今日の「お気に入り」は 、司馬遼太郎さん の
「 街道をゆく 9 」の「 信州佐久平みち 」。
今から50年ほど前の1976年の「週刊朝
日」に連載されたもの 。
備忘のため 、「 小波だつ川瀬 」と題された小
文の中から 、数節を抜粋して書き写す 。
信州は 、「 小諸 」でのお話 。
引用はじめ 。
「 道を南下して 、千曲川のうねる遥かな彼
方に小諸城の台地を見たとき 、さすがに詩
情を禁じえない 。
北から佐久平(さくだいら)をめざせば 、
だれもが小諸をその袋の口のように感ずる
にちがいない 。むかしは 、小室という漢
字をあてた 。むろ とは上代の地理用語で
もある 。狭隘な平地をいうらしい 。」
「 小諸の東北方に 、東信濃の地勢 、気候
その他に決定的な大要素になっている浅間
山が巨大な山塊として蟠(わだかま)ってい
る 。そのふもとの丘陵が小諸へのびてき
てこの小さな城市(じょうし)を載せ 、西
は断崖になり 、千曲川に洗われている 。
城は川に臨んだ断崖の上にあり 、遠望す
ると景観としてはまことに佳(い)い 。
が 、以上は私の想念の中の小諸城で 、
信州にくらい私は 、このあたりに来るの
もむろんはじめてで 、ただ遠望しての眺
望のよさだけは 、このとき味わうことが
できた 。」
「 小諸城の城内は 、懐古園という公園に
なっている 。その前の広場に古い機関
車が置かれていて 、まわりに大衆食堂
が軒をならべ 、どういうわけかパチン
コ屋並みの大音響で音楽が拡声放送され
ていて 、足がひるんでしまった 。
ともかくも大衆食堂の一軒に入ると 、
こういう店における時代の象徴ともいう
べき仏頂面(ぶっちょうづら)の女の子が
デコラのテーブルを拭いていて 、声を
かけてもふりむきもしなかった 。定年
をすぎた年齢の編集部のHさんが辞を低
くして女の子に何か話しかけているのだ
が 、背を向けたまま顔も見てもらえない 。
やがて女の子が不機嫌そうに背をのばし
て 、
『 なにか 、註文するのかね 』
というようにHさんをちらりと見た 。
アウシュビッツのナチの下士官というの
はこういうぐあいだったろうと思われた 。
( 中 略 )
小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
という島崎藤村の詩さえなければ 、小
諸城趾はいまも閑(しず)かだったであろ
う 。こういう騒音もなければ 、残忍な
客あしらいもなく 、テーブルの上の器
物の狼藉もなかったにちがいない 。藤
村の詩も小諸城趾もわれわれの誇るべき
文化だが 、それが大衆化され商業的に
受けとめられて再表現されたときに民族
のほんとうの民度とか文化の担当能力が
露呈するのかもしれない 。つけっぱなし
のテレビのコマーシャルまで耳の中を搔
きまわして 、どうにも居たたまれなかっ
た。
( 中 略 )
そばが 、運ばれてきた 。
さすがに信州だけにそばが旨く 、下味
(つゆ)もわるくはなかった 。値段もそこ
そこで 、その意味では商業主義の必要な
条件を充(み)たしていた 。
ただ食物をひとに与える場合 、犬にや
る場合でも頭をなでてやるというスキン
シップがあって与える者と受ける犬との
間の文化的関係が成立するのだが 、食
堂の商業主義が十分な条件をもつにはせ
めて犬の飼主程度の心が必要かとおもわ
れる 。
たかがそばを食うのにこういうたわご
とを考えずともいいのだが 、場所が藤
村の詩と小諸の古城のなかでのことだけ
に 、つい信州人に対する当方の期待が
過剰になってこんなことを考えてしまっ
た 。
食堂を出ると 、懐古園である 。なん
となく入ってみる気がおこらなくなって 、
そのまま南にむかった 。」
引用おわり 。
。。(⌒∇⌒);。。
これでも 、SNSの攻撃的なメッセージに見られるような
部分は 、筆写から省いたが 、騒音や色彩の暴力とでも言う
べき観光地の有り様や 、作家をして「 残忍な客あしらい 」
と言わしめ 、いたたまれなくするような大衆食堂の雰囲気
は 、上に筆写した文章だけでも 、十分読者に伝わってくる 。
( 中 略 ) の部分の記述は 、「 週刊朝日 」の編集者がよく掲
載をためらわなかったのか不思議なくらい 、作家の生まの
感情をぶちまけたような文章である 。「 知の巨人 」の知
力がムダに使われており 、冷静な分析者であり続けた司馬
遼太郎さんには全く似つかわしくない文章群 。よほどお怒
りであったらしい 。
。。(⌒∇⌒); 。。
50年ほど前の「 小諸城趾 」の「 懐古園 」前の広場に
あったらしい大衆食堂 。こんにち どうなっているんで
しょうね 。仏頂面(ぶっちょうづら)の女の子も 、いまや 、
仏頂面のお婆さん ? 垢抜けた観光地のレストランか
フードコートに変身しているかもしれません 。
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