「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

アッシジの聖の歌 2008・03・24

2008-03-24 17:50:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、北原白秋(1885-1942)の「アッシジの聖の歌」と題した詩一篇。

  アツシジの聖フランチエスコの物語。フランチエスコは
  雀子を愛しみ給ひき。雀子も慕ひまつりき。現身の人に
  てませば、かの人も亦、人のごと寂しくましき。寂しく
  て貧しくましき。寂しくて貧しきが故、遜り、常に悲し
  くましましき。いといと悲しくましましき。それ故に、
  末遂に神を知らしき。その聖道のべに立たしめたまへば、
  雀子は御後べ慕ひ、御手にのり、肩にとまりき。さてち
  ゆんちゆんと鳴いたりき。あなあはれ、雀子よとて雀子
  を撫でさすり、掻い撫でさすり、偽りなせそ、むさぼり
  そよ、おのづからなれ、正しく、直く、常童にて、天地
  の神ごころにも通へとぞ、悲しかれよと宣りましき。御
  法説かしき。雀子を愛しみたまへば、雀子も慕ひまつり
  き。雀子にも解きやすき御言葉なれば、雀子も御言葉を
  をろがみまつり、羽根をすり頭さげてき。またちゆんち
  ゆんと鳴いたりき。さて徒に物を欲り、浮かれ、たばか
  り、盗まざりけり。偽らず、安らなりけり。かかる時、
  草原に露満ちて、虫鳴きそそり、飾り無き野の花のかを
  りも吹く風の涼しきままに、空は円く澄みわたりて、ま
  た、塵ひとつだにとどめざりければ、聖の御頭かすかに
  後光をはなち、差しのべたまへる両つの御手の十の御指
  は皆輝きて、その掌の雀子さへも光るばかりに喜び羽う
  ち、御前に輪を成す雀のむれもみなみな雀の後光をかす
  かに立ててぞ啼き惚れ遊ぶ。フランチエスコは御空を仰
  ぎて、主よ、主の奴僕はかくありぬ、かく貧しきが故に
  こそ世のあらゆるもろもろの御宝をも却つて主のごとく、
  この身ひとつに保ちまつる、ありがたやハレルヤとぞ、
  涙ながして讃め禱りませば、雀もともに、ハレルヤ、ハ
  レルヤと、眼を上げ涙ながして御空を仰ぐ。現身の人の
  聖と現身の鳥の雀と、雀とフランチエスコと、朝夕に常
  かくなりき。あなあはれ、世の常の事にはあらずよ。温
  かき御心ゆゑぞ、大きなる博き御心もてぞ、ありとある
  愛しみたまへば、御心は神にもいたり、雀にも通ひまし
  けむ。あなあはれ、人のこの世の現にも、かかる聖のま
  しまししものか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする