日本教育行政学会年報 No. 42(2016) 113
──行政との連携による影響に着目して──
武井 哲郎
1.問題の所在
本研究の目的は,民間のフリースクールが行政との連携を図ることによっ
て受ける影響を明らかにしたうえで,不登校児童生徒への対応にフリース
クールが果たす役割を再考することにある。
不登校児童生徒への対応をめぐって文部科学省や全国の教育委員会はこれ
まで適応指導教室の設置を推進してきた。1991年には133しかなかった適応
指導教室が2014年には1,324を数えるまでになり,そこで相談・指導等を受
けた児童生徒の数は14,919人に上る。しかし,適応指導教室が「不登校生徒
の受入先として広がる一方で,その増加率に比して利用者は増加していな
い」と指摘されるように⑴,相談・指導等を受けた人数は,12万人を超える
不登校児童生徒のおよそ12%に止まる⑵。その背景として,例えば「あそび・
非行」型の子どもについては他の通室生に悪影響を及ぼすという理由から受
け入れを断られる傾向にあるなど,不登校の状態にあれば誰でも適応指導教
室に通えるというわけではないことが,既存の研究で明らかにされている⑶。
他方,適応指導教室の設置が進むより前から,学校的な価値や規範に囚わ
れることなく子どもが安心して過ごせる「居場所」を開設してきたのは,民
間のフリースクールである⑷。利用者数の総計は適応指導教室に及ばないも
114 日本教育行政学会年報 No. 42(2016)
のの,文部科学省が2015年3月に実施した「小・中学校に通っていない義務
教育段階の子供が通う民間の団体・施設に関する調査」では,回答のあった
319の団体・施設に4,196人が在籍しているという結果が出た⑸。1団体・施
設あたりの子どもの数は約13.2人で,適応指導教室の約11.3人(2014年)を
上回る。利用者数のみで単純に比較することはできないが,不登校児童生徒
への対応にフリースクールが一定の役割を果たしてきたことは確かだろう。
では,フリースクールをめぐる議論はどのような状況にあるのか。国内の
研究を見ると,実践面に着目するものと運営面に着目するものの二つに大別
できる。まず前者では,学校的な価値や規範に囚われることのない「居場
所」を作るべく,フリースクールのスタッフが不登校の子どもにどのような
態度で接しているのか,質的な分析がなされている。子どもたちを一方的に
管理することのないスタッフの姿勢とその背後にある葛藤を描くことが研究
の眼目と言える⑹。一方,後者では,フリースクールを対象とする全国調査
を通じて,意思決定の方式,会費の額,スタッフの待遇などが明らかにされ
ているが⑺,そのなかで特に問題視されるのが経済的基盤の脆弱性である。
利用者から収められる会費に頼らねばならない状況ゆえ,フリースクールの
財務状況は総じて厳しく,公費助成の必要性が常に訴えられてきた⑻。他方
で,公的な認証を受けることで行政による管理・統制が強まる危険性を,国
外の事例をもとに指摘する声もある⑼。
しかし,先行研究の議論は次の二つの限界を孕む。一つは,行政と連携す
る民間のフリースクールが増えているにもかかわらず,その実態についてほ
とんど分析がないことである。これまでは,実践面においても運営面におい
ても公的セクターからは独立した存在であることを前提に,フリースクール
をめぐる議論が行われてきた。それは,多くのフリースクールが行政との対
立をも辞さずに「居場所」の開設を進めてきたこと,それゆえほぼ会費収入
のみで運営していたことを考えれば,当然なのかもしれない。だが近年,行
政の側がフリースクールとの連携を模索し公費の助成に乗り出す事例が国内
で見られるようになった。例えば札幌市では,施設借上料等を補助するべく
フリースクールに対し上限200万円の助成を行っており,同種の事業は京都
日本教育行政学会年報 No. 42(2016) 115
不登校児童生徒への対応にフリースクールが果たす役割の変
府や福岡県でも見られる⑽。公費の助成を得ることが民間のフリースクール
に何をもたらすのか,その影響を明らかにすべき時期に来ている。
もう一つは,行政との連携を図ることによる影響が限定的に理解されてき
たという点である。先行研究は,学校的な価値や規範に囚われることのない
フリースクールの実践が公費助成と引き換えに課される規制や評価により歪
められることを強く懸念していた。確かにそれはフリースクールの独自性を
保とうとする時に必要な視点だが,他方で,不登校児童生徒への対応にフ
リースクールが果たす役割を行政が認めたことの証左として,公費の助成が
持つ意味を捉えることもできる。フリースクールの存在に行政から認証が与
えられた,すなわち,その実践に行政が信頼を寄せているということになれ
ば,教員としても当該のフリースクールを子どもに紹介しやすくなるだろう。
行政による管理・統制にさらされる危険性を強調するだけでなく,行政から
公的な認証を与えられることによる影響へも分析の射程を広げる必要がある。
そこで,行政との連携を図ることが民間のフリースクールに何をもたらす
のか,①公費の助成がもたらす影響(3章)と②公的な認証がもたらす影響
(4章)の二つの視点から検討することを,本研究の課題とする。2015年1
月,文部科学省に「フリースクール等に関する検討会議」が設置され,「学
校外での学習に対する経済面での支援」の在り方が論点の一つに挙がるなど,
フリースクールとの連携を強めようとする行政の動きが加速している⑾。上
記の課題に迫ることは,不登校児童生徒への対応にフリースクールが果たし
うる役割を今後に向けて捉え直すことに繋がるだろう⑿。
2.対象と方法
本研究は,公費の助成と公的な認証がフリースクールにもたらす影響を探
るものであることから,①過去には行政との対立をも辞さずに独自の実践を
展開していたものの,②行政との歩み寄りが図られてからは継続して助成や
認証が得られている事例を,分析の対象とする必要があった。ただ,不登校
児童生徒への対応にフリースクールの協力を得る自治体が増えつつあること
116 日本教育行政学会年報 No. 42(2016)
は確かだが,全国的に見てもその数はまだ限られている。そこで,これらの
条件を満たす先駆的事例を一つ取り上げ,プロセスやコンテクストの探求に
長けた質的研究のパラダイムに依りながら分析を行うこととした。
具体的に分析の対象としたのは,X県Y市にフリースクールを開設する
PACEという団体である⒀。PACEは,不登校の子どもが集う居場所として
1990年代初頭にその活動をスタートさせた。不登校の子どもに厳しいまなざ
しが向けられるなか,PACEの代表である東山氏は,学校教育から距離を置
く独自の場づくりを進めた。しかし,不登校への理解が広まるのに前後して
PACEの実践は広くメディアにも取り上げられるようになり,1990年代後半
には,Y市の審議会に東山氏が委員として出席を依頼されるようになった。
行政との関係はその後も途切れることなく,2003年には,Y市の不登校対策
事業として開設の決まったフリースクールの管理・運営がPACEに委託され
た。20年の間にスタッフの入れ替わりも見られたが,現在では常勤・非常勤
を併せて計10名が居場所づくりに携わっており,2003年にはNPO法人格を
取得,2006年からは指定管理者としてフリースクールの管理・運営を行って
いる(後述)。2003年以降,会員数は100名前後を推移しており,月曜日から
金曜日まで毎日20~40名ほどの子どもたちがフリースクールに集う。
筆者は2009年9月に代表の東山氏にインタビューを行い,その後2010年2
月から2012年3月にかけて月に3~4回の頻度でフィールド・ワークを行っ
た。2010年9~11月には,行政との関係や居場所の運営をテーマとして,当
時のスタッフ全員(11名)に各人2~4時間ほどのインタビューを実施した。
2012年4月以降,筆者の居住地変更に伴ってフィールド・ワークの継続は困
難となったが,年に数回の訪問は続けている。さらに2013年9月には,
PACEからの紹介を受けて,児童福祉に係る業務の担当経験がある自治体職
員3名にも,各人30~90分ほどのインタビューを行った。これらのインタ
ビュー・データをコーディングした結果,本稿では表に示した5名の発言を
用いている。さらに,PACEが1993年から断続的に発行してきた会報や,代
表の東山氏による著作といった文書資料も参照することで,多角的な分析と
なるよう努めた。なお,以下,引用文中の「…」は省略を,( )内は筆者
日本教育行政学会年報 No. 42(2016) 117
不登校児童生徒への対応にフリースクールが果たす役割の変
による補足を意味する。また,PACEが活
動の拠点とする地域やその正式な名称が安
易に判明しないよう,引用の一部に必要最
小限の改変を加えた箇所があること,引用
の出典となる資料名について一部伏せてい
るものがあることを付言しておきたい。
3.公費の助成がもたらす影響
本章ではまず,公費の助成を得ることがPACEの運営に何をもたらしたの
か,検討を行う。
⑴ 会費収入の減少
フリースクールの管理・運営をY市から委託されるより前,PACEは雑居
ビルのワンルームを借りながら,居場所を開設していた。助成金の獲得など
も行われていたが,活動資金は主に居場所を利用する本人やその保護者から
納められる会費から捻出してきた。そのため,当時の会報には経営の窮状を
訴える文言が並ぶことも珍しくなく,家賃を払うことができずにPACEが閉
鎖の危機を迎えることもあった。他の民間のフリースクールと同じく,
PACEもまた経済的な基盤は脆弱な団体であり,Y市との連携を図ることは,
居場所の安定した開設にとって必要な選択だったと言える。実際に,指定管
理者としてY市から受け取る委託費はPACEの収入の60%を占め,もはや委
託費なくしてスタッフを雇用し続けることは難しい。また,民間の施設を借
り上げて開設されている一般のフリースクールと異なり,指定管理者である
PACEは賃料の支払に追われることもない。
但し,公費の助成を得る団体として,行政による事業評価を免れることは
できない。2003年にPACE がはじめてフリースクールの管理・運営を委託
された時は,Y市と一年ごとに契約を結ばねばならなかったため,翌年度の
更新が認められるかどうか,常に不透明な状況にあった。
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