
今日の「お気に入り」は、藤沢周平さん(1927-1997)の小説「鷦鷯(みそさざい)」から。
「 今日は一日中薄ぐもりで、昼過ぎからはほんの少し日射しがちらついたりして
いるが、昨日、一昨日の二日間は、時雨が降ってはやみ降ってはやみする陰鬱
な空模様で、ことに昨日は、日暮になるとそれまで降っていた雨がとうとう霰
から霙に変わった。背中のあたりがいやに冷えると思いながら板戸を閉めに立
つと、薄暗い地面を打ち叩いているのは霰まじりに雨だったのである。
二日つづいたつめたい雨は、領国の境いにある山山ではおそらく雪になってい
て、頂きを白い冬の姿に変えたに違いなかった。雲が晴れればそれがわかるだ
ろう。しかし雨こそやんだものの、空はまだ灰色の雲に覆われ、庭には昨日ま
での底冷えする空気が残ったままだった。その片隅で、また鷦鷯が鳴いた。」
」 (藤沢周平著「鷦鷯」文春文庫)