田舎育ちで、農家の後継ぎを逃れ大学に進学し、国文科を専攻した徹は、心理学科の木村貞治教授の部屋に呼ばれた。
「君と一度、話をしたかっんだ」何時もとは違う柔和な木村教授の表情であった。
徹は母親の勧めで心理学の講義も選択していた。
徹の母親と木村教授は従兄の関係だった。
しかも、遠隔地に住む木村は若き日には、徹の母親の実家に同居して、町の高校に通学していた。
母親は当時14歳、木村教授は16歳だった。
「君は、お母さんに似ているね」木村教授は自ら出したお茶を「飲んで」と促す。
緊張していた徹は一口お茶を飲む。
そして、木村教授はパイプを口にくわえながら話し出す。
「私は山奥の農家に育ち、長男なのに家を飛び出した。幸い次男の朗が家を継いだ。君は大学を出てからどうすつもりなのかね」
「先生、実は新聞社へ行くことになりました」
「新聞社?」
「業界紙ですが・・・」
「そうか、頑張りなさい。それでは、君はお母さんが望んでいた学校の先生にはならないんだね」木村教授は俯きながらパイプの煙をくゆらせた。
農家を継がなかった母親の兄は、高校の教師となっていた。
徹は幼いころ、母親に愛されたい願望を抱いていたが、特に愛されたのは弟だった。
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