェン「ロマンス第1番ト長調」は、オケをバックにコンマスのシュトイデがソロを弾きました。シュトイデは何と美しくヴァイオリンを奏でることでしょうか ほれぼれするような演奏で、万雷の拍手を受けていました

そして最後のベートーヴェン「交響曲第7番イ長調」に入ります。この曲ももちろん指揮者なしで演奏します。弦楽器の配置は最初から変わりません。自席からは正面に第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがよく見えるのですが、とくに元ウィーン・フィルのペーター・ヴェヒター率いる4名の第2ヴァイオリンが凄まじい勢いで演奏している様子が手に取るように分かります 全身全霊を傾けて命がけで演奏していると言っても大袈裟ではありません 第1ヴァイオリン5人も凄まじい迫力なのですが、第2ヴァイオリンの「負けてなるものか」という気迫のようなものを感じます。それは、第1楽章だけでなく、最後の第4楽章のフィナーレまで続きます

この気迫あふれる音楽がたったの30人で、しかも指揮者なしで演奏されているとはとても信じられないくらい大迫力なのです オケの一人一人の実力が飛びぬけているのだと思います。これまでフル・オーケストラで何度かこの曲を聴いてきましたが、これほど迫力に満ちた演奏を聴いたことがありません

 

          

 

会場一杯の拍手とブラボーに、ヴィオラ奏者(?)が日本語で「これから、こうもりの・・・・を演奏します」と言いました。多分J.シュトラウスの喜歌劇「こうもり」の序曲でも演奏するのだろうと耳を傾けましたが、違いました。序曲ではなく「チャルダーシュ”ふる里の調べよ”」でした この手の音楽はウィーン・フィルにとっては”お手のもの”です。ウィーン情緒たっぷりに演奏しました

鳴り止まない拍手に同じ奏者が日本語で「次は・・・・・・です。これで決まりです」と言いました(会場・笑)。そしてブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」を民族色豊かに演奏しました

この日の公演を振り返って気が付いたことが一つあります。それは「彼らは舞台上で一度もチューニングをしなかった」ということです 5曲演奏したので5回機会はあったはずですが、1度もチューニングしませんでした。「チューニングは舞台に出る前に済ませ、いったん舞台に出たらいつでも演奏に移れるようにしておくべきだ」というのが彼らのプロとしてもポリシーなのでしょう。一流というのがどういうものか、彼らの演奏に対する姿勢にその答えが現われていると思います

彼らは来年も来日すると思いますが、「万難を排して絶対に聴きに行く」と心に決めてサントリーホールをあとにしました

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ピアニスト、アルフレッド・コルトーの島~山口県沖に”孤留島”

2013年04月08日 07時00分00秒 | 日記

8日(月)。昨日は、映画に行きたかったのですが、身体が”今日ぐらい休ませてくれ”と悲鳴を上げるので、外は強風が吹き荒れていることもあり、家で過ごすことにしました

日経の土曜版「NIKKEIプラス1」は毎週「温泉食紀行」というシリーズを掲載していますが、6日は「ピアニストの愛した風景」と題して山口県の川棚温泉を紹介していました

いったいピアニストとは誰のことか?と思って読むと、フランスの著名なピアニスト、アルフレッド・コルトーであることが分かりました 記事によると、

「1952年、川棚を訪れたコルトーは、美しい風景に魅せられ、この島(厚島)を買いたいと申し出た。当時の村長は『永久に住むのであれば差し上げましょう』と快諾。コルトーはこの地への永住を望んだが、願いは叶わず他界 そうした思いにちなみ、厚島は『孤留島』と呼ばれるようになった。今ではコルトーが滞在した宿の跡地にホールができ、音楽祭も開催されている

どういう経緯でフランスのピアニストのコルトーが山口県の温泉に行ったのか分かりませんが、コルトーの意志を尊重した当時の村長の心意気というか、温泉だけに心温まる話です

という訳で、久々にコルトーのショパンのCDを引っ張り出してきました 「アルフレッド・コルトー ザ・グレート・ショパン・レコーディングス」という3枚組CDです。1934年~1943年にHMVに録音された音源のリマスター版です。ピアノ・ソナタ第2番、第3番、ワルツ、幻想曲、前奏曲、バラード、ピアノ協奏曲第2番(バルビローリ指揮ロンドン交響楽団)が収録されています

3枚とも聴きましたが、ワルツなどはかなり自由自在に弾いていて軽快そのものです 1943年5月24日の録音ですから、いまから70年も前の録音です。リマスターという技術は凄いと思います。時空を超えてコルトーのショパンが鮮明に聴こえてきます

 

          

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三浦章宏(ヴァイオリン)+清水和音(ピアノ)によるブラームス「ヴァイオリン・ソナタ」を聴く

2013年04月07日 08時52分10秒 | 日記

7日(日)。昨日は多忙な1日を過ごしました。新日本フィルの「トりフォニーホール・シリーズ」の定期会員の継続に当たり、現在の座席がS席の通路側でも相当後方の席なので、もっと前方の通路側に移りたかったのです この日の10時から座席変更の電話受付開始だったので10時ちょうどに新日本フィルに電話したのですが、電話が殺到しているらしく、何度かトライしたのですがダメでした 午後にやっとつながり、現在の席の5列前のセンターブロック通路側席を確保できました

神保町のチケットぴあに行って8月18日(日)にミューザ川崎で開かれる東京交響楽団の特別演奏会(佐村河内守「交響曲第1番」)のチケットを求めたのですが、この日が発売開始日だったにもかかわらず全席ソルドアウトとのことでした 残るは7月6日の東京フィル(東京芸術劇場)か7月21日の神奈川フィル(横浜みなとみらいホール)しかありませんが、、7月6日は新日本フィルの定期演奏会があるので、7月21日に横浜まで行く選択肢しかありません 嫌なコンマスさえいなければ躊躇なくチケットを買うところですが、大いに迷います。取りあえず、新宿のタワーレコードに行って佐村河内守の交響曲第1番のCDを買いました

 

          

 

  閑話休題  

 

爆弾低気圧により強風大雨注意報が出ていた昨夕、上野の東京文化会館小ホールでヴァイオリン=三浦章宏、ピアノ=清水和音によるブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会(全3曲)を聴きました三浦章宏はご存知の通り東京フィルのコンサートマスターです。私は東京フィル文京シビックシリーズの会員ですが、このシリーズの公演の時は必ず三浦章宏がコンマスを務めます また、清水和音は1981年に弱冠20歳でロン=ティボー国際コンクール・ピアノ部門で優勝し、その後の活躍が目覚ましい中堅ピアニストです。2011年8月には、デビュー30周年を記念してラフマニノフのピアノ協奏曲第1番~第4番とパガニーニの主題による狂詩曲の全5曲を一度に演奏する快挙を成し遂げました。私もこのコンサートを聴きましたが、すべて暗譜で弾きこなし、余裕さえ見せていました

 

          

 

全自由席なので早めに会場の入り口に並びました。確保したのはD列27番、前から4列目のやや右サイドの通路側です 小ホール約650席の7割位が埋まっている感じです。一旦ロビーに出てプログラムを読んでいましたが、三浦章宏氏の子息で、2009年にハノーファー国際コンクールで史上最年少の16歳で優勝した三浦文彰君がだれかと談笑していました。父親のリサイタルを聴きに来たようです

 

          

 

ブラームスはヴァイオリン・ソナタを3曲作曲しましたが、第1番はト長調、第2番はイ長調、第3番はニ短調の曲です

照明が落とされて、三浦、清水が登場します。しっかりした清水のピアノを背景に三浦の美しいヴァイオリンの音色が会場に響き渡ります この第1番は「雨の歌」という副題が付いていますが、ブラームス自身が作曲した歌曲「雨の歌」の主題が引用されているところから後世の人が付けたものです

ここで休憩が入ります。プログラムだけではどこに休憩が入るのか分からないので、聴衆は「えー、もう休憩?」という反応です まあ、3曲しかないのですから、あまり選択肢はありませんがね

第2番イ長調は好きな曲です。伸び伸びとした美しいメロディーが心地よく響きます 三浦のヴァイオリンは本当に美しく、とくに高音部の伸びが素晴らしいのです。清水のピアノも高音部が実に美しく響きます

第3番ニ短調は一転、内省的な音楽が展開します。この曲でも二人の息はピッタリです

大きな拍手に迎えられ、三浦が「今日は、このような不天候(雨天候?)の中をようこそお出でくださいました。もう1曲、ブラームスをお聴きいただきます」と言って、アンコールに「スケルツォ」を力強くも美しく演奏しました さらにもう1曲、シューマンの「ロマンス」をロマンチックに演奏しました

 

          

 

幸い爆弾低気圧による強風大雨に遭わずに帰ってこられました。これが直撃していたら「雨の歌」などと悠長なことを言っていられませんでした

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アヴデーエワ+フランス・ブリュッヘン+18世紀オーケストラでショパンのピアノ協奏曲を聴く

2013年04月06日 07時00分11秒 | 日記

6日(土)。昨夕、すみだトりフォニーホールでフランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラのコンサートを聴きました プログラムは①ショパン「ピアノ協奏曲第1番ホ短調」、②同「ピアノ協奏曲第2番ヘ短調」、③モーツアルト「交響曲第40番ト短調K.550」で、①②のピアノ独奏は2010年ショパン国際ピアノ・コンクールで優勝したユリアンナ・アヴデーエワです

 

          

 

 自席は1階7列15番、舞台に近い中央寄りの席です。ブリュッヘン最後の来日公演のためか、アルゲリッチ以来45年ぶりのショパンコンクール女性優勝者アヴデーエワの人気のためか、会場はほぼ満席です

プログラムの順番を見て、おやっと思いました。①モーツアルト「第40交響曲」、②ショパン「第1ピアノ協奏曲」、③同「第2協奏曲」という順番になっています。普通のコンサートだったら①ショパン「第2協奏曲」、②同「第1協奏曲」、③モーツアルト「第40交響曲」とするでしょう このコンサートがアヴデーエワのショパンをメインに置いている意図がはっきり感じられるプログラミングです

普通のオケは会場の照明が落ちて開演時間を過ぎてから楽員が一斉に舞台に登場しますが、このオケは開演7~8分前から三々五々登場して、各自が曲のおさらいをしています おまけにコンマスまで気が付かないうちに席に着いています。第1ヴァイオリンにはバッハ・コレギウム・ジャパンのコンマス・若松夏美が、後方には同じくB.C.Jのバスーン奏者・村上由紀子がスタンバイしています

 

          

 

オケの態勢は左から奥にコントラバス、前に第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンという対向配置です 舞台中央に1837年製エラール(ピアノ)が蓋を開けた状態で置かれています。木目調の高級家具のような偉容を誇っています 照明が落ちて、指揮のブリュッヘンが介助者に車椅子を押されて登場、指揮台の上に置かれた椅子に、サポートされながら腰を下ろします。介助者は舞台の袖でスタンバイします。ブリュッヘンは前に見た時よりもいっそう痩せたように思います

ブリュッヘンは指揮棒を使用しません。彼の合図で1曲目のモーツアルト「交響曲第40番K.550」が開始されます。古楽器特有の柔らかい音が会場いっぱいに広がります 最小限の動作でメリハリのついた音楽づくりをします。彼は細く長い指で的確な指示を出していきます

終演後、やっと立ち上がって振り返り、聴衆の声援に応えます。彼は舞台袖には戻らず、座ったまま2曲目のショパン「ピアノ協奏曲第1番」に備えます。拍手に迎えられてアヴデーエワがトレードマークの黒のタキシード調の衣装で颯爽と登場します エラールは横向きでなく縦に設置されているため、彼女は指揮者と向かい合って弾くことになります

第1楽章の冒頭、オーケストラの序奏を聴いて「疾風怒涛」という言葉を思い浮かべました。オケは全員で35名程度ですが、フルオーケストラに勝るとも劣らない迫力で音の波が迫ってきます ブリュッヘンはこの曲でもアクセントをつけて最小の力で最大の効果をあげます。アヴデーエワは音楽の流れに身を任せて身体を右に左に大きく揺らしてテンポを掴みます そして、力強いピアノで演奏に加わります。蓋が開いているため、音が上に上がって行き、直接的に会場側に向かってこないのですが、それでも力強さの中にナイーブさが感じられます

第2楽章の「ロマンス」をアヴデーエワは詩情豊かに演奏します。ショパンの協奏曲は管楽器が休む箇所が多いためか、バックの演奏者たちがピアノの音に聞き惚れているように見えました

そして第3楽章「ロンド」に入るといよいよアヴデーエワのピアノは絶好調に達します。柔らかさの中に芯のある演奏で聴衆を魅了します18世紀オーケストラの面々もノリにノッています。すごい拍手とブラボーが舞台上に押し寄せます

 

          

 

休憩後はショパン「ピアノ協奏曲第2番」です。再び車椅子のブリュッヘンとアヴデーエワが登場します。この曲の白眉は第2楽章「ラルゲット」でしょう。アヴデーエワはゆったりとロマンティックに演奏します第3楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ」でアヴデーエワもオケもますますノッテきて圧倒的なフィナーレを迎えます

会場割れんばかりの握手とブラボーの嵐です ブリュッヘンは車椅子で一旦舞台袖に引っ込みましたが、再び登場、アヴデーエワとともに歓声に応えました。アヴデーエワは、いつまでも拍手が鳴り止まないので、アンコールにショパンの曲を2曲(マズルカ?)演奏しました これもまた素晴らしい演奏で、拍手がいよいよ鳴り止まない状態でした。会場のそこかしこでスタンディング・オベーションが見られました

実はこの日、7時から当ビル10階ホールで開かれるパーティーに出なければならなかったのですが、主義としてコンサートだけは譲れないので、こちらを優先しました。この日、このコンサートを聴かなかったら、一生後悔することになったでしょう

 

          

     

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大阪・フェスティバルホール開業式典(9月3日)の記事を読んで

2013年04月05日 07時00分01秒 | 日記

5日(金)。一昨日の午後8時ごろ、飲み会から帰る途中、地下鉄都営三田線・神保町駅に着いた時のことです。ドアから電動車椅子に乗った女性が駅員のサポートによって乗車してきました。顔を見てハッとしました いつも朝、反対方向から西巣鴨駅までその車椅子で来て、改札まで下りるエレベーターに乗る人だったからです。その日の朝は冷たい雨が降っていて、アラフォーの彼女は傘をさして車椅子に乗っていました

こちらは飲み会でいい気分で帰る途中なのに、夜8時まで残業だったのだろうか?大変だな、と重い気持ちになりました 晴れた日はまだ良いとして、雨の日は本当に苦労が多いと思います。現在では駅でも道路でもかなりバリアフリーが進んできましたが、まだまだ不便な所も多いと思います。途中でバッテリーが切れたりしなければいいが、と心配になりました

彼女を見ていて思ったのは、自分の足で歩くことが出来るのはどんなに素晴らしいことか ということです。そういうことを再認識した上で、これからも”二度と戻らない人生”を悔いのないように生きていこうと思った次第です

 

  閑話休題  

 

昨日の朝日朝刊に「フェスティバルホール祝う 大阪・中之島で開業記念式典」という記事が載りました。記事によると、建て替えのため休館していた大阪・中之島のフェスティバルホールが3日、開業記念式典を迎え、招待客ら約1,000人が門出を祝ったとのこと

驚いたのは、旧ホールで202公演と最多出演だったのがシンガー・ソング・ライターのさだまさしさんだったことです。「旧ホールの見事な音は、神様がつくった奇跡的なホールだと思いました。新ホールはどんな音がするのか楽しみです」と祝辞を述べたとのこと 採算ベースから言えばクラシックよりポピュラーなのでしょう。現実は厳しいですね。ただ、「下野竜也指揮大阪フィルが記念演奏を行い祝典を彩った」とありますから、やぱりクラシックがなけりゃな、と思いました

ホームページによると、新ホールは2,700席、残響は2.2秒とのこと。サントリーホールが2.1秒なのでほぼ同じ残響時間です。残念ながら一度も旧ホールで聴いたことがありません いつかの機会に是非、新ホールでクラシックを聴いてみたいと思います。出来ればマーラーかブルックナーの交響曲を

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

伊坂幸太郎著「バイバイ ブラックバード」を読む

2013年04月04日 07時00分11秒 | 日記

4日(木)。昨夕、HKビル地下の韓国料理PでT社Yさん、当社K君と飲みました 最初は生ビールで乾杯、キムチやチヂミなどを食べながら韓国焼酎、そしてマッコリに移りました。マッコリは小さなヤカンに入っています。マッコリは夜間に飲むに限ります・・・・・・週末が近づくにしたがって絶不調に近づいていきます  

 

  閑話休題  

 

伊坂幸太郎著「バイバイ ブラックバード」(双葉文庫)を読み終わりました

主人公の星野一彦は5人もの女性と”五股”状態にあったのですが、借金が原因で”あのバス”でどこか遠くの未開地に連れて行かれる運命にあります 彼の最後の願いは付き合っていた5人の女性に謝罪をして回ることです。彼が逃げないように付き添い役に選ばれたのは、慎重90センチ、体重200キロの、プロレスラー”アドブラ・ザ・ブッチャーのような”体格の繭美でした 勝手に体型をイメージすれば、さしあたりマツコ・デラックスといったところでしょうか。彼女の辞書には常識、愛想、悩み、同情、気配り、想像力、色気、上品などといった言葉はありません。彼女が塗りつぶしたからです

5人の女性と五股もかけているのに何故か彼女たちからは嫌われない星野一彦は、根が真面目で嘘がつけないタイプのようです 一方、お目付け役の繭美は凶暴+粗野の代名詞みたいな存在です

果たして星野一彦は「無事に」”あのバス”に乗るのか、そもそも”あのバス”とは何のことなのか

この本には巻末に伊坂幸太郎ロングインタビューが載っていますが、この作品を読む上でのヒントが語られています。伊坂幸太郎はいつも読者を裏切りません

 

          

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

若尾圭介の世界~モーツアルト「セレナードK.388」とジョン・ウィリアムズ「オーボエ協奏曲」を聴く

2013年04月03日 07時00分15秒 | 日記

3日(水)。昨夕、上野学園・石橋メモリアルホールで「若尾圭介の世界~モーツアルトとジョン・ウィリアムズ」公演を聴きました これは、「東京・春・音楽祭」の一環として開かれたコンサートです

上野学園・石橋メモリアルホールに行くのは初めてです。コンサート・チラシの略図を頼りに雨の降る中、上野駅から歩きました 大雑把な略図なので歩いていて「これでいいのか?」と何度か振り返りましたが、結局、昭和通りを首都高速沿いにまっすぐ歩いて、目印の歯科医院を右折してしばらく歩くと到着しました。時間にして12~13分位でしょうか。コートも靴もびしょ濡れです。これが本当の水もしたたる(どうでも)いい男、てか

ホールに入り座席を見渡して、大雑把に400~500席と検討をつけましたが、ホール係に尋ねると2階席もあり、全部で508席、そのうち1階席のみで430席とのことでした 1階席の7割方埋まっている感じです。正面には立派なパイプオルガンが陣取っています

自席は1階C列9番、前から3列目の中央ブロック通路側のかなり良い席です。公演間近に買ったのにこんな良い席が取れるとは思ってもいませんでした

この日の主役、若尾圭介は1990年にボストン交響楽団の準首席オーボエ奏者、ボストン・ポップス・オーケストラの首席奏者となり現在に至っています

 

          

 

プログラムは①モーツアルト「恋とはどんなものかしら~フィガロの結婚より」、②同「恋を知る男たちは~魔笛より」、③同「セレナード第12番ハ短調”ナハトムジークK.388」、④ジョン・ウィリアムズ「シンドラーのリストのテーマ」、⑤同「オーボエ協奏曲」です

バックを務めるのはミュンヘン国際音楽コンクール第2位の白井圭、桐朋学園大学卒の直江智沙子(以上ヴァイオリン)、読売日響の首席奏者・鈴木康治、桐朋学園在学中の西悠紀子(以上ヴィオラ)、シベリウス音楽院、ベルン芸術大学でも研鑽を積んだ辻本玲(チェロ)、群響首席奏者・山崎実(コントラバス)ほかです

1曲目のモーツアルトの歌劇「フィガロの結婚」から「恋とはどんなものかしら」は、小姓ケルビーノが慕っている伯爵夫人に対して純真な恋心を告白するアリアです。ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ1、コントラバス1の6人をバックに、若尾だけ立ってメロディーを奏でます このうち女性は2人、直江智沙子は空色の、西悠紀子は薄いピンクのドレスです。若尾はいかにも楽しそうに軽快に吹きます

若尾は曲が終わると譜面台の楽譜を取りあげ、「おもしろくいきましょ」と言って、最前列中央に座っていた人に渡しました(会場・笑)。出演者をリラックスさせようとしたのかも知れません

2曲目の歌劇「魔笛」から「恋を知る男たちは」は、パミーナとパパゲーノの二重唱です。最初はオーボエだけが吹いていたのですが、途中からヴィオラの鈴木康治が加わり、対話を始めました。絶妙のコンビでした

前半最後のモーツアルト「セレナード第12番ハ短調”ナハトムジーク”K.388」は、白井(ヴァイオリン)、鈴木、西(以上ヴィオラ)、辻本(チェロ)、若尾(オーボエ)の五重奏で演奏されました。全員が座って演奏しましたが、時に若尾は腰を浮かせて力を入れて吹いていました 楽章間に、オーボエを二つに分解して、鳥の羽で筒の中を掃除し、リードをつけ直していました。あれは本物の鳥の羽だったのだろうか?メンバーを見渡すと、西悠紀子が男だらけの中で良いアクセントになっていて、すごく良い印象を持ちました

第4楽章のフィナーレを迎えた時のことです。最前列中央のオジサンの「ガー」というイビキが聞こえ、それが演奏者にも伝わったらしく、若尾は一瞬演奏を停止してジロッとそのオジサンの方を睨み、また楽譜に目を戻して演奏を続けました 何という余裕でしょうか この余裕こそ、23年間もの間ボストン・ポップス・オーケストラの”首席”を務めてきた実力者ならではでしょう。演奏も深みがある素晴らしいものでした

プログラム後半の始めにあたり、若尾がマイクであいさつしました

「ボストン響で23年間オーボエを吹いてきましたが、そろそろ飽きてきたかな、と思っていますが(会場・笑)、帰らないとナンだし・・・・ 昨年から9か月間の長期の休みをもらって世界を回っているわけですが、1月から3月まで日本に滞在するのは18歳で日本を離れて以来のことです。この公演のために3週間前から練習を始めました(会場、えーっ!)。大丈夫ですよ リードを2枚持ってきましたが、1枚はマーラーの交響曲第3番なんかを演奏する時に使うリードです。最後の曲はそれを使います でも、今日は雨じゃないですか。ヘンな音がしたら、こんな風にしてください」(と言って、顔をそむける真似をする)。会場は大爆笑です

演奏者が増え総勢9人のバックで、映画「スター・ウォーズ」のテーマ音楽でお馴染みのジョン・ウィリアムズ作曲による映画「シンドラーのリスト」のテーマを演奏しました

最後にジョン・ウィリアムズが若尾のために作曲した「オーボエ協奏曲」の演奏に移りました。第1楽章「プレリュード」、第2楽章「パストラーレ」、第3楽章「コメディア」から成りますが、映画音楽作曲者ジョン・ウィリアムズの別の顔を垣間見るようなファンタジックな音楽でした 献呈された張本人による演奏は見事の一言です

アンコールにヘンデルの「ラルゴ」(オン・ブラ・マイ・フ)を詩情豊かに演奏し、聴衆のため息を誘っていました

演奏後、若尾はマイクを持って最後の挨拶をしました

「私が日本にいる間、このような機会を設けてくれた”上野の森”、ですよね、の関係者の皆さんに感謝します 鈴木君(ヴィオラ)が素晴らしい演奏家を集めてくれました。本当に素晴らしいんですよ、この人たちは これからも若い人たちの演奏を出来るだけ多く聴きに行って、応援してあげてください。今日はありがとうございました

若尾圭介という人は演奏だけではなく、人間そのものが一流の人だな、と思いました

 

          

               (「東京・春・音楽祭」の共通プログラム表紙)

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

佐村河内守「魂の旋律~音を失った作曲家」(NHKスペシャル)を観ましたか?

2013年04月02日 07時00分05秒 | 日記

2日(火)。一昨日の3月31日の夜9時からNHKスペシャル「魂の旋律~音を失った作曲家」を観ました35歳で聴覚を失い闇の中で音を紡ぐ佐村河内守(さむらごうち・まもる)を、人は「現代のベートーヴェン」と呼びます

佐村河内守の作曲した「交響曲第1番”HIROSHIMA"」のCDがタワーレコードの店頭に並んでいるのを見たのは、あの大震災の年、2011年7月末だったと思います その後、NHKで彼のドキュメントが放映されたらしく、「オリコン・アルバム・ウィークリー・ランキング」で9位に入るなど、音楽界に一大センセーションを巻き起こしました へそ曲がりの私は、クラシック界のベストセラーなどと謳われると、逆に敬遠して、絶対買うものか!と思っていました したがって、彼の交響曲を一音たりとも聴いたことがありませんでした

今回の放送で、大友直人が指揮をして大阪交響楽団と日本フィルが演奏したコンサートの模様を垣間見て、がぜん興味が湧いてきました インタビューで作曲家の三枝成彰氏が「どこかで21世紀の音楽を作らなければならない。佐村河内守の音楽はその端緒となるものだ」と語っていたのが印象に残っています

現在49歳の佐村河内は一日15錠の薬を服用し、意識が朦朧とする中で、頭に浮かぶメロディーを紡いでいきます それが可能なのは”絶対音感”です。それがなければ作曲はできません しかし、自分が生みだした音楽を自分で聴くことが出来ないのです

彼は日光を避けてカーテンを引きサングラスをかけて暮らしています。重低音の耳鳴りが激しくなると立っていることさえできなくなり床に伏してしまいます。そしてトイレにも行けない状態になり、1週間のうち3日間は紙おむつで過ごさざるを得なくなります 救いは、耳は聴こえないが話すことは出来ること、まだ自分の足で歩けること、発症前に結婚した奥様がいらっしゃることです

この交響曲第1番は、あの大震災後、「希望のシンフォニー」と呼ばれるようになりました。被災地のだれかが、そのようにつぶやいたのがきっかけと言います 

あの番組を観て、しばらく何もする気が起こりませんでした 気分が落ち着いてから考えたのは、「コンサートに行くっきゃないな」ということです。”希望のシンフォニー”と呼ばれる交響曲とはどんな曲なのか、自分の耳で確かめなくてはなりません

交響曲第1番は7月6日(土)午後2時半から東京芸術劇場で東京フィル(指揮者未定)により、7月21日(日)午後2時から横浜みなとみらいホールで金聖響指揮神奈川フィルにより、8月18日(日)午後2時からミューザ川崎シンフォニーホールで大友直人指揮東京交響楽団により演奏されます

私は、7月6日は別のコンサートの予定があり、7月21日は神奈川フィルのコンマスが好きではないので行きません。したがって4月6日にチケット発売開始となる8月18日の東京交響楽団のコンサートに行こうと思います

 

          

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京芸術劇場パイプオルガン復活・お披露目コンサートを聴く

2013年04月01日 07時00分14秒 | 日記

4月1日(火)。もう引っかかりましたか?今日は4月1日(月)エイプリル・フールですね 

昨日は年度末だったので、コンサートのプログラムを整理しました 定期会員になっている新国立劇場、バッハ・コレギウム・ジャパン、東京交響楽団(サントリー・シリーズ、オペラシティ・シリーズ)、東京フィル(文京シビック・シリーズ)、新日本フィル(トりフォニー・シリーズ、室内楽シリーズ)だけでも50冊を超え、他のも加えて1年間で130冊前後タマッてしまうので、もうタマリません 新国立オペラとバッハ・コレギウム・ジャパンのプログラムは10年以上保存していますが、その他は基本的には1年後に棄てています。代わりに外来オケやオペラの引っ越し公演等は保存しています。あっ、それからピアノの萩原麻未が出演したプログラムもとっておきます

 

  閑話休題  

 

昨日、池袋の東京芸術劇場でパイプオルガン復活お披露目コンサートを聴きました この劇場のパイプオルガンは2011年の3.11東日本大震災の後、4月から施設改修工事の一環として、オーバーホールが開始され丸2年かかって完成したものです 実は、お披露目を前にして前日の30日に秋山和慶指揮音楽大学フェスティバル・オーケストラによりレスピーギの「ローマの松」が演奏され、このパイプオルガンのモダン面での演奏を聴いたばかりなのです

東京芸術劇場のパイプオルガンは約9,000本のパイプから成る世界最大級の規模を誇るもので、背中合わせにオルガンケースが2つ作られ、第1の面はヨーロッパの伝統に沿ったデザインで、ルネッサンス様式とバロック様式という2台のオルガンがはめ込まれ、第2の面にはフランス古典期と19世紀フランス・ロマン派を中心に20世紀の音楽にも対応できるようにしたモダンタイプのオルガンが入っています

 

          

 

プログラムは「復活祭」をテーマにした曲で、3つの様式を使用した内容になっています 演奏はルネッサンスタイプオルガンを平井靖子、バロックタイプオルガンを小林英之、モダンタイプオルガンを平井靖子と新山恵理が演奏します なお、ルネッサンスとバロックは同じ面ですが、調律法が異なる(ルネッサンスはA=467ヘルツ、バロックはA=415ヘルツ)とのことです。モダン面はA=442ヘルツ。

自席は3階C列33番。パイプオルガンを聴くのに1階のS席を選ぶことはありません 3階で十分です。会場に入ると、正面にオルガンのバロック面がブルーの光線でライトアップされて美しく輝いていますナビゲーターの梅田陽子(フリー・アナ)が登場し、歓迎のあいさつを行い「この日のチケットは売り切れで、キャンセル待ちもあるそうです」とアナウンスした通り、会場は文字通りの満席状態です

最初に東京芸術劇場の福地茂雄館長が簡単に挨拶しましたが、残響の長いこの会場でマイクでの挨拶は聞きにくいものです その後、梅田アナが「パイプオルガンは紀元前2世紀頃からあったそうですが、調べたところ、日本では石器時代、弥生式土器の時代に当たるようです」と薀蓄を披露、聴衆の関心を集めていました

演奏は、最初に東京藝大大学院修了、東京芸術劇場副オルガ二ストの平井靖子が「ルネッサンス・オルガン」を使用してH.シャイデマン「ハレルヤ、われらの神を賛美せよ」、作者不詳(16世紀)「楽しみのために」、アンドリュ「ティエント」の3曲を演奏しました。両手でオルガンを弾きながら両足をさかんに左右に移動させてペダルを踏んでいる様子が見え、なぜオルガ二ストのイスは横長なのかが良く分かりました 曲に合わせて背景の照明がブルーからイエローへ、そしてピンクへと変わります。演奏者が一人なので、聴衆を飽きさせない工夫なのかもしれません。なかなか凝った演出です

 

          

 

次に東京藝大大学院修了、東京芸術劇場オルガ二ストの小林英之が「バロック・オルガン」を使用してJ.S.バッハ「オルガン小曲集」より復活節のコラールから6曲を、続いてバッハの弟子J.L.クレープスの「ファンタジー:大いに喜べ、おお、わが魂よ」を演奏し、最後にJ.S,バッハ「幻想曲とフーガト短調」を会場を揺るがさんばかりに演奏しました

 

          

 

再度、梅田陽子が登場し「20分間の休憩時間を利用して、モダン面に転換しますが、休憩時間中に限って写真撮影が許可されます」とアナウンスしたので聴衆は大喜びです 私もケータイのスイッチを入れ直して3階席からパイプオルガンを狙いましたが、何せ遠くてフラッシュも炊けないので、バロック面の状態と、転換するちょうど中間あたりを撮影してから、エレベーターで1階に降りました。ところが1階席に着いた頃には、すっかりモダン面に転換した後でした とにかくその速さには驚きました。数年前に一度この転換の模様を見学したことがありますが、その時はもっとゆったりと時間をかけていたように記憶しています。オーバーホールに合わせて、レベルアップを図ったのでしょうか

 

          

           (ルネサンス/バロック面から回転を開始したところ)

 

          

            (3つの部分がそれぞれ時計回りに回転している)

 

          

            (モダン面に転換終了。これのみ1階席から撮影)

 

さて、休憩が終わり、いよいよ「モダン・オルガン」を使用しての演奏です 最初に平井がJ.F.ダントリュー「復活祭のための奉献唱”おお子らよ”」を演奏、そして、最後に東京藝大大学院修了、東京芸術劇場副オルガ二ストの新山恵理がCh-M.ヴィドールの「オルガン交響曲第5番」より第1,2、5楽章を繊細にそしてカラフルに演奏しました ルネッサンス/バロックと比べて、モダンの方が立ち上がりが鋭いというか、粒立ちがはっきりしているというか、そういう印象を持ちました

演奏終了後に、このオルガンのオーバーホールに当たったオルガン・ビルダー、マルク・ガルニエ・ジャポンのマチュー氏が登場し、梅田に「これだけの聴衆の前でお披露目公演を聴いていかがでしたか」と訊かれ、感激で言葉に詰まり、何とか「うれしく思います。私だけでなく、チームとして取り組んできたので、喜びを分かち合いたい」として、2階左サイド後方席に陣取っていた”パイプオルガン復活チーム”に賞賛の拍手を送っていました

アンコールに、小林がペータースのコラール「大いに喜べ おのれが魂よ」を穏やかに演奏しました まさか、アンコールまであるとは思っていなかった聴衆は大喜びでした

いつか、このオルガンの「モダン面」で、サン=サーンスの「交響曲第3番”オルガン付”」かマーラーの「交響曲第8番”千人の交響曲”」を聴いてみたいと思います

 

          

           

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする