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今日の「お気に入り」は、藤沢周平さん(1927-1997)の小説「父(ちゃん)と呼べ」の一節。
「 突然夥(おびただ)しい鳥の啼(な)き声が徳五郎を愕(おどろ)かした。いつの間にか上空に無数の鰺刺(あじさ)しが群れて
いて、やがて徳五郎の眼の前で、水中の小魚を啄(ついば)みはじめた。鰺刺しの白い躰は、石を投げおろすように真直ぐ水
面に落下し、高い飛沫を上げた。次々と落下し、一瞬の間に小魚を咥(くわ)えて空に駆け上がる。水面が騒然とした感じに
なり、その中にきらりと腹をひるがえす魚の影が見えた。
空を覆う眩しい光の中で、黒っぽく不吉に舞い狂う鳥の姿が、徳五郎の気持ちを落ちつかなくした。」
(藤沢周平著「闇の梯子」文春文庫所収)