5月13日(月)6時14分 JBpress
米ニューヨークのマンハッタンにある、偽ニュースを販売するニューススタンド(2018年10月30日、資料写真)。(c)ANGELA WEISS / AFP〔AFPBB News〕
15年間に1800紙が姿を消し
2022年までに3500紙が廃刊の危機
インターネットの普及により米国の「紙の新聞」は瀕死の状況にある。
過去15年間に1800紙(日刊60紙、週刊1700紙)が廃刊に追いやられた。
残っている7112紙(日刊1283紙、週刊5829紙)のうち半分は2022年までになくなるという予測(ニコ・メイリ—・ハーバード大学メディア政治公共政策研究所所長)も出ている。
なぜか。その原因は、読者の新聞離れと広告収入激減だ。
これではいくら特ダネを連発しても「公器」としてドナルド・トランプ大統領の司法妨害疑惑を追及しても「紙の新聞」は生き残れそうにない。
新聞離れと広告収入減とは表裏一体だ。売れない新聞に広告を載せる者はいない。
新聞をそこまで追い詰めた元凶は誰か。
先端技術を使い、インターネット上で所狭しと暴れまくるグーグル、フェイスブックといった「インターネット・メディア」だ。
「紙の新聞」が必死で取材して報道するニュースを頂戴し、速報。それをタダで読む読者を対象にデジタル広告を載せる。収入源は広告だけだが、無限に拡大している。
従来の「紙の新聞」はまさに踏んだり蹴ったりだ。
15年前には全米の新聞購読者は1億2200万人いた。それが2018年段階では何と7300万人に減ってしまった。広告収入はピーク時だった2005年の3分の1の水準にまで目減りしてしまった。
WSJは23年前に電子版有料化に踏み切る
こうした流れの中で米新聞業界にはいくつかの現象が起こった。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストといった「御三家」は、いち早く電子版の有料化に舵を切った。
先陣を切ったのはWSJで1996年に電子版有料化に踏み切った。現在有料読者数は170万人になっている。
ニューヨーク・タイムズは1995年に電子版をスタートさせ、2011年に有料化した。現在の有料読者数は270万人。ワシントン・ポストは2013年に開始し、有料読者数は150万人になっている。
その一方で、「御三家」が発行する「紙の新聞」の部数は過去6年間で平均29%も減っている。
(大都市圏ブロック紙のヒューストン・クロニクル、シカゴ・トリビューンは41%。発行部数が10万から20万の中堅紙のオレゴニアン、ダレス・モーニング・ニュースに至っては45%も減少している)
ところが有料電子版の波に乗り遅れた中小の地方紙は身動きが取れなくなっている。
手っ取り早いのは記者や編集者のレイオフや解雇。となれば、取材や編集の質も落ちる。そうなると、さらに部数は減り、広告収入も減る。
名門デンバー・ポストを買収した「ハゲタカ」
新聞社の生命線である広告収入は、部数と連動して激減している。
その一方で増え続けているのがデジタル広告だ。その全米広告市場の58%をグーグルとフェイスブックが占有している。地方市場では何と77%を両者が独占しているのだ。
経営難に陥った新聞社の所有者(オーナー)は廃刊に踏み切るか、身売りするしかない。
その典型が有力地方紙デンバー・ポストだった。
1984年創刊で、発行部数は日刊25万部、日曜版13万5000部のコロラド州屈指の名門紙だ。だが完全に時代の流れに乗り遅れた。
この新聞に目をつけたのがヘッジファンドの「アルデン・グローバル・キャピタル」だった。
同社は2010年に買収したディジタル・ファースト・メディア(DFM)を使ってデンバー・ポストを手中に収めた。
DFMは、デンバー・ポストを買収するや、記者や編集者を大量解雇、世間はDFMを高い利益率を狙う「強欲なハゲタカ」と厳しく批判した。
DFMが買収した地方紙はデンバー・ポストのほか、ボストン・ヘラルド、サンノゼ・マーキュリー・ニューズ、オレンジ・カウンティ・レジスターなど150紙に上っている。
こうして買収された新聞のことを米メディアは「ゴースト・ニュースペーパー」と呼んでいる。
「公器」としての正確な報道も鋭い論説も骨抜きにされ、カネ儲けのための道具にされてしまった「幽霊新聞」という意味だ。
米新聞業界第2位のガーネット狙うヘッジファンド
そのアルデン・グローバル・キャピタル傘下のDFMが1月、米新聞業界2位のガーネットの買収に乗り出したのだ。ガーネットはUSAトゥディはじめ200紙を抱える大手新聞グループ。
ガーネット経営陣はこの買収に対抗、これに対しDFM側は6人の新しい経営陣を取締役会に送り込み,支配権を握る意向で、近く開かれる株主総会での決着をつける構えのようだ。
経営難の新聞社に目をつけたのがヘッジファンドなどの投資会社だ。全米上位5位の新聞グループのうち3つのグループがヘッジファンドの所有・経営だ。
その中で最も多くの地方紙を所有・経営しているのがゲイトハウス・メディアで、地方紙144社、そのほかにコミュニティ紙・誌684、地方向けウエブサイト569を有している。
ただゲイトハウス・メディアがDFMと違うのは、買収対象がほとんど発行部数数万以下の小さな地方紙であることだ。
(オレゴン州の発行部数4万7000部のレジスター・ガード、オハイオ州の発行部数6万部のアクロン・ビーコン・ジャーナルなど)
衝撃的な「新聞現代事情」報告書
米新聞業界が抱える危機的状態についてノースカロライナ大学のメディア研究所が2018年10月に実態調査をまとめた。104ページの報告書だ。
最近、WSJが同報告書を読み解いて記事にしたことで一般読者にも知れ渡った。
(https://www.usnewsdeserts.com/reports/expanding-news-desert/download-a-pdf-of-the-report/)
有力地方紙数社は、社員全員にWSJの記事を読むようにEメールしているという。危機感の表れだ。
同報告書で注目されているのは、2点。
1点は、前述の「ゴースト・ニュースペーパー」の実態が詳細に書かれていること。
もう1点は既成の新聞社の衰退の元凶になっているグーグルやフェイスブックの存在についてだ。
先端IT技術を酷使して広告収入だけで運営されているグーグルやフェイスブックといったメディアは、これまで新聞やテレビ・ラジオが独占してきた広告分野に侵入し、得意先を次々と奪取しているのだ。
主要紙が加盟する「ニューズ・メディア連合」などはこう抗議している。
「反競争的なデジタル企業の複占商業活動がいかにニュース・メディアの経営を脅かしているか、その実態を米議会や一般世論に訴えたい」(「ニュース・コーポレーション」)*1
*1=ニュース・コーポレーションはWSJをはじめフォックス・ニュース、21世紀フォックスなどを傘下に収めるコングロマリット・ニュース、エンターティメント企業。オーナーはメディア王のルパート・マードック氏。
法案は消費者=市民にとって朗報か
これを受けて、ディビッド・シシライン(民主、ロードアイランド州選出)、ダッグ・コリンズ(共和、ジョージア州選出)両下院議員が下院司法委員会に「ジャーナリズムの競争を堅持する法案」(H.R.2054)を上程した。
(https://www.congress.gov/bill/116th-congress/house-bill/2054)
同法案はフェイクニュースの拡散を防ぐために新聞メディアが流すニュースの質、正確性、帰属、商標、共同利用などについて新聞メディアがグーグルやフィスブックと協議することを義務づけている。その協議期間は4年間としている。
こうした措置を立法化することでネット・メディアが新聞メディアが集め、編集し、報道する記事をタダで流さぬように歯止めをかけようとしたものだ。
つまり新聞記事の質を維持するとの名目で、それをタダで流すネット・メディアと話し合う場を設けることを義務づける法案だ。
4年間の期限をつけて「ガイドライン」のようなものを作らせようというわけだ。
しかし、同法案が果たして潰れそうな地方紙を助けるのに役立つのかどうか。
主要紙が参加して作られた「ニュース・メディア連合」の重要メンバーには、WSJやフォックス・ニュースを傘下に収める巨大なメディア王国「ニュース・コーポレーション」も含まれている。
その総師は、メディア王のルーパー・マードック氏だ。
マードック氏としては是が非でもこの法案を通し、メディア全部門にまたがる自グループの広告収入を守りたいところ。そのためには賛成する議員を対象にしたロビー活動を展開するだろう。
一方のグーグル、フェイスブックといった新興巨大ネット・メディアも法案の骨抜きを図るだろう。
反トラスト法を専門とするジョージ・メイソン大学のアントニオン・スカリア准教授はこう指摘する。
「新聞メディアは『新聞報道の自由』を守るという錦の旗を掲げてはいるが、一皮むけば、守旧派と新興勢力との利権争いという側面も見え隠れしている。いずれにせよ、正確な情報を安く得たい消費者=米市民にとっては判断しがたい話だ」
(https://www.competitionpolicyinternational.com/news-media-cartels-are-bad-news-for-consumers/)
日本にとっても「対岸の火事」ではないはず
インターネットの普及で「紙の新聞」が厳しい時代を迎えているのは日本とて同じこと。米メディアが抱える事情は、対岸の火事ではない。
金融庁のEDINET(有価証券報告書等の開示書類を閲覧するサイト)によれば、朝日新聞の場合、2017年3月期の発行部数は641万3000部で、前年同期比で4%減少。新聞などのメディアコンテンツ事業は前年同期比8割減となっている。
グループ全体の営業利益は12億2600万円の黒字だったが、その7割は不動産で稼いでいる。本業は振るわず、副業でかろうじて黒字経営を行っているとされる。
日本の新聞事情も深刻なのだ。
日本の新聞も米国同様、電子版有料読者に活路を見出すべきなのだが、日本では「電子版を読む人」は83%もいるのに、カネを払って読む人は7.7%。これでは商売にならない。
スマホの普及でアプリ経由で複数の無料ニュースにアクセスする人がほとんどだからだという。
日本の新聞業界にはこれからどうしようというのだろうか。
筆者:高濱 賛