「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

おんりえど ごんぐじょうど Long Good-bye 2024・12・08

2024-12-08 05:11:00 | Weblog

 

  今日の「お気に入り」は 、司馬遼太郎さん の

  「 街道をゆく 9 」の「 信州佐久平みち 」。

   今から50年ほど前の1976年の「週刊朝

  日」に連載されたもの 。

   備忘のため 、「 山寺の中の浮世絵 」と題

  された小文の中から 、数節を抜粋して書き写す 。

   信州は 、別所温泉にある常楽寺の本坊境内にある

  コンクリート造りの美術館に収蔵されている 徳

  家康の『 課念仏 』のお話 。

   引用はじめ 。

  「 常楽寺の本坊境内には 、コンクリート造り
   の美術館もある 。
   『 先代が美術品が好きで 、寺にあったもの
   や集めたものをここに収蔵しておいてくれた
   んです 』
    といって 、現住職の半田孝淳氏が 、扉の
   錠をあけてくれた 。
    めずらしいものが数点ある 。なかに 、徳
   川家康がみずから筆をとって書いた『 日課
   念仏 』というのがあり 、写真で見た記憶が
   あるが 、本物はむろんはじめてだった 。
   字で南無阿弥陀仏という六文字を 、六段に
   びっしり書き込んでいる 。終りのほうに 、
   南無阿弥と書いて 、あとは陀仏と続けず 、
   家康と書いている 。誤記ではなく 、日課念
   仏の作法なのであろう 。そういうのが六カ
   所あった 。
   かれは 、念仏の徒であった
   かれの先祖は徳阿弥という時宗の聖で 、全
   国を遊行(ゆぎょう)するうちに三河(みかわ)
   松平郷という山中に流れてきて 、松平家に身
   を寄せた 。そのうち松平家の娘と深くなり 、
   子がうまれた 。遊行聖(ゆぎょうひじり)には
   よくある例である 。やがてこの家は一遍の時
   宗念仏から法然の浄土宗に転じ 、世を重ねて
   家康に至った 。家康は生涯 、戦陣に出るとき 、

     厭離(おんり)穢土
     欣求(ごんぐ)浄土

    と大書した大旆(たいはい)を本営にひるがえ    
   した 。『 ああこんな浮世はつくづくいやだ 、
   よろこび勇んであの世へ行きたい 』などとい
   う文句を戦陣の旗につかった大将など 、古今
   東西に家康しかない 。士卒に死を怖れさせな
   いようにとの配慮もあるだろうが 、それにし
   ても本気で念仏を信じていなければ 、こんな
   旗を戦陣にかかげることはなかったにちがい
   ない 。

    もっとも平安末期から戦国までの念仏の流行
   というのは 、単純な厭世主義の流行というも
   のではなく念仏を信じることによって自分
   を形而上的世界に解放するというごく陽気な
   一面があり形而下的には 、念仏を唱える
   ことによって互いの間に『 御同朋(おんどう
   ほう)・御同行(おんどうぎょう) 』の結びつ
   きができるという一面もあり色彩でいえば
   寒色ではなく暖色の文化性というべきもの
   あった 。この当時のそういう面からいえば 、
   家康の旗の文句はひとびとから違和感をもた
   れるようなものでは決してなかった 。
    この家康の『 日課念仏 』は 、慶長十七(16
   12)年という年号が入っている 。晩年という
   べき時期で 、この翌々年にかれは豊臣秀頼を
   討滅する軍を発する 。」 

   引用おわり 。

   念仏といえば 、昨年11月に89歳で亡くなった

  脚本家の山田太一さん ( 1934 - 2023 ) が書かれた

  小説「 空也上人がいた 」( 朝日新聞出版 刊 ) の最

  終章で 、年老いた主人公に寄り添って 、

  「 少し顎を上げて 、小さく口をひらいて 、汚れた

  着物を着て 、細い脛を出し 、履きつぶしかけの草

  鞋で 」、車椅子を押す主人公の歩調に合わせて 、

  歩いてくれている 、

   と主人公の目に映るのが 、市( いちのひじり )

  空也上人 であることを思いだす 。物語の狂言回し 、

  京都 、六波羅蜜寺の寺宝「 空也上人立像 」のイメ

  ージと重なる 。

  久し振りに 、身につまされて 、心に響く小説た 。

 

   

 

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