「自殺したら、『負け組』として片づけられるのが悔しい」伝説の編集者が自殺をテーマに描いた異色エッセイ 講談社エッセイ賞受賞!
末井昭・著 『自殺』
世の中、自殺について醒めているような気がします。
おおかたの人は自分とは関係ない話だと思ってるんでしょう。
もしくは自殺の話題なんか、縁起悪いし、嫌だと目を背けてる。
結局ね、自殺する人のこと、競争社会の「負け組」として片づけてるんですよ。
死者を心から悼んで、見て見ぬふりをしないで欲しいと思います。
どうしても死にたいと思う人は、まじめで優しい人たちなんです。
(「まえがき」より)
――〔編集担当・鈴木〕末井さんにお手紙して初めてお会いしたのは、2010年3月でした。お互い人見知りで私が話下手なので、末井さんの目線はずっと下で・・・・・・。
末井 変なのが来たというのが手紙を読んだ時の第一印象ですね。
――あれ? 真面目な手紙でしたよね。
(撮影:高木あつこ)
――ウェブ連載中、毎回多くの感想が寄せられました。自殺したいと思う人がこれを読んでどう感じるのか不安でしたが、「不思議と死にたい気持ちが少しだけおさまった」と言ってくださる方がいたり、届いていると確認しながら制作できて、助けられました。
末井 それ、嬉しいんですよね。僕の文章で自殺をとめることなんてできるわけない。でも、何かちょっとしたことで、楽になったり死ぬのをやめたりというのはあり得るんだと思うようになったんです。「命を大切にしよう」とか上から目線じゃなくて、「お願いですから、明日まで待ってみてください」みたいなね(笑)。だいたい「自殺はやめよう」なんて書いたら、自殺した人に悪いですしね。
――「自殺する人には負ける」ともおっしゃってましたね。
末井 いい加減な自分がのうのうと生きているという罪悪感の裏返しみたいで、深く悩んで、自殺という究極的な選択をする人の真剣さに敬服するというか、それには負けますよね。
――連載途中で白夜書房を退社されますが、「自分を追い込むには、まだ間に合う」と話していて、64歳でどこに追い込むんだと驚きました。
末井 ほんとに、どこに追い込むんですかね(笑)。会社を辞めても何もすることがなくてボーッと過ごすことの恐怖感はあったんです。でも「『自殺』があるから大丈夫」と思っていました。
――その頃は、連載が終わっちゃうと寂しいから永遠に続けたいと相談し合ったりして。
末井 そう。終わりたくなかったですね。最初は、すぐ書くことがなくなっちゃうと思っていたけど、鈴木さんと話していたら次のテーマを思いついたり、そういうことが楽しかったんです。何か自分で書いたっていう気がしないんです。
本が出てからも、営業の人や書店の人が力を貸してくれて、『自殺』を広めようとしてくださったことが嬉しかったです。
末井 書店って大変ですから、常に売れるものを平積みしないといけないんだけど、そんなに売れなくても『自殺』をいつまでも平積みにしてくれるその思いが嬉しいです。ある書店員さんが、「本屋で人の命を救うことができる。これほどやりがいのある仕事、なかなかない」と言ってくれて涙が出ました。
――〔橋本〕受賞をきっかけに実売増へとつなげることは、書店への恩返しにもなると思うんです。
末井 書店まわりは百軒を目指しましょう。最低百軒ね。
――百は行けそうだから、数年がかりで三百を目標にしましょう。
末井 受賞の知らせはペーソス〔末井さんがサックスを吹いている4名の平成歌謡バンド〕のライブの日に頂いたんです。ペーソスのみんなはまず、「えっ、賞金いくら?」って(笑)。「百万ならひとり25万だよね」とかヒソヒソ言ってて、どういう計算なの、それは(笑)。美子ちゃん〔末井さんの奥さん〕はスイスの山に登る旅費にしようと言うし。みんな勝手に使い道を決めてる(笑)。
――私は書店まわりの交通費にすればいいと思ったんですけど。
末井 ああ、それはいいね。結構遠いところまで行けますね。
(聞き手:朝日出版社・鈴木久仁子、橋本亮二)
講談社 読書人の雑誌「本」2014年10月号より
末井 真面目だからこそ、変なものが来ちゃったなって・・・・・・。まったくイメージできなかったんです、自殺の本っていうものが。編集者として考えても、そんな無謀なことをなぜやるのかって。
――でも末井さんが自殺について話した朝日新聞のインタビュー(2009年10月8日、聞き手・秋山惣一郎氏)は反響ありましたよね。
末井 「私のように、この文章で救われる人がいるかもしれない」ってブログで紹介してくれる人もいたんですけど、あの記事で人が救われるとか、まったく思わなかったですね。母親がダイナマイト心中している話と、自殺者のことを見て見ぬふりしないでほしいと言ってるだけで、メッセージ性がないと思ったんです。あやふやなものだから、人が読んでもぴんとこないんじゃないかって。
――記事を読んだ編集長〔赤井茂樹氏〕が、「絶対向いてるから、やれば」と言ってきたんです。私も、末井さんの自殺の本なら作りたいと思いました。「自殺する人のことを競争社会の『負け組』として片づけている」という言葉が自分に突き刺さってくるようで。
末井 今の競争社会というものがどれだけ人を歪ませているか、そこからこぼれ落ちる人のほうがまともじゃないかと思っていたんです。それで自殺したら、「負け組」として片づけられるのが悔しいんですね。
――それから時々お会いするようになって、八ヵ月後も「僕に自殺の本を書く資格はない」と。でも最初から「死ぬのがバカバカしくなる本がいい」とはおっしゃっていましたね。
末井 笑ってもらえれば本望、というのが何を書く時でもあるんですけど、自殺も笑ってもらえるような書き方だったらと思ったんです。じゃあ何を笑ってもらうかというと、自分のどうしようもない部分を書くしかないんですよ。「人間として最低だ」という声も読者からたまにありますが、そんな人間でものうのうと生きていると思ってもらえれば、死ぬのがバカバカしくなる人もいるかなと。
東日本大震災が最後の後押しになって書き出したのですが、震災の日のどうしようもない自分のことを書いたらわりとスラスラ書けて、ひょっとしたら続けられるかもしれないと思いました。